ドラクエ2 〜旅の行方(中)〜


それから、ひと月が過ぎた。

カカオはローレシア国王として忙しい日々を送っていた。
「あんのクソ親父…っ!!」
――何が政治をやる必要はねぇだっ!!

カカオはそれまでの政治のずさんだった事を知り怒りをあらわにしていた。
ハーゴンや魔物の脅威に対抗するのに手一杯で、政治はおろそかになっていたのだ。
「王様、この書類に目を通して頂けますか?」
苛立つカカオが書類を握り締めている側から、中年の側近が新しい書類を持ってくる。
「なんだこの遊興費ってのは?!」
「は、毎年それだけの予算が組まれて…」
「削れっ!!」
カカオは側近を怒鳴りつけた。金の刺繍が施されたマントを翻しながら叫ぶ。
「大臣どもを呼べっ!親父もだっ!」
会議は何度と無く行われた。
「税率は5%引き上げる!軍事費は60%カットだ!その分モンスターにやられた農地の回復と町の復興・それと医療費に当てる!」
カカオのやり方はいささか荒っぽい所もあったが的を得ており、国民の信頼は高まった。
意外なほどのカカオの手腕に大臣達もカカオに頼り始めている。

「王様、東方では今だ魔物が現れる地域がございます」
大臣がカカオに口上した。問題事は全てカカオに寄せられる。
「どうせ害はねぇんだろっ!ハーゴンが死んだんだ、モンスターも大人しいはずだっ」
「しかし今だ国民はモンスターに対してひどく敏感でおびえております…っ」
「…ちっ!よし、俺が行ってくる!」
カカオは自ら兵を引き連れ、今だ市街に散在するモンスターの巣を山へ追いやった。

もともと王として人の上に立つ者の資質は備えていたのかもしれない。

カカオの生活は多忙を極めた。


そんなカカオの元に、ある日、1通の書状が届いた。
「サマルトリアからでございます」
そういってひざまずく兵士から書状を受け取り、カカオは玉座に腰掛けた。
裏返すと、クッキーの署名があった。
「……」
カカオは兵士を下がらせて、片肘を肘掛にかけ、その手紙を広げた。

◆◇◆◇◆

サマルトリア城。
ハーゴン征伐という大役を果たした王子・クッキーの部屋では、かわいらしい少女の拗ねた声が響いていた。
「お兄ちゃん、どーして行かないのよっ!!」
ココアは部屋の中をうろうろと歩き回り、椅子に腰掛けているクッキーをじれったそうに睨んだ。

「きっとプリン様だって待ってるわっ!ちゃんとお手紙は送ったんでしょう?」
クッキーは苦笑いしてココアを見上げた。
「ん〜。あれねぇ…手紙は……本当は、送ってないんだよ〜…」
そういってあははと笑ってごまかす。
「うそ?!あたしちゃんと知ってるんだからね!お手紙、送ってたじゃない!ココアが言った通りに、プリン様に『お迎えに行きます』って、出したんじゃないの?!」
クッキーは笑顔のまま冷や汗をかいた。
「…ん〜。ぼくは行かないけど、きっとほら、別の人が行くと思う、から…」
ココアはきっと眉を釣り上げてクッキーを見た。
「何よ別の人って!!まさかローレシアのカカオ王子じゃないでしょうねっ!!」
「う」
クッキーが苦笑いする。
「ん〜。た、たぶん…」
「何よ〜っ!!どう言う事?!」

