ココア姫の冒険


ロトの末裔達がハーゴン征伐に旅立つ数年前のこと。世界はまだ平和だった。
舞台はサマルトリア城。

「おにぃちゃぁ〜ん!!!」
真っ白なドレスに身を包み、肩で切りそろえたきれいな茶色の髪を振り乱しながら、女の子が城の回廊を渡り歩いている。
その頭上には小さなティアラ。
「どこいったのぉ〜っ!?」
サマルトリア王女、ココア姫である。
「おにぃ〜っ!!!」
どうやら彼女は兄であるクッキー王子を探しているようだ。
「ああ、もうっ!」
ココア姫は何やら考え込むように顎に手を当てて立ち止まった。
ぶつぶつぶつ…。
……と、そこへ見回り中の兵士が1人やってきて、姫に声をかけた。
「おや、ココア姫。こんなところで、どうされました?」
普通、姫君というものは城の奥深い部屋に篭っているのが常である。
今ココアのいる場所は城門に近い廊下だった。
「……お兄ちゃん、見なかった?」
「クッキー王子ですか? ……今日はたしか、朝早くにお出かけになられたはずですよ」
「!! やっぱり!! …何処へ行くって言ってたの!?」
「えっ……いや、それは…」
とたんに兵士はしどろもどろになり始める。
「…ちょっと!! まさかお兄ちゃん、ココアに内緒にしろって言ってたんじゃ…っ!!」
「えっ? い、いえ、いや、その……」
ココアはずいっと兵士に一歩詰め寄った。
「分かってるんだからねっ!! 1人で『勇者の泉』へ行ったんでしょうっ!?」
「……な、なぜそれを…」
「やっぱり!!」
この時クッキー王子13歳。
サマルトリアでは、男の子は大体10歳から15歳の間に、成人のための儀式として、1人で小さな旅をする風習があった。
王家の男の子は、代々『勇者の泉』へ旅をするのがセオリーなのだ。
「もう! まだ早すぎるわよ、お兄ちゃんにはっ!! 外にはモンスターだっているのにっ!」
この頃世界はまだ平和。勇者の泉への道のりは、子供でもさほど大きな危険は無かった。
とはいえ、モンスターもいる事はいるのだ。
ココアはくやしそうに足を踏み鳴らし……何を思ったか兵士の腰にぶら下げてある銅の剣を素早く奪った。
「!! ひ、姫っ!?」
「お兄ちゃんを迎えに行って来る!」
ココアは片手に剣を掲げると、ドレスを翻して走り出した。
「お、お待ち下さいーっ!!」
ここでココアに城の外へでも出られては、一大事である。兵士は必死でココアを追いかけた。
子供の足と大人の足では明らかに後者が勝る。すぐにココアは捕まるかと思われた。
……が。
『ラリホーッ』
ココアは振り向きざまに眠りの呪文を唱えたのだ。
「……ひ、ひ、めっ…!?」
兵士はがくりと膝をつき……そのまま床に突っ伏して眠りこけてしまった。
ココアはさっさと城の裏口から外の世界へ飛び出して行った。

◆◇◆◇◆

一方そのころ。
サマルトリアに程近い草原の真ん中で、地図を広げながら辺りを見まわす少年の姿があった。
「う〜ん。こっちだっけ〜?」
言わずと知れたクッキー王子である。
「ん〜? あっちに街があるなぁ〜。……よしっ、行ってみよう」
なんとなく『勇者の泉』の方向と違うような気もするが、まぁ旅はゆっくり気ままに、というのが彼の信条である。
王子は全く方向違いのリリザの町を目指して歩き始めた。
妹姫が自分を追いかけ、勇者の泉へ向かっていることなど夢にも知らず……。

◆◇◆◇◆

勇者の泉のある洞窟。
ココア姫はその入り口に立って大きく叫んだ!
「おにぃちゃぁああ〜んんんっっ!!!!」
「ぁぁ〜ん」
「…ぁ〜ん」
「…」
返事は無い。
彼女は腕組みして考えこんだ。
「おかしいなぁ……真っ直ぐ来たのに、お兄ちゃんに会わないなんて……まさか追い越しちゃったのかなぁ…」
ふと不安になり後ろを振り返る。
……と。

