ドラクエ2 〜旅の行方(後)〜


ムーンブルクの復興は順調に進んでいた。まだまだ崩れた町並みは完全に回復していないが、人々の目に輝きが戻った。
それは王女の帰還によるところが大きい。城にも人々が戻り始めた。
プリンは城や街の復興を現場で見守り、亡くなった人々に祈りを捧げた。


その日。
プリンは修復されたばかりの城のバルコニーに登って辺りの様子を確かめていた。
明日は簡素な即位式が執り行われる予定である。
王が不在のこの国で、プリンが新たな女王となるために、簡単ながら儀式を行おうというのだ。

…と、突如、城の城門あたりがざわつき始め、数人の召使いの女が駆け寄ってきた。
「姫様、あれは…」
言われて、指差された方向を確認し、プリンはごしごしと目を擦った。
無意識に涙が浮かんで視界が歪んでしまう。また必死に目を擦り、もう一度確かめるように大きく目を見開いた。

砂煙を巻き上げ駆けて来る大きな白い馬。その馬を駆る青年の姿。
見なれた旅装束とは違って、王族然とした気取った格好をしているが、それはまさしくあの人の。尊大で自分勝手でワガママな…プリンが何度も思い出してはかき消していたその人の姿であった。

青年はドカドカと城の中庭まで馬を乱入させた。周囲の人々が蹴り飛ばされないよう逃げ惑う。
馬は、プリンの立つバルコニーのまん前で、大きく背をのけぞらせ、ひひぃーーんといなないて止まった。

馬上の青年はプリンの立つバルコニーを見上げた。
プリンは震える唇から震える声を絞り出した。
「…カカ…オ…」
きらびやかな青い装束。胸にローレシアの紋章。頭上には、輝く金の王冠を乗せている。それでもその自信ありげな顔つきは、見間違い様もなかった。
カカオは無言のままじっとプリンを凝視した。それからふっと視線をそらし、中庭を見まわした。
そして突然、城全体に響き渡るような大声で叫びだした。

「ムーンブルク国民のみんな!!聞いてくれ!俺はローレシアの国王、カカオ!!」

周囲にいた人々は驚いてカカオを見つめ、声を聞きつけた城中の者が中庭に集まり始めた。
階上の人々も窓や手すりから顔をだす。プリンはカカオの意図を計りかね、ただ瞬きしてその様子を見つめていた。
カカオは集まった人々をぐるりと見まわし、大きく息を吸い込んだ。
「すまない!!俺はこれから、あんたたちの姫を…ムーンブルク王女プリンを頂いて行く!!」

カカオは馬を飛び降り、片膝をついて深々と頭を下げた。

「許してくれ!」

しん…と辺りが静まり返った。

「な…」
プリンは混乱する頭で必死にカカオの言葉を理解しようとした。
「そんな、ばかなこと」
―出来るわけないじゃない。
プリンは、頭の中でそうつぶやいた。明日には自分は女王となる身なのだ。
出来るわけがない。
「できるわ…け…、」
しかしそれ以上言葉がでない。プリンは縋りつくように手すりに掴まって、膝を折った。こぼれる涙を隠すように手すりに額を押し付ける。

側にいた年の近い召使いの女がプリンの背を撫でた。
「姫さま…」

ざわざわと城中がざわめき出した。
―ローレシアに…?!
―一緒に旅をしたという王が…。
―どういうことだ…
「姫さまっ?!」
「プリン姫さまっ!」
問いかけるような叫びが上がり、人々の視線がプリンに集まる。

「あ…」
プリンはよろめくように立ちあがって、青ざめた顔で民衆を見まわした。
「わたし…わたしは…」
――ここで、女王になる。そして国を治める。
そう言えばいい。そう、…言いたいのに、言葉が、出なかった。かわりに大粒の涙だけがボロボロとあふれる。

どよめきがさざ波のように走った。

様子を見守っていた老紳士が中庭に1歩進み出て、プリンを見上げ微笑みかけた。
元は大臣の1人であった人物である。
「姫さま。姫さまのお好きなように…」

またもざわめきが起きる。何かをさっした女性の声があがった。
「姫さま、私たち、姫さまの言う通りにします!」
「プリンさまはもう充分頑張って下さいましたわっ!…わたし達のために…!」

ますます激しくなるどよめき、ざわめき。
人々の声はさまざまである。

「そうですよ!もう、街もここまで復旧してるんだ!」
「後は姫さまの望みのままに…!」
「しかし姫さま、姫さまがいなくては、国は…っ」
「いや、我々だけでもやっていけますとも!」
「プリンさまは、ムーンブルク王家、最後のおひとりですぞっ」
「姫さま、私達のために苦しまないで…!」

プリンの表情が困惑にかげる。
「みなさん…」

それまで頭を下げていたカカオがすっと立ちあがった。プリンのいるバルコニーを見上げる。
「プリン!」
「……」
プリンは困惑したままの表情でカカオに視線を移した。
カカオは真っ直ぐにプリンを見つめていた。まるで怒っているかのように釣りあがった眉。けれどそれは精一杯真摯な表情。

「…好きだ……っ!」


ざわめいていたその場が水を打ったように静まり返った。
プリンは大きく瞳を見開いてカカオを見つめ返した。
「……あ…」
ムーンブルクの事も。自分の立場も。
すべて、何もかもが、プリンの頭から白く消え去っていった。
「カカオ…!」
プリンは手すりによじ登った。
そしてそのまま、とん…っと手すりをける。プリンの体が空を舞った。

「連れて行って…!」


「わあっ!ば、ばっかやろ…」

――どすんっ!!!

カカオはプリンを受け止め、そのまま芝生に転がった。

湧きあがる歓声と拍手で、ムーンブルク城が揺れた。

「…ぃってぇっ」
「…あははっ」
プリンが楽しげに笑い、痛そうに顔をしかめていたカカオもつられて笑ってしまった。
そのまま、芝にまみれて見詰め合う。
「あーあ、ちっくしょう!とんでもねぇやつだぜ、おまえは…!」
「…そうね。わたし、自分でも知らなかったわ…」
プリンはおかしそうにいった。そしてふっと真顔になり、潤んだ瞳でカカオをみつめた。
「でも、…好きよ…」


…誰も、プリンを止める者は現れなかった。

◆◇◆◇◆

こうして。
ムーンブルク城があった場所には、ローレシア、サマルトリアの協力を得て、新たな自治都市が誕生した。王国の歴史はここで幕を閉じたのだ。
しかし、ムーンブルク王家の血筋は、ローレシアと共に脈々と受け継がれていったのである…。


おわり

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