ドラクエ3 〜別れ〜



「パエリアーッ!! カシスーーッ!!!」
声を限りに叫び、夜の闇の中を闇雲に走って、セロリは2人の姿を探した。
しばらくして、応える声があった。
「…ロリー……ッ」
慌てて立ち止まり、周囲を見回す。
「パエリアッ!?」

「……ここだっ」
積み重なった瓦礫の一角が崩れて、そこに人影が現れた。
黒髪の、少年のような少女。すぐ側にひざまずいているのは法衣を纏った僧侶。
セロリは2人の元へと駆け出した。

近づいて見ると、二人とも、酷くぐったりとしていた。
「……どうも、私は半分死んでいたらしいな」
パエリアは自嘲気味に笑って、カシスに視線を送った。
「すまない、カシス」
カシスは、瀕死のパエリアを見つけてからずっと、回復呪文を唱え続けたらしい。
今は声も出ないほど消耗している。
「……いえ、お役に立てて、何よりです……」
掠れた声で、僅かに顔を上げたカシスの額には、まだ血の跡も生々しい、大きな傷があった。
自分の傷も省みず、カシスはパエリアを回復し続けたのだ。
一時は死線をさまよったというパエリアも、まだ顔色が良くない。
(最後の薬草……置いて来るんじゃなかったな)
セロリが後悔した、その時。
パエリアの横顔が、薄い光に照らされて、白く輝いた。

「え……っ?」
慌てて光のさす方角を振り返る。
「!? 夜明け……!?」
パエリアも眩しそうに目を細めた。
「……夜明けか……」
光は見る間に広がって、暗い大地を照らし始める。
セロリは久しぶりの太陽の光を浴びながら、辺りの空気の変化を感じ取った。
――ゾーマの魔力が、消えようとしている。
今までこのアレフガルドの世界を包み続けた大魔王ゾーマの圧倒的な魔力。セロリがずっと感じていた禍々しい魔力が、少しずつ、少しずつ消えようとしている。
今、僅かに残っているのは魔力の名残だ。

セロリはハッとして頭上の空を見上げた。
――まずい
空にぽっかりと浮かんだ時空の歪み。ゾーマの魔力によって開かれていたそれも、徐々に閉じようとしている。
そこは、アリアハンやセロリ達の元いた世界と、このアレフガルドを繋ぐ唯一の通り道。
塞がってしまえば、恐らくセロリの『ルーラ』でも時空を飛び越えて行くことは出来ないだろう。
早く。早く戻らないと。
――二度と、帰れなくなる。

◆◇◆◇◆

セロリの話では、あと数分も持たないらしい。
「ライスどこだっ!!」
カシスに肩を貸し、ほとんど引きずるようにしてパエリアは走った。
先を走るセロリが辺りを見回して叫ぶ。
「ライスッ!! 動くなって言ったろ! 何処行ったんだよっ」
地団太踏むようにして立ち止まった。

「……おーい、ここだ、ここ」
やけにのんびりとした声が、パエリアの足元の方から聞こえた。
「!?」
慌てて足元を見る。
あたり一面にちらばる瓦礫。それは、あちこちに出来た大地の亀裂を埋めるように積み重なっている。
パエリアはちょうど足元に出来ている亀裂を覗いてみた。
「ライス!!」
底の見えない亀裂の途中、偶然出来たらしい、段になった場所にライスは座り込んでいた。
パエリアを見上げて、苦笑いする。
「はは、ドジった。落こっちまってよ、登れねぇや」
人二人並べた程度の深さで、よじ登れないようには見えなかった。
しかし目を凝らしてみると、ライスの足は妙な方向に曲がっている。
「……怪我しているのか」

駆けつけたセロリが亀裂を覗き込んで叫ぶ。
「バカライス!! ……っ、もう、間に合わねぇよっ!」
「あ? 何の話だ」
事情を知らないライスがのんびり応えると、セロリは苛立って怒鳴った。
「もう空が閉じる……っ! アリアハンに、帰れなくなるんだよっ!!!」
「!!」
ライスがサッと顔色を変えた。

ちょうどその時、また地鳴りが始まった。
大地が振動し、空も震える。
「空が……」
カシスが空を見上げてつぶやいた。
セロリもパエリアも同時に空を見上げる。
空に出来た時空のひずみは、振動に合わせるように閉じ合わさって行く。
歪みに向かって風が吹き始め、砂塵は舞い上がって吸い込まれていった。
「くそぉ……っ」
セロリが悔しげに漏らした。
『ルーラ』で移動するには、移動する全員が側に居なければならない。
今からライスを引き上げるのは難しい。
パエリアはごくりと唾を飲んだ。
――帰れない――

その時。
「お前らは戻れ!! 俺は大丈夫だっ! 上の世界に未練はねぇっ」
ライスが叫んだ。
パエリアが慌てて叫び返す。
「何を言ってるんだ!?」
「早く行けっ!! 俺には肉親もいねぇ、どうせ一人身だっ。大丈夫、こんなトコどうにか這い出せる! 死ぬわけじゃねぇんだ! お前らは早く帰るんだ!!!」

「ライスさん……っ」
「ライス……」
カシスとセロリは神妙な顔つきでライスを見下ろし、それからパエリアに視線を移した。
どうする、と2人が目で尋ねている。
方法は、それしか無い。
パエリアの心臓が、どくん、と大きく波打った。

「早くしろ!」
もう一度ライスが叫ぶと、セロリは杖を握って立ち上がった。
「戻ろうパエリア! ……約束しただろ、一緒にアリアハンに帰るって……っ!!」
カシスもうなずいた。
「パエリアさん……、戻りましょう。あなたには待っている人がいます」

心臓がまた、大きく波打つ。

それしか方法は無い。ライスと別れるしか。
――アリアハンへ戻るなら……!!

