序.
人の一生なんて、いつどうなるか分からない。
昨日まで、京の外れでいつ崩れるかも知れないようなあばら家に暮らしていた身のこの自分が、今日は後宮などという、雲の上のそのまた上の場所に、居る。
そして。
「おやめくださいませ……っ!」
叫びつつ、じりじりと後ずさる。必死の思いで乱れた胸元を掻き合わせた。
「なんで」
「な、なんでって……っ」
「俺は人に命令されるのに、慣れてないんだ」
目の前にいるのは、それこそ一生顔を合わすことも、姿を垣間見ることさえも無いと思っていた雲の上の人物。
……東宮。
千夜子(ちやこ)が聞き間違えたのでなければ、確かにこの人物は東宮と呼ばれていた。
「お願いです、やめて……」
声が、震える。
「……分からないな。嫌がっているのか?」
嫌がるも何も。千夜子は首を縦に振れば良いのか横に振れば良いのかさえも分からなかった。もしこの人物が本当に東宮であれば、逆らうことなど許されない。しかし今は、余りに突然すぎるこの事態に驚きすぎていて……ただただ、恐ろしい。
「……っ」
もう言葉も出ず、震えるしかできない。
東宮はふっと口元に笑みを浮かべた。そのまま膝を付いて千夜子の方に腕を伸ばしてくる。
ああ。
どうしてこんな事になってしまったんだろう、どうして……!
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