ぷよ。
ぷよぷよ。
ぷよぷよぷよ。

水色の物体が……1、2、3、4つ……。
それはココアを取り囲むようにじりじりと間合いを詰めてきた。
「スライム!」
ココアはにわかに緊張した。
スライムのことは、知識としては知っている。一番弱いモンスターだ。しかしココアには戦闘の経験がなかった。
「ちょうどいいわ……」
ココアは兵士から奪った銅の剣を握り締めた。
「ココアの力を見せてあげる……」
不敵に微笑んで、剣を鞘から抜き放った。

「やぁぁぁーーっ!」
――バシッ!!
一匹のスライムが銅の剣に叩き潰され、ぐにゃりと大きくひしゃげた。
しかし。
――ぽよんっ
すぐにスライムは元のたまねぎ型に復活した。
その口元にはココアを馬鹿にしているかのような笑みが浮かんでいる。
「むぅーっ」
ココアはもう一度、と気合をいれてスライムに切りかかった。
……と、別のスライムがココアに体当たりを仕掛けてきた。
「きゃあっ」
まともにくらってしまったココアはひっくり返ってうめいた。
「いっったぁっ」
白いドレスが土で茶色に染まる。
スライム達は容赦無くココアに飛びかかってきた。
「きゃぁぁぁっ」
ココアはとっさに銅の剣を振りまわした。
二匹のスライムが剣に弾き飛ばされ、ぽよん、ぽよん、と転がった。
しかし一匹のスライムが剣をすり抜けココアの腕にかぷりと噛みついた。
さらにもう一匹はココアを馬鹿にしているかのように、その頭上に乗っかって笑っている。
「止めてよっ」
ココアは腕を振りまわして噛みついているスライムを振り払うと、立ちあがって息を整えた。
――こういう時は。複数の敵と1人で戦うには……
ココアはゆっくり息を吸い込んだ。
『バギッ!!』
――ギャウンッ!!
スライム達のシンボルマーク、とんがり頭がスパッと切り落とされ空を飛んだ。
スライム達は、とんがりの無くなったお互いの顔を見合わせ……慌ててぽよんぽよんと飛び跳ねながら逃げ去っていった。
「……やっぱりココアの将来は戦士より魔法使いね」
ココアは満足げににっこりと微笑んで、剣を納めたのだった。

この後、ココアは洞窟へ入って、ぐるぐるとクッキーを探し回った。
もちろん、途中現れたモンスターは全て倒して行った。

◆◇◆◇◆

ココアが洞窟内をほぼ一周して、再び出口へ差しかかった時。
「あっれ〜? ココア?」
のほほ〜んとした顔の少年が外からやって来た。
「お・に・い・ちゃんっ!!!」
ココアは叫んで走り出した。
「心配したんだからね〜っ!!!」
両手を伸ばしてクッキーに抱きつこうとした、その時。
ココアよりも早く、何かがクッキーの前に飛び出した。いや、正確には、ココアの頭上から飛び降りたのだ。
ぽよよ〜ん。
「わああっ!?」
スライムだった。
「あっ!?」
ココアが驚いて声を上げる。あの時のスライム…ッ!!
スライムはどぉんっとクッキーに体当たりして、ぴょんぴょんと逃げ去って行った……。
クッキー&スライム
「だ、大丈夫? おにいちゃんっ!?」
「いたたた…」
しりもちをついたクッキーは、痛そうに腰を擦った。
『ベホイミッ』
「えっ!?」
突然淡いピンクの光につつまれて、クッキーは驚いて顔を上げた。ココアは心配そうに手をかざしている。
「おまえ、べホイミなんて使えるの…?」
「うん」
……と、ふっと光が消え、ココアが急にクッキーの方へ倒れこんできた。
「えっ。どうした!?」
「うん……なんだか疲れちゃった……」
ココアはクッキーの膝の上に突っ伏し、にこっと笑うと…、急にすーすーと寝息をたて始めた。
「…………。しょうがないなぁ〜」
クッキーは妹をおぶって立ちあがった。
「よいしょ…っと」
そしてよろよろと洞窟を歩き始めたのだった。


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