冬の花
君に出会ったのは、太陽がギラギラ照りつける、真夏の午後の事だった。
僕はもう、暑くて、暑くて、死んでしまうんじゃないかと思ってたんだ。
毎日、毎日、のどがカラカラでさ。
そんな時に君が現れたんだ。
君は僕の目の前にしゃがみこんで、突然泣き始めた。
君があんまりわんわん泣くから、君の涙で僕は潤った。
君のおかげで僕は助かったんだよ。
その日から君は僕の『特別』になった。
この道は君と同じ制服の子がいっぱい通るから、僕は最初君を見つけるのが大変だった。
だけどあの日僕は風にお願いをしたんだよ。
頼みもしないのに、いつも僕の頭をひゅうひゅう撫でていく、いけ好かない奴なんだけどさ。
僕は頭を下げて頼んだよ。
あの子の声を届けてくれ。
あの子の匂いを運んでくれってね。
だから僕は君のこと、だんだん分かってきたよ。
あの日君が泣いてたワケも、なんとなく分かったよ。
どうせアイツとケンカでもしたんだろう。
君はアイツとケンカをすると、よく帰り道、小石を蹴るよね。
それがさ、僕に当たって痛いんだ。
だけど君は知らん顔で、僕をちらりと見ただけで行っちゃうんだ。そりゃないよな。
けれどもアイツと並んで歩く時の君ときたら、そりゃあ良い笑顔しちゃってさ。やってられないよ。
それでも僕は君が好きで。
君の涙に助けられた僕だけどさ。君の笑顔が好きなんだ。
おかしな話だろ。
ずいぶん太陽が遠くなって、過ごし易くなったある日のことだ。
君とアイツは僕の目の前でケンカをしたね。
君はあの時みたいにわんわん泣いた。
僕はアイツに言ってやったよ。
『なあおいお前、お前の事だよ。
泣かすなよ。
困った顔してオロオロしたって遅いだろ。』
『そうだおい、お前。
オレを使えよ。
きっと彼女を笑わせて見せるよ。
オレは今が見ごろなんだぜ?』
だけどアイツはちっともこっちに気づきやしない。
ちょうど通りかかった白猫に頼んで、ひと声鳴いてもらった。
「みゃあ」
いい声で鳴くな、アンタ。
アイツはやっとこっちを向いて白猫をみて、それからようやく僕に気づいた。
『よし、ほら遠慮すんな。
オレを摘めよ。』
アイツは全くためらいもせずに、僕をぶちっと摘んだんだ。
そりゃあ痛かったさ。瀕死の重症だ。
だけどそれでも良かったんだ。
だって僕には自信があった。
きっと彼女を笑わせてあげられるって、自信がね。
ところが君は怒ったんだ。
「何てことするの」って怒鳴ったんだ。
そりゃあ無いだろ。あんまりだ。
僕は今にも枯れてしまうよ。
君は僕をひったくって走って家に帰った。
僕は小さなマグカップに入れられて、君の泣き顔をしょんぼり見上げたよ。
そうしたらさ。
君は笑ったんだ。
嬉しそうに。
「ふふふ」って。
僕はこの時思ったよ。
ああ僕は生きていて良かった。
僕があの場所に生まれて良かった。
僕はもうすぐ枯れてしまうだろうけど、僕の生涯は無駄じゃなかった、ってね。
でもさ、本当は気づいてるよ。
君は僕の事なんかちっとも見てない。
僕の向こう側にいる、アイツを見てるだけだってさ。
ねえ、それでも、少しだけ。
少しだけ夢を見たっていいだろう?
僕が君を笑わせたんだって、誇りに思ってもいいだろう?
僕はもうすぐ枯れてしまうけど。
君はすぐに僕を忘れてしまうだろうけど。
君が電話で話してる声が弾んでるようだから、それだけで幸せなんだ。
君は今日も楽しそうに部屋を出て行く。
僕をちらりと見て、嬉しそうに「ふふふ」と笑う。
僕があの日君に助けられて本当に良かった。
ねえ僕は今日にも枯れるよ。
僕のこと忘れていいからなるべく笑顔でいてほしい。
それじゃあね。
君の事本当に好きだったよ。
ばいばい。
――あれ?
…ねえ、そういえばさ。
あの時君が怒ったのって、もしかして僕の事、少しだけ想ってくれたからなのかな…?
おわり
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