千夜子 一.


「いつもありがとね、由紀。これでまた当分はなんとか暮らしていけるわ」

 千夜子はいま渡されたばかりの食料の入った麻袋を大切に抱えて、頬擦りした。

「ま、お止めくださいな、そんな……宮家の姫様が、はしたないですわ」

 姫様、と呼ばれても、千夜子には目の前の立派な身なりをした由紀のほうが、よっぽど姫様のように思える。
 
 千夜子の父は先々帝の六の宮で、血筋の上では高貴な宮家の姫君、という事になっている。が、実質は京の外れのボロ屋敷に住む、零落した貧乏宮家の姫君であった。父は十余年も前に亡くなっており、今この屋敷には病弱な母と二人きり、お端下の仕事(炊事など)も全て千夜子が行っている。父の残した財産はとうに底を付いていて、その日の暮らしにも困るような有様であった。

「でもねぇ由紀、本当にもう、由紀の他には頼れる人も居ないのよ」

 由紀は普段は後宮に勤めている女房(女官)である。が、母の乳母に縁があって、唯一、この屋敷を訪れては物資の援助をしてくれる、大切な人なのである。

「姫様、いま姫様は花の盛りなんですから! 今度は衣(きぬ)を持ってきますわ。立派に着飾ったら、その辺の公達(きんだち:貴族の青年)が放って置きませんわよ。そうすれば、こんな……生活も、しなくてすみますわ」

「公達かぁ……そうね。結婚すれば、いいのよ……ね」

 結婚と聞くと、千夜子はつい、重いため息をついてしまう。

「え、どうしましたの?」

「え、ああ、うん。……そうよね。お金が無ければ、どうしようもないものね……」

「姫様? 何か……お嫌な事でもありますの?」

「……。嫌な事っていうか……幸運な事なんだろうけど……。いるの、求婚してくれる人が」

「え、ええっ!? まぁ、良かったじゃありませんか!? で、お相手は、どこのどちら様ですの!?」

「うん……お金持ちの受領(ずりょう:地方長官)なの……願ったりよね。……公達っていうかこう……、かえる、みたいな人だけど……」

「か、かえる?」

「うん……」

 ちょうどその時、門の外に牛車の止まる音がした。この家にやってくるのは、この由紀のほかには、その受領くらいしかいない。

「噂をすれば、だわ。たぶんその受領よ。……見る?」

 由紀はこくこくと頷いて、次の間に隠れた。


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