ドラクエ3 〜すごろく場〜



ワアアアアァァ……ッ!!

歓声が聞こえた。
近いのに小さな歓声。それは地下から響いてくる。
ライスは思わず足を止めた。

――格闘場だ。

パエリアにも聞こえたらしい。嫌そうに眉をひそめて目を伏せている。
……そういや格闘場もすごろく場も、ごぶさただなぁ……
ライスは賭け事が好きなのだ。
(うーーん)
前みたいに、夜中にこっそり出かけるか。
思い立って一瞬顔を輝かせたが、気づくとパエリアがじっとこちらを見つめていた。
じーーーっ
音が聞こえそうな程見つめて……というか、睨まれている。
「な、なんだよパエリア、俺はあんなトコにゃもう興味ねぇって……」
冷や汗をかきつつ心にもないセリフを言う。
「……本当だろうな……」
疑わしそうに呟いて、ようやく歩き出した。
(こりゃダメだ)
バレたら本当に殺されかねない。
(あーあ)
こっそりため息をつくと、振り返ったパエリアにまた睨まれて、ライスは引きつった笑顔を作った。

◆◇◆◇◆

「ったくよお、たまにゃ息抜きが必要なんだよな、俺たちは勇者様ご一行だろ!?」
宿の部屋につくなりライスはベッドに腰かけてぼやいた。
「ハイハイ、ライスさんは無理について来たって聞きましたけどね」
カシスは荷物を整理しながら適当に返事している。
「ライス、お前はしょっちゅう息抜きしてんだろ? 行く街行く街で酒場に通ってんじゃねーか……!」
セロリはキッとライスを睨んだ。
「いいだろ酒くらい、賭け事禁止令が出てんだからよー。まぁお前にゃ酒場は早くてご不満だろーけど」
「……んだとぉっ!? 俺だって酒くらい飲める!!」
「バカ言うな、ハタチ未満は飲酒禁止だ。 お前なんか歳バレバレだろ。行った瞬間追ん出されるっての」
「偉っそーに、ジジイ……ッ! 『メ』」
セロリが呪文を唱えるより早くライスはセロリの口を塞いだ。
「そんな事よりパエリアだ。……マジメ過ぎなんだよ、あいつは……。一番息抜きが必要だな」
「……っ!」
羽交い絞めにされたままじたばたしていたセロリが動きを止めた。
テキパキと荷物をまとめていたカシスも手を止めてライスを振り向く。
「……おや。たまにはいい事言いますね、ライスさん」
「……たまにはってなんだ……」

◆◇◆◇◆

「すごろく場……?」
パエリアは訝しげに呟いて首をひねった。
うっかりライスは勘違いしていたが、パエリアは何も賭け事を禁止したわけではない。格闘場を嫌っているだけなのだ。
「おう。アレなら良いだろ、アレはホントに只のお遊びだ。サイコロ転がすだけだからな」
「……」
しかしパエリアは眉をひそめて難しい顔をしている。
「しかし私達は……」
聞くまでも無くライスには分かった。魔王討伐優先、遊んでいるヒマは無い、とそう来る気だろう。言われる前にライスは畳み掛ける事にした。
「なぁパエリア! アレは上手く行きゃあ、役に立つアイテムも手に入るぜ! それに修行にもなる!」
自分が遊びたいから力説してるわけではない。
ちゃんと役に立つのだ、というトコロを説いてるつもりだ。
パエリアは困って眉をよせ、助けを求めるようにカシスを見た。
カシスはニッコリ笑った。
「僕もアレは健全な遊びだと思いますよ。大丈夫です、パエリアさん。たまには息抜きも必要ですよ」
「行ってみようぜ、パエリア!」
セロリも嬉しそうに言う。

「……う、うん……」
押し切られて、パエリアはとうとう頷いた。

◆◇◆◇◆

軽薄で楽観的な音楽が大音量で流れている。
パエリアは露骨に嫌そうな顔をしていたが、ライスは久々のすごろく場に血が騒いでいた。
「おぉーし! やるぜ!」
「ライスさん、あなたが張り切ってもしょうがないでしょう」
カシスのしらっとした視線を受けて、ライスは苦く笑った。
「あぁーそうだっけ。……おいパエリア」
声を掛けるが、パエリアは機嫌悪そうに眉をひそめている。
「……」
「こんな事してる場合じゃないのに」と顔に書いてある。
(う……やっぱり失敗だったか……)
早くも後悔しそうになったが、ここで引いてしまってはパエリアは一生遊びを覚える事など無いかもしれない。
それはそれで不幸な話じゃないか。
ライスは自分を励まして『すごろく券』を取り出した。
「なぁ! やって見ろよ! ほら、これをあの係員に渡してだな……」
「……私は、いい」
興味無さそうに視線をそらし、あっさり辞退されてしまった。
「なんだよパエリア、やんないのか? じゃあオレ……」
セロリがひょいっと首を突っ込んで券を取ろうとした。
「だーっ、お前がやってどうすんだよ!」
慌てて券を引っ込める。
「なんだよ、良いだろ、余ってんじゃねーか、どーせ」
「……っ」
ちっ、と舌打ちしてライスは放るようにセロリに渡した。
(だったら俺が行くってんだ)
大人気ないから言わなかったが。

さてどうしたものか。
せっかく連れ出したと言うのにこれでは何の意味もない。無責任なものでいつの間にかカシスはちゃっかり消えている。何処へ行ったかと見回すと、奥の方で女性にナンパされていた。
「……あいつめ」
あの性格の悪さがよく顔に出ずモテてるもんだぜ、とライスは舌打ちした。
「って、あれ、パエリア?」
パエリアはいつの間にか隅のほうの壁際にもたれて、座り込んでいた。
「パエリアッ」
声をかけるとパエリアはのろのろと首を持ち上げた。
「……帰りたい」
「おいおいおい、まだ一回も遊んでねーじゃねーか」
「……やっぱりこういうのは、苦手だ」
「……」
うずくまっているパエリアを見下ろして、ライスは何だか酷く悪いことをしている気分になってきた。
息抜きさせるつもりが、これでは息が詰まってしまう。
「……あー、失敗か……。お前もたまにゃ気晴らしになればと思ったんだけどなぁ……」
「気晴らしなら……」
パエリアは半分顔をあげ、伺うようにライスをみた。
「お前と戦いたい」
「う……」
まったく、根っからの生真面目体質にはかなわない。
結局ライスは諦めて、パエリアと二人すごろく場を後にし、剣の修行をする事になってしまったのだった。


しばらくして。
「やった〜ゴールしたぜオレ!! ひかりのドレスゲット! パエリアお前一回これ着てみ……、って、あれっ……?」
息せき切って駆けて来て、辺りを見回したものの、パエリアとライスが揉めていた辺りには誰もいない。カシスは相変わらず奥のほうで女達に取り囲まれているが……。
「な、なんだよ、どこいったんだよ、パエリア〜っ!?」
すごろく場をぐるぐると駆け回ったセロリだったが、結局パエリアに会えたのは、諦めて外へ出た、夕暮れ時の事だった……。

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