ピロートーク
ふとんの中はあったかい。
ふかふかのベッドじゃなくて、畳の上に敷いた硬いふとんだけど。
だけど、一人じゃないからあったかいよ。
「…冷たっ」
「…へへへ」
冬はすぐに足が冷たくなっちゃうんだよね。
だけど彼の足は温かいから、あたしはわざと冷たい足をくっつける。
「…もう。冷え性なのかな、奈津は。若いのにね」
ハルちゃんは、呆れたような顔して、それから足の間にあたしの足を挟んでくれた。
いつものように。
「あ。何その言い方〜。ジジくさいよ?」
「ああ、言ってはいけない事を」
ハルちゃんはちょっと口を尖らせて。
それから、笑う。
あたしも、笑う。
この空気が好き。ハルちゃんが好き。大好き。
ぴったり身体をくっつけて、あったかい体温があたしを包んでくれるのを感じる。
それからね…。
あたしが幸せに浸ってるうちに、すー、すー…って、寝息が聞こえてきた。
ハルちゃん、もう、寝ちゃったの??
「ああん、もう、先に寝ちゃだめ〜っ!」
「んあ、ごめん、ごめん」
ハルちゃんはちょっと身体をビクッとさせて、それからあたしの頭を撫でた。
でも、目は開いてない。
もう〜っ。
「…眠いの?」
「え。ん、…ごめん」
ハルちゃんはそう言って、またすぐに眠りに落ちようとしてる。
…分かってるよ。疲れてるんだよね。
ハルちゃんは朝から夜遅くまで、お仕事だもんね。
お昼にちょこちょこっと、バイトしてるだけのあたしとは違うよね。
…でもさ。でもね。
「…ひどい」
「え?」
「あたしの事好きじゃないんだ…」
「えぇ?」
今度はハルちゃんは目を開けてくれた。
「な、何でそうなるの?」
「だってさ、だって一緒に寝てるのに、何にもしないなんてさ…」
「…え。だ、だって、昨日も、したし…」
「……」
なんか、なんかヤダ。
あたし、なんか、とんでもない事言ってるのに、ハルちゃんは、冷静な顔しちゃってさ。
やだ。なんか、頭に来る。恥ずかしい。恥ずかしい。むかつく。
「もういいっ、おやすみ!」
あたしはパッとふとんを引き被ってハルちゃんに背を向けた。
「…奈津?」
「…」
返事なんか、してあげない。
「…奈津…」
「……」
「……」
「!」
ハルちゃんの手が伸びてきて、後ろから、あたしの身体を抱きしめた。
「や、やだ…!」
あたしは、ハルちゃんの手をどかそうとしてもがいた。
だけど意外に力が強いハルちゃんの手は、そう簡単にははなれない。
なによなによ、お坊ちゃんのくせに…!
そのうち、手が、パジャマの上から、あたしの胸に、そっと触れた。
――!!
「…やだ…っ」
「…嫌なの…?」
耳元で囁かれて、ぞく、とする。
やだやだ。こんなの、ヤダ。
「ヤダッ…!」
「……」
ハルちゃんの手が、放れた。
ふぅ〜ってため息ついてるのが聞こえる。
「ワガママだなぁ…」
あたしはくるっとハルちゃんの方に向き直った。
「…だって、だって、違うもん。無理にして欲しい訳じゃないもん…」
言いながら、悔しくって悲しくって、涙が出そうになった。
それがまた悔しくって、じわじわ、目が熱くなってくる。
「…ごめんね、奈津」
ハルちゃんは、やさしい顔で笑って。その笑った口元が、すごく近くまで来て。唇が、あたしのまぶたに触れた。
「ひゃ」
こんなトコにキスされるの初めてだ。なんだか、少し、生々しい感じ。あたしはまたゾクゾクしてしまう。
「今日は、もう寝よう?」
ハルちゃんはにっこり笑って言った。
「……うん…」
ハルちゃんはね。7つも年上だからね。そうだよね。
トシだもんね。しょうがないよね。
あたしだって別に、そんなにHがしたい訳じゃ…。
「…ねぇ奈津…。まさかと思うけど。僕がトシだからしょうがないとか、考えてないよね…?」
「…えっ…!?」
ぎく。
「…なぁ〜つぅ〜?」
ハルちゃんは思いっきり呆れた顔して。それから、少し怒った顔で、あたしの額をこつん、て小突いた。
「もう…。明日は僕、午前中に大事な会議があるんだよ。」
「…」
…仕事。ああ、そうだよね。ハルちゃんは大人だもんね…。お仕事、大事だよね…。分かってるよ。そのくらい。
「…だけどね、明後日は土曜日で休みだから。」
ハルちゃんは、一瞬だけ、にやっと笑った。
にっこり、じゃなくて、にや、って、ちょっと意地悪な感じの…。
あ、あれ?そういう笑い方、するの?
「明日の夜は、覚悟しといてよ?」
そう言ったハルちゃんの笑顔は、いつも通りの優しい顔に、戻ってて。
あたしは、一瞬、ホッとした。
だけどあたしはまだ、セリフの意味が飲み込めてなくて。
あれ?…あれ??
いま、なんて…?
ハルちゃんはあたしの耳元に唇を寄せて、囁いた。
「…寝かせないから」
――!?!
そんなセリフを、言われたのは初めてで。
あたしの心臓は、思いっきり跳ね上がってバクバクいってる。
――どうしよう。明日の夜は、眠れないの…?
Fin.
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