ドラクエ3 〜旅の行方〜



まだ朝霧に包まれたアリアハンの城下町。
今日も神父のカシスは東のはずれの教会から、大通りを西へ向かって歩いていた。
手には小さく可愛らしいリンドウの花を数本ばかり、大事そうに持っている。
西のはずれの一軒の家の前まで来ると、丁度雨戸を開けていた婦人に声を掛けた。
「おはようございます、エリーゼさん」
カシスの姿を見つけて、パエリアの母・エリーゼは嬉しそうに笑った。
「カシ……神父さま。おはようございます」
「教会の裏に咲いてたんです、どうぞ」
「あら、可愛い。いつもありがとうございます。今、朝食の用意をしていたの。良かったらあがっていって」
「それじゃ、お言葉に甘えて」

パエリアとライスの2人をアレフガルドへ残し、アリアハンの街へ帰ってから数年。
カシスは育ての親の神父が待つ教会へと戻っていた。
しかし、年老いていた神父はまもなく息をひきとり、カシスが教会の跡を継いだ。
神父となったカシスは、数日に一度はパエリアの実家を訪れる。
エリーゼはカシスの話す、旅の思い出話をとても楽しみにしているのだ。

しかし今日の話題はいつもと違った。
「え。旅……!?」
出来立てのスープをテーブルに置きながら、エリーゼは目を見開いた。
「ええ、旅といっても、目的地は決まっているんですが。ダーマ神殿です」
「……ダーマ……?」
ダーマ神殿は転職を志すものが目指す神殿である。
平和な世となった今、強さを求めて転職するものはほとんど居なくなった。
「どうしてまた……」
「セロリさんが賢者を目指して旅立つという噂を聞いたんです。僕もまだ、諦めてはいません。セロリさんの力になれればと思って」
セロリはアリアハンへ帰ってからも、必死に魔法の勉強を続けていた。
アレフガルドとこの世界を繋いでいた時空の歪みは、大魔王ゾーマの魔力によるものだった。
魔力さえあれば、また時空を繋ぐことが出来るかもしれない、と。そう考えているのである。
セロリは今や大魔法使いとして世界に名を馳せるほどとなった。
しかし魔法使いの知識を極めただけでは駄目だとセロリは気づいた。
あらゆる呪文と魔術の知識を得るため、賢者の道へ進もうと決心したのだ。

「そう……。ありがとうございます……。あの子のために……」
エリーゼは少し目頭を熱くして、慌ててエプロンでぬぐった。
「ああ、良いんです。僕も、パエリアさんに会いたいんですから」
カシスはにっこりと笑って、立ち上がった。
「それにね、どうも向いてないんですよ、神父」
皆さんの懺悔を聞くのも正直うんざりしてたんです、という言葉は飲み込んで、カシスは苦笑いした。
「ごちそうさまでした」

パエリアの実家を後にして、カシスは向かいにあるルイーダの酒場へと向かった。

◆◇◆◇◆

まだ準備中の扉を勝手に開けて、カシスはルイーダの酒場に足を踏み入れた。
とたんに奥の方からぎゃあぎゃあといがみ合う声が聞こえて来た。

「なんだよ、邪魔だからついて来んなって言ってんだろ!」
「なによーっ! ちょっと魔法で偉くなったからって威張んないでよ!」
「威張ってねーよ、オレは元々こういう性格だ!」
「年下の癖に生意気なのよ!!」
「チビの癖に生意気なんだよ!!」
「ついこの間までアンタの方がチビだったくせにぃぃーーーっ!!!」

カリィのヒステリックな叫び声が聞こえたところで、カシスはようやく口を開いた。
「朝から随分、賑やかですねぇ……」
「あら、カシスじゃないの、お久しぶり」
カウンターで開店の準備をしていたルイーダは、ようやくカシスの存在に気づくと、嬉しそうに笑ってカウンターを出てきた。
「ごめんなさいね、朝っぱらからあの子たちったら……ちょっと、静かになさい! カシスが来てくれたわよ!」
一呼吸置いて、どたどたと階段を降りる音がした。
セロリが顔を出し、続いてカリィもやってくる。
「なんだよカシス、珍しいな」
「おはよ、カシスさん!」

「おはようございます」
にっこり笑って挨拶し、それからおや、とカシスは驚いた顔をした。
「本当に、ちょっと見ない間に随分背が伸びましたねぇ」
カシスは元々長身で、180を超えている。いつもはセロリを見下ろすような格好だったのに、今は目線が合っているのだ。
「育ち盛りをなめんなよ」
セロリは得意げにふふん、と鼻で笑った。
セロリ18歳。確かに育ち盛りである。

「それで? 今日はどうしたの、カシスさん」
カリィは大きなバッグを肩から提げて、旅装束に身を包み、目を輝かせてカシスを見上げた。
「ね、もしかして、カシスさんも!?」
ふふ、と笑ってカシスはうなずいた。
「ええ、ちょっと小耳に挟んだもので。今日のうちに来てよかった。声くらい掛けてくれれば良いのに……薄情ですね、セロリさんも」
不満げにセロリを見やると、セロリは口を尖らせてそっぽを向いた。
「なんだよ小耳って……。ちぇっ、オレ一人で行こうと思ってたのに……。大体、教会はいいのかよ、神父様」
神父様、に皮肉を込めてセロリは横目でカシスを見た。
「いいんですよ、最近はロクな仕事もないんです。もう先代の神父様もお亡くなりですし。御用の方にはお隣のレーベ村まで行ってもらいましょう」
サラリと言ってのけて、カシスはニコニコと笑った。
「……(そんなんで良いのか……?)」
しかし反論は出来ないセロリだった。

