ドラクエ3 〜別れの後〜

〜ルイーダ編〜

「あ……っ」
ルイーダはパチパチと目をまたたかせた。
開かれた扉から現れた人影を見とめ、それからにっこりと笑った。
「お帰り……」
今度の旅は戻れるか分からない。本当にもう、会えないのかもしれない。
それでも、この子が決めたことだから。小さな頃から決めていた、信念だったはずだから。
たとえ何年帰ってこなくても、何年たっても帰ってこなくても、と覚悟して送り出した、旅だった。

「……ルイーダ」
うめくような声を吐き出したセロリは、浮かない顔をしていた。浮かないというよりは。
隣に並んだ長身の僧侶が、慰めるようにセロリの肩にぽん、と手を乗せた。
「……セロリさん」
セロリの浮かない顔の眉の間に、ぐっと皺が寄せられる。涙を、堪えている顔だ。

どうして、とルイーダは聞くことが出来なかった。人影が、2つしかなかったから。
一緒に旅立ったはずの……セロリが離れるはずの無い、勇者の少女の、あの姿が。

「……オレ」
言いかけた瞬間、止められずこぼれた雫を、悔しそうにセロリはぬぐった。
ルイーダはゆっくりとセロリに歩み寄る。

「世界は、今度こそ、平和になったのね……。本当に、良くやったわ、セロリ……。ありがとうね」
ゆっくりとした口調に、柔らかな声音で語りかける。
「……オレッ」
セロリはパッと顔を上げ、両手でルイーダの服の裾を握った。
「ちがう、パエリアは、生きてる! だけど、ダメだったんだ、オレじゃっ。パエリアは……。オレは、オレだって……っ。だけど、だけどパエリアはライスが……あのほうが、良かったんだ……っ」
一息に吐き出した。
「く、悔しいんだけど……っ、オレ、悔し……っ」
ルイーダは、セロリの背中をそっと撫でた。
「……そう」と呟いて、何度も、撫でる。少しして、ふっと微笑んだ。
「……アンタみたいないい男、いないよ。このルイーダが保障する」
セロリはきょとん、としてルイーダを見つめた。
「ふふ、親の欲目じゃないからね」
パチ、とウィンクして見せる。
「ば、ばかルイーダ……」
照れくさそうに呟いて、セロリはルイーダから離れた。


◆◇◆◇◆

〜パエリア&ライス編〜

パエリアのMPが回復するのを待ってホイミを使い、何とか2人は大地の亀裂から這い出した。
――明るい。
辺りの眩しさが目に痛かった。
そうだ、空はこんな色。大地はこんな美しい色だったのだ、とパエリアは改めて辺りを見渡した。
そしてもう一度、空を仰ぐ。
何処にも、あの空の亀裂は見当たらない。閉じたところもこの目で見た。もう無い事は、分かっている。故郷へと続いていた、あの、亀裂はもう……。
「パエリア」
呼ばれて、ハッと隣に立つ男を見上げた。
「行こうぜ」
ライスは半歩を踏み出して、パエリアに手を差し伸べた。
「……」
パエリアはためらってその手を見つめる。
「……ほら」
ライスは辛抱強く待っている。
初めてライスに会った時。
あの時もこうして手を差し伸べられた。あれから、どれくらい経った?
随分、長い時間が流れた……。
あの時と、今と。差し出された大きな手の平を見つめる自分の、この気持ちの違いはどうだろう。
――ああ。私は……。
おずおずと、パエリアはライスの手の平に自分の手を乗せた。
に、と笑ってライスがその手を握る。
酷く気恥ずかしくて逃げ出したくなったけれど、それでも何処か、嬉しかった。

「……あいつら、無事に帰ったかなぁ……」
ライスが空を仰いだ。
「セロリのルーラだ、もう、とっくに着いてる頃だろう」
「だな」
パエリアはふと、うつむいた。
「……。もう会うことは、無い、のかな……。……ずっと、ずっと一緒にここまで来たのに……」

いつも穏やかに笑って、落ち込んだときは慰めてくれた、カシス。時には過保護だと言ってうっとおしがった事もあったのに、それでもいつも自分の身を案じてくれた。

最初は頼りないと思っていたのに、いつの間にか、本当にいつの間にか、どんどん強くなって、心強い存在になっていた、セロリ。
最後に、「好きだ」と言ってくれた。
一緒に帰る約束をしたのに……果たしてやる事が、出来なかった。裏切ったのだ、自分は。本当に、すまない事をした。

……ついさっきまで、2人とも側に居たのに……。

「……パエリア」
「……すまない。なんだか、まだ信じられないんだ……」
ライスはパエリアの顔を覗き込んだ。
「……寂しいのか?」
「……そんなことは……!」反射的に応えようとしたパエリアだが、言葉に詰まった。
「いや、寂しいのかもしれない……」
「……そうか」
ライスは独り言のように「悪いことしたな」と言った。
ハッとしてパエリアは顔をあげる。
「そんな事は無い!私は、私は、絶対に……」
今度は直ぐに言い切った。
「絶対に、お前が居ないのは嫌だった……! 選んだんだ、私は……。……後悔は、ない」
上手く、言葉に出来ない。
ライスは、パエリアの手をぐいと引き寄せた。
「そのぽっかりした穴はさ……埋めてやるさ、俺が」
ニッと笑ってパエリアを見つめる。
「……努力するよ」

故郷への道は閉ざされた。母も、カシスも、セロリも……。
けれど、ライスが居る。
誰よりも失いたくない人だった……好き、だったのだと、パエリアはついに、自覚した。

[もどる]