結 二.
後宮で改めて目にする東宮は、七条の屋敷に居たときとは違い、どこか凛とした威厳のようなものを纏っていて……神々しいとすら、千夜子は思った。
飽きるほど抱きしめられて、好きだと囁かれていたというのに……どうしてか、今この場になって、ひどく緊張してしまう。
「東宮……」
深紫の袍を纏った東宮は、機嫌よさそうに千夜子に近づくと、手を伸ばして千夜子の頬に触れた。
「……待ち侘びた」
ぐい、と手をひかれて抱き寄せられる。
東宮の焚き染めた香が薫って、反射的に千夜子の胸は高鳴った。
感じる鼓動すら幸せに感じていると、やがて東宮は少し身体を離し、視線を落とした。
「……ここに、俺の子が居るんだよな……」
そう言って、千夜子の腹に手をあてる。
「ええ。私も、何だかまだ信じられないけど……」
「まぁ、嬉しいが……」
「?」
東宮はふっと顔を近づけると唇を軽く付けて、離した。
「抱きたいなぁ……」
そう言って、千夜子の肩にあごを乗せる。
「!」
後宮で結ばれたあの日以来、東宮は千夜子を抱くという事は無かった。腹に子が居るから、遠慮しているのだろう。七条の屋敷に居ても、東宮は千夜子をただ抱きしめるだけで、抱くことは無かったのだ。
「と、東宮……」
千夜子は頬を染めて東宮を見る。
「……駄目なのか……? よく分からんが。……今度侍医に聞いてみる」
「えっ、き、聞くって……嫌だ、は、恥ずかしいじゃない」
「聞く」
「……っ」
「……こんな事なら、お前が後宮に居た頃に、もっと抱いておけば良かったな」
千夜子は恥ずかしさで何も言えず、うつむいてしまった。
「お前だって『好きなだけ抱けばいい』って言ってたしな」
「えっ! そ、それはっ。こ……言葉のあやっていうか……」
東宮は不満そうに眉をひそめた。
「ああくそ、失敗した……やっぱり昼のうちに聞いておけば良かった。……今から行って聞いてくるか」
「えっ!? ち、ちょっと止めてよ、東宮っ」
東宮が本当に立ち上がろうとしているので、千夜子は慌ててその袖を引いて止めた。
「……まぁ、今日のところは止めておくか。……なんか我慢してばっかりだ、俺……」
「……ご、ごめんなさい」
「……ほんと、お前には調子狂わされてばかりなんだからな」
東宮は恨みがましい視線を送ってくる。
「で、でも……。こうしてここに来れただけでも、奇跡みたいな事だし……。と、東宮は、嬉しくはないの?」
「そりゃ嬉しいに決まってるだろ」
そう言うと、東宮は千夜子の頬を両手で挟むようにした。
「お前はどうなんだよ」
「そ、それは……嬉しいわ」
「本当かな……」
東宮は憮然とした表情で千夜子を見た。
「大体俺は、お前から好きだって言われてないぞ」
「えっ、う、嘘……。言ったわよ、たぶん……」
「いいや、言ってない。それにお前は俺から逃げてばかりだったからな。信用できない」
「そんな……っ」
「言えよ」
「え?」
「好きだって言え」
面と向かって……じっと目を見つめられて、そんな言葉を口に出すのは、ひどくためらわれる。
「東宮……」
困っているのに、東宮はちっとも許してくれる気はないらしい。両手で頬を押さえたまま、じっと千夜子を見据えている。しぶしぶ、千夜子は口を開いた。
「……き」
「聞こえない」
諦めて千夜子は東宮の目を見つめ、はっきりと言った。
「好きです」
すると、東宮はぱっと子供のように嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「ははっ」
声を立てて笑って、ばっと千夜子を抱きしめると、その頬に口付けた。
「幸せにする」
「……」
「大事にする……」
耳元で囁かれる甘やかな言葉に、千夜子は幸せの、涙を零した。
「……よろしくお願いします……」
こうして二人は晴れて結ばれ、末永く幸せに暮らしたとか――。
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