こうして、3人はルイーダとエリーゼに見送られ、アリアハンを旅立った。
とりあえずの目的地はダーマ神殿。
最終的な目的は、時空を繋ぐための旅である。

◆◇◆◇◆

一方。
こちらは下の世界、アレフガルドの離れ小島である。
船を出さなければ街へも行けない、小さな孤島に、一軒のこじんまりとした家が建てられていた。

「あぁ、暑っちぃなぁ……、太陽ってのも在るなら在るで、限度を知って欲しいぜ」
小さな小船を岸へ寄せて、ライスは孤島へ上陸した。
丘の上に建てられた家から、黒髪の女性が顔を出す。
パエリアだ。
小走りに駆けてきて、にっこりと笑った。
「お帰り、暑かっただろう」
眩しい笑顔に見つめられ、ライスは
「おう、この程度、全然へっちゃらだ、涼しいくらいだぜ」
先ほどとは正反対の事を言った。
「?」
パエリアは、おかしな奴だな、と首をひねったが、直ぐに船に積まれた荷物を降ろして、家に向かって歩き始めた。

先を歩くパエリアの後姿を眺めながら、ライスは思う。
パエリアは、随分、変わった。
まず髪が伸びた。胸の辺りまで伸びた髪を、後ろで一つに束ねている。
未だにスカートを履くのには少々抵抗があるらしいが、ライスが買ってやると履くし、以前のようには嫌がらなくなった。
そして何より、よく笑うようになった。
ふとパエリアはライスを振り返って立ち止った。
「なんだ。……あんまり、見るな」
「いいだろ、別に」
言いながら、後ろを歩くのはやめてライスはパエリアの隣に並んだ。

パエリアは余り街へは顔を出さず、こうしてこの小島で暮らしている。
魔王討伐の知らせをラダトーム王に報告し、勇者『ロト』の称号を受けてから、パエリアは有名人になってしまったのだ。
うっかり街へ顔をだすと、あっという間に大衆に取り囲まれてしまう。
パエリアにはそれが耐えられず、こうしてこの小島に引っ込んでいるのだ。

「なぁ、その格好なら、街へ行ってももうバレないと思うぜ」
「……。そうか?」
「ああ。皆、勇者の格好のお前しか、覚えてねぇだろうからな。別の意味で注目されるかもしれねぇが」
「?」
何だ? と聞きたそうに、パエリアは首をかしげる。
「えらい美人だから、目立つってコトだ」
ニッとライスは笑った。
「!! バ、バカな事ばかり言うなと、いつも言っているのに……!」
こうやって直ぐむきなって怒るところは変わっていない。
そんなところが可愛いと思っているライスである。
嬉しそうなライスを見て、パエリアはさらに腹を立てた。

「ライス! お前最近剣の腕が落ちただろう! 久しぶりに相手をしてやる!」
突然勇ましく叫んだかと思うと、家に向かって駆け出した。
やがて手に木刀を握って飛び出してくるパエリアを見て、ライスはため息をついた。
「げ……。おいおい、マジかよ……」
「行くぞ!」
パエリアは問答無用で飛び掛ってくる。

全く勇者とは恐ろしいものだ。
ライスはつくづく思う。
大魔王が居なくなった今も、パエリアは鍛錬を欠かさないのだ。
姿かたちは前より女性らしくなったものの、強さは相変わらずである。

ガァンッ、と高い音を立てて、ライスの握った木刀が弾き飛ばされた。
「だあぁっ、参った、参った!」
ライスは地面に尻餅をつき、片手を挙げて降参する。
はぁはぁ息を切らしながら、パエリアは満足げに笑った。
「ふふ、今日は調子が良い」
言いながら、座り込んだライスに手を差し出しす。
どうやら機嫌は治ったらしい。
ライスは差し伸べられた手を握り――そのままぐいっと引き寄せた。
「!」
油断していたパエリアはそのまま倒れ込むようにしてライスに受け止められる。
「……ラ、ライスッ」
「ははっ、捕まえた」
「こ、このっ」
パエリアはもがくが、力だけでは到底ライスには敵わないのだ。
ライスはもがき続けるパエリアをぎゅっと抱きしめて、不満げに呟く。
「嫌なのかよ」
「……っ」
そう言われてしまっては、パエリアは抵抗できない。もともと嘘がつけない性格なのだ。
パエリアが素直なのを良いことに、ライスはパエリアを抱きかかえたまま立ち上がって歩き始めた。
「ラ、ライスッ、自分で歩く、降ろせっ」
「良いだろ、たまには。どーせ誰も見てねぇんだ」
「……し、しかし」
不満げに言って、口篭るパエリアを無視し、ライスは上機嫌で歩いていく。

やがて諦めたパエリアはライスの首にしがみついた。
そうして、幸せそうに微笑んだのだった。


おわり

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