ドラクエ3 〜思い出のひと時〜

タンスの奥から出てきたのは、少し虫食った勇者の装束だった。
「捨てるか?」
「いや、取っておく」
即座に答えたパエリアは、装束を受け取ってすぐに繕い始めた。
(思い出の品だもんな)
あの装束は、ずっと四人で旅してきた、少し懐かしい旅の思い出の。
楽しい思い出よりはむしろ辛い思い出のほうが多く詰まっているはずだ。
それでもパエリアはそれを大事そうに繕っている。
「……忘れたくないんだ。……いろんな、事を……」
いろんな事。
それは仲間との出会いだったり、数々の戦闘だったり、様々な冒険の事。

装束を繕うパエリアは、長い髪を一つに束ねていて、少しほつれた髪がさらりと頬を撫でている。
時折遠くを見るようなその瞳と長い睫毛が酷くキレイで……ドギマギしたライスはつい、おどけてしまいたくなった。
「そういやあの時のお前は可愛かったな」
「?」
何かからかわれそうな気配を察知したのか、パエリアは少しだけ眉間に皺を寄せた。
「あー。駄目だ駄目だ、その癖は治せって。ほら、ここ」
額をとんとん、と指で指すと
「あ……」
パエリアは額をこするような仕草をする。
(うん、今も可愛い。あの時も可愛かった。……あん時はぶん殴られたけどな。いや、それより……)
「あの時だよ。ゾーマ倒して、亀裂に落っこちまった後、だ。俺さぁ、内心、ぶん殴られるかな、と思ってたんだよ。少しだけな。……でもお前は拒まなかった」
「あの時は…」
「初めてのキスだろ」
にやり、とライスが笑みを浮かべると、とたんにパエリアは真っ赤になった。
「……ば……っ」
「バカなことをいうな」と、てっきりそう怒鳴られると思ったのに、なぜかパエリアはバツが悪そうな顔をして、目をそらしてしまった。
「え? なんだよ、パエリア、どうかしたか?」
「いや……その」
「?」
なんだかパエリアはもじもじとして、言いたいことがあるような無いような、複雑な顔をして戸惑っている。やがてその口からでた言葉は、ライスを愕然とさせた。

「初めて……って、ワケじゃ」
「……」
一瞬、意味が分からなかった。しかしそれはつまり。
「お前、キス……した事あったのか。あの前に!?」
ためらいがちにパエリアは、それでもこっくりとうなずいた。
ライスは信じられなかった。
このパエリアが。
いや、今ならまだ分かる。あの頃のパエリアが。
一体全体、いつどこで。誰と!?
相当まずい顔をしてしまったのか、パエリアは心配そうにこちらを伺っている。


パエリアは、あの時の事を思い出していた。
あれは、何処かの……名前も思い出せないような、小さな田舎の島だった。
あの時セロリと自分は、確かにキスを、した。
あの時は『事故だ!』などと酷いことを言って、セロリの事を酷く傷つけてしまったと思う。しかしあれは確かに、セロリの思いが込められた、キスだったのだ、と、今なら分かる。

「……っ」
ふと見上げると、ライスは酷く複雑な、バツが悪そうな、怒っているような焦っているような不思議な顔をしてこちらを見下ろしている。
こんな顔をしているライスを、パエリアは見たことがない。
「だ、誰と、だよ……?」
本当にバツが悪そうに問いかけてきて、顔を背けてしまった。
なんだかパエリアは、少しだけ……楽しい、と思ってしまった。
ライスがこんな顔をするのを見るのは、初めてなのだ。いつも焦らせられるばかりで、自分がライスを焦らせる事など、なかなか無い。
「……セロリ」
言うと、ライスは身を乗り出すようにしてパエリアに詰め寄った。
「セ、セロリ!? ああ、あいつめ、いつの間に……っ!? いつだよ!」
さっきまでは冷静さを取り繕おうとしているようだったのに、我慢が利かなくなったらしい。「ふふ」とパエリアはつい笑みを零してしまった。

「さて……どこだったかな。星がきれいで……ロマンチックな場所だった、な」
そう、あれは満天の星空の下。当時は事故にしか思えなかったが、今思えば最高のシチュエーションだったわけだ。……本当にあの時のセロリには、悪いことをしてしまった。当時の自分には、全く何の余裕も無かったのだ。
「おまえ……っ」
からかっているのが伝わったのか、ライスはとにかく顔を真っ赤にしている。
悪いかな、と思いつつ、ついまたパエリアが笑ってしまった、その時。

「あ……」
お腹が。
「えっ?」
パエリアはお腹の優しい膨らみに手を当てた。そこには、小さな小さな愛しい命が宿っている。
「……動いてる」
「えっ、どれ!?」
ライスも慌ててパエリアの腹に手をあてた。
「……ホントだ」
二人、顔を見合わせて笑ってしまった。

それは、幸せなある日の、ほんのひとコマ。

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