ドラクエ3 〜おひるね〜



「ふぁ…」
パエリアは川辺の小道を歩きながら、小さくあくびをした。
河から吹く風も、うららかな陽気も、そよそよとそよぐ草原も、全てが心地よい。

バハラタの街を流れる聖なる河は、有名な観光名所であり、多くの人々でごった返していた。
パエリアは喧騒の聞こえない町外れまで歩いて、河のほとりの木陰に腰を下ろした。聞こえる河のせせらぎが耳に優しい。弱い日差しに誘われて、パエリアはついウトウトとし始めた。

◆◇◆◇◆

「ったく…まだ明るいじゃねぇか…」

ライスはぼやきながら町外れに向かって歩いていた。
時折辺りを見回して、ちぇっ、と舌を打つ。

パエリア一行は今日の昼、盗賊『カンダタ』と2度目の対戦をした。
戦闘に勝利し、目的の『くろこしょう』も手に入れて、ようやく一息つこうという時である。
直ぐに旅立とうと言うパエリアをなんとか引き止めて、宿を取る事にしたのだが、少し目を離した隙にパエリアは居なくなっていたのだ。

「ま、まさか1人で旅立つなんてそんな事はないと思いますけど…っ、1人で歩き回るなんて危険です!とにかく手分けして探しましょう!!!」

叫ぶカシスに追い出されるようにして、ライスもセロリも宿を出た。

『あの』パエリアがそうそう危険な目に遭う事などないと思うのだが。
「…あの過保護は、死ななきゃ治らねぇな」
パエリアも気の毒に、とライスは小さなため息をついた。

しかし探し始めて結構な時間がたつ。街を一周してしまいそうになって、さすがにライスも不安になってきた。

…と。
街のはずれギリギリ、河のほとりの木の陰に、見慣れた青いマントの裾を見つけた。

よう、と声をかけようとして、ライスは踏みとどまった。
木にもたれたパエリアは、すぅすぅと寝息を立てていた。

「………」
ライスはしばらくパエリアを見つめ、それから空を仰いだ。
「良い陽気だしなぁ……たまにゃ、こういうのもいいか」
独り言を呟いて、パエリアの隣りに座る。
「…それにしてもまぁ」
ライスは昼間の勇ましいパエリアの姿を思い浮かべ、今目の前で無防備に眠る安らかな顔と比べた。
「…可愛い寝顔だなぁおい」
ははっ、と独りで軽く笑って、そのまま仰向けに寝転がった。

◆◇◆◇◆

パエリアが目を覚ました時には、辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。

(まずいな…)
どこへ行く、とも告げずに出てきてしまった。
自分の身の危険など毛ほども感じてはいないが、カシスなどは心配しているかもしれない。
パエリアはのろのろと立ち上がって、服についた土を払った。

…と。
目の前に、何かが倒れていた。
大きな、何か。人の形をしているようだ。
「………。……ライス…?」
目を凝らせば、そこにあるのは確かに見知った戦士の姿だった。
(…一体いつから…)

パエリアはしゃがみこんでライスの様子を伺った。
「………おい」
声をかけるが返事はない。
「…んが…」
代わりにイビキが返ってきた。

(困ったな…)
そろそろ戻らないとカシスは騒ぎだすだろう。しかしライスをここに捨てて行くわけにもいかない。ならば起こせばいいのだが、何故だかそれはためらわれた。
疲れていたのだろう、ライスは気持ちよさそうに眠っている。
そういえば今日の戦いで一番活躍したのはライスだ。

「……困ったな…」
パエリアはオロオロと首をひねり、そのままそこに座り込んだ。

◆◇◆◇◆

「ふぁっくし!!」

さすがに夜ともなれば、川べりは酷く冷え込む。
ライスは鼻をすすって身体を起こした。
「う〜寒ぃ…」

「…やっと起きたか…」
ほっとしたような声を聞いて、ライスは慌てて振り向いた。
「パエリア…?」
パエリアはライスの傍らで、寒そうにうずくまっていた。
見れば青いマントはライスの身体に掛けられている。
ライスは驚いてパエリアを見上げた。
「お前、これ…?」
マントを手に取り、問い掛けるようにパエリアを見つめる。
パエリアは、ふふ、と笑ってマントを受け取った。
「風邪でも引かれては困るからな」
「まさかずっと待ってたのか…?」
ライスが言うと、
「よく寝ていたな」
パエリアは満足げににこりと笑った。そんな表情は珍しい。ライスは一瞬見とれた。

「……悪かったな、どれくらい経ったんだ?」
「…さあな。……そろそろ戻らなければ。カシスは心配しているだろう」
パエリアの言葉にライスはハッとした。
「まずい。そういや、カシスの奴が騒ぐから、パエリアを探しに来たんだった。」
「………それはまずいな…」
もう随分な時間が経過したはずだ。カシスの過保護を思いやり、パエリアは苦々しげにつぶやいた。
ライスは本気で青ざめている。
「…俺、殺されるかも…」

「…ふっ」
パエリアは思わず吹き出した。
「ははっ、そうだな、あいつは全部お前のせいにするかもしれない」
可笑しそうに笑っている。

ライスはまじまじとパエリアを見つめた。
「?……どうした?」
視線に気付いたパエリアがいぶかしげに眉をしかめる。
「やぁ、いいもん見たな、と思ってな」
「?」
ライスはニヤッと笑って身を乗り出し、パエリアの顔を指差した。
「笑った顔」
とたんにパエリアはカァッと頬を染め身を引く。
「な、なにを…!」
「もったいねぇな、いっつも笑ってりゃいいのに。…ま、希少価値ってのもあるか。はは、得したな」

「……!!お前は…!」
さっと表情を険しくして、パエリアはライスを睨みつけた。
ライスは、いくら言っても(殴っても)ちっとも懲りていないのだ。
「しょうがねぇだろ、俺は正直なんだ」
ケロリとしてライスは言った。
「…っ、ふ、ふざけるな!!」

パエリアはスッと立ち上がって踵を返した。
そのまま無言でスタスタと歩き出す。
「あ、おい待てよっ」
ライスも慌てて後を追った。

◆◇◆◇◆

「パエリアさんっ!!何処へ行っていたんですか!」

宿へ帰ると入り口の前でカシスが待ち構えていた。
セロリもぐったりした様子で隣りに座り込んでいる。
「すまない」
パエリアは少々うんざりしながら短く謝った。
「随分探したんですよっ!!!」

「やぁ、街外れのちょっと入り組んだトコにいたんだよ」
パエリアを追いかけるようにして現れたライスが答えた。

パエリアはまだ腹を立てていた。
先程のライスの言動に。
それはほんのちょっとした、パエリアのいたずら心だった。
「…こいつに連れ回されていたんだ…」

ぎょっとして青ざめるライス。
へばって座り込んでいたセロリも驚いて顔をあげる。

一瞬後。
カシスは、ふふ、と薄い笑みを浮かべた。
「……そうですか…」

空気が凍りついた……。


その夜。
原因不明のライスの絶叫がバハラタの街に響き渡ったとか渡らないとか…。


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