パエリアは首を振った。
「……嫌だ……っ」

パエリアはライスの落ちた、地面の亀裂に手を掛けると、上手く壁の凹凸を見つけて降り始めた。
ライスは信じられないという表情でパエリアを見上げる。
「ばっ、バカ野郎! ……何考えてんだっ!! 早く戻れっ」
パエリアは激しく首を振った。

「パエリアさん、お願いです、戻って下さい!」
カシスの慌てた声が聞こえる。
「パエリアッ! 戻って来いよ、なんでだよ、約束しただろ……っ!」
セロリが泣きだしそうな声で叫んでいる。
「すまない……」
それだけ言うと、パエリアは唇をかみ締めて、さらに下を目指す。

「戻れ!!!」
ライスの怒声が響いた。
聞いた事もないほどの激しい怒声。
びく、としてパエリアが見下ろすと、ライスは怪我した足も構わず立ち上がって、パエリアを見据えていた。

「……い、嫌だ」
それでもパエリアは壁を伝った。
「パエリアッ!!」
ライスの声を無視して、パエリアはとうとうライスの元へたどり着いた。
「何考えてんだ! 早くも…」
怒鳴りつけようとするライスを遮って、パエリアはライスの腰にしがみ付くように飛びついた。

「嫌だ嫌だっ!! ……おまえと離れたくない…っ!!!」

「パエリア…」
驚いたライスの顔。
パエリアがこんなにワガママに、自我をぶつけるところを、ライスははじめて目にした。

パエリアはライスから身体を離し、自分の頭飾りに手を掛けた。
父の形見として母から授けられた、勇者の証のサークレット。
「頼むセロリッ! これを、母に……!!!」
キッと上に居るセロリを見上げて、それを投げつけた。

――ぱしっ。
真っ直ぐ飛んできたそれを受け取ると、セロリは見る間に顔を真っ赤にした。
パエリアを見下ろすその表情は、ぎゅっと眉を寄せて、怒った顔。
「畜生畜生畜生ちくしょうっ!!!」
叫ぶと、セロリはカシスを振りかえって手を伸ばした。カシスは無言でその手を握る。
時間切れだ。戻らなければならない。
ルーラを唱えるのだ。
カシスが亀裂を見下ろして叫んだ。
「パエリアさん、あなたと旅が出来て良かった! 僕はあなたを尊敬しています」
「カシス……、ありがとう」
パエリアは言い、セロリに視線を移した。
「セロリも今まで……」
パエリアの言葉を遮って、セロリは叫んだ。

「好きだったんだ、パエリア! 好きだったんだからな!!!」

びく、とパエリアは涙の溜まった瞳を見開く。
「……っ」
最後にもう一度パエリアを見て、セロリは息を吸い込んだ。
「……――『ルーラッ!!』」

「まかせとけセロリッ!!」
ライスは素早くパエリアの肩を抱き寄せた。既に光の粒子に包まれた2人を見上げ、にやっと笑って空いた方の拳をあげる。

「………っ!!!」
最後にセロリが何かを叫んだが、それは聞き取る事が出来なかった。
セロリとカシスは眩しい光に包まれながら、閉じかけた空の歪みに吸い込まれて行った。

直後、地鳴りが収まった。
空の閉じる、音がした――。

◆◇◆◇◆

「行って、しまった……」
全身の力が抜けたように呟いて、パエリアはぺた、と座り込んだ。
まだ信じられないという顔をして、大地の亀裂から覗く青空を見上げている。
「パエリア」
ライスも足を庇いながら隣に座った。
「ライス、……すまない、私は。私は……」
どうして残ったのか。
ライスは戻れと言ってくれた。
それなのにどうしても。
どうしても、……離れたく無かったのだ。
自分はどうしてしまったのだろう。

ライスはにやっと笑うと、パエリアの腕を掴んで引き寄せた。
ぽんぽん、と後ろ頭を撫でる。
「パエリア、あんたが行っちまってたら、俺は泣いたかもしれない」
驚いてパエリアは顔を上げた。
「……!?」
「さっきは本気で戻れって思ってたんだ。……だけど、泣いたろうな」
「……ライス……?」

ライスはニッと笑ってパエリアの耳元に口を寄せ、何事か囁いた。
驚くパエリアの、赤く染まった頬に手を添えて、ゆっくりと顔を近づける。
パエリアは何度も目を瞬かせたが、抵抗もせず、そのうちそっと目を閉じた。



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