「ご、ごめん、ココア…」
クッキーはすまなそうに笑った。
「…ぼく、振られちゃったんだ…」
ココアは目をぱちくりさせて兄を見た。
「お、お兄ちゃん…?!」


それは、クッキーとプリン、2人で一緒の帰路につき、別れ道になる、リリザの町へ着いた時の事である。

「クッキー、今までありがとう…。サマルトリアへ帰っても、頑張ってね…」
プリンは笑顔でそう言った。
「…」
クッキーはうつむいて考え込むような表情をしていた。
「ねぇプリン…」
そう言って、顔を上げる。
「ロンダルキアでぼくが言った事…。…覚えてる…?」
「…え…」
プリンの表情がふっとかげった。
「…ぼく、プリンが好きなんだ…」
クッキーは真っ赤な顔で、一生懸命プリンを見つめた。
プリンは思わず息を呑んだ。…それから、ふっと長いまつげを伏せ、悲しげに首を横に振った。
「だ、だめよ。…あなたはサマルトリアの王子だもの。国を離れる事はできないでしょう?わたしも、ムーンブルクを放っておけないもの…」
「…」
プリンのそのセリフは、まるで用意されていたように聞こえた。
――聞きたかったのは、プリンの気持ち。
「もしも」
クッキーはぎゅっと手の平を握りしめた。
「ぼくが王子じゃなかったら…?」
プリンは瞳を瞬かせてクッキーを見返した。
「クッキー…」
プリンの顔が悲痛に歪んだ。うつむいて、首を横に振る。
「…ごめんなさい…」
しばし流れる沈黙。
プリンはうつむいたまま唇をかみ、苦痛に耐えるような表情をしていた。
「うん…。わかってたんだ。」
クッキーは笑った。にっこりと。そして、ぽんっと、プリンの肩に手を置いた。
「ムーンブルクの復興、頑張ってね。時々は、会いに行くから」
プリンがぱっと顔をあげる。
「…クッキー…」
その瞳に涙が滲んだ。
「ありがとう…!待ってるわね…」

手を振るプリンを、クッキーは笑顔で見送った。
徐々に小さくなるプリンの背中が、完全に見えなくなると、クッキーはため息をついた。

もうひとつ。どうしても聞けなかった事がある。
――もし。もしカカオが王子じゃなかったら…?



「お兄ちゃん…?」
妹の目が心配そうにクッキーの顔色を覗っている。クッキーはぶんぶんっと大きく首を振った。
「ん〜。でも、ぼくにはココアがいるから。」
そしていつものようににっこりと笑った。
「いいんだ」

「お兄ちゃん…。」
ココアはぱちぱちと瞬きして、それから兄の元に駆けよった。クッキーがひっくりかえりそうな勢いでその首にしがみつく。
「うわぁっ」
「お兄ちゃん、あたし、あたしね!」
ココアは興奮気味に叫んだ。
「お兄ちゃんのこと見直しちゃった…っ!!」
「…え?」

「…なんだかカッコイイよ。」
ココアは少し体を離し、小首をかしげて言った。クッキーは照れたように笑った。
「あははっ…」

◆◇◆◇◆

手紙を読み終えると、カカオはがたっと立ちあがった。
顔を青くしたり赤くしたりしながらうろうろと歩く。
(ちっきしょう…)
カカオはぶんぶんと首を振り、無意識のうちに手紙をぐしゃぐしゃと握り締めていた。
(なんだよ…2人でサマルトリアへ行ったんじゃ、無かったのか??)

『カカオ、王様がんばってる?
ぼくはこれからムーンブルクに行こうと思います。
だってプリン1人でムーンブルクを復興させるのは、大変だと思うから。
きっと寂しいと思うんだ。
あとね、ココアがうるさいんだ。
ココアはプリンにお姉さまになって欲しいんだって。
笑っちゃうでしょ?
でもぼくはそうなったら嬉しいと思うよ。
カカオは、どうする?』


その夜。
カカオはそっと城を抜け出し、厩舎へ向かった。
頼りない月明かりの元、城壁に沿ってすっと走りぬける。

「何者だっ!」
うしろから、がっと腕を掴まれた。見張りの兵士である。
「…ちっ…」
カカオは舌打ちして振りかえった。
「…俺だ」
「王様?!」

驚く兵士にカカオは「10日で戻る」と言い残し、大きな白い駿馬に跨ってローレシアを後にした。

ひたすら馬を走らせながら、カカオはようやく決意した。
――俺は…、俺のしたいようにする…!!



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