ドラクエ1 〜遥かなる旅路〜



「もし、私に治める国があるなら……それは自分自身で、探したいのです」

 竜王を倒した勇者がラダトームに凱旋すると、それは派手な歓迎を受けた。
 そして国王は勇者に、この国を譲りたいと、そう告げたのだった。


「そうか……。残念だが……」

 玉座の前に立っていた王は、本当に残念そうに呟いて肩を落とし、玉座へどさりと座った。

「では、これで」

 勇者はひざまずいていた姿勢から立ち上がると、直ぐに踵を返し、出てゆこうとした。

「勇者さまっ!」

 ローラ姫が駆け寄ってくる。……予想はしていたが。
 振り返ると、ローラは真剣な面持ちで勇者を見上げていた。

「また、旅立つのですわね?」

「ええ」

「……お願いです、私も……! ローラも連れて行ってくださいませ!」

「はい」

「あの、無理を言ってるのは分かって…………え?」

 もともと大きな瞳が、これ以上は開けないというほど大きく見開かれ、じっと勇者を見つめてくる。
 勇者はふっと笑みを浮かべた。

「どうしました?」

「だって、あの……。私も、連れて行ってくださいますの……?」

「今、連れて行けと言ったのは、貴女でしょう? 冗談のつもりだった?」

「い、いいえ! 行きます! 行きますわ!」

 勇者はくっくっと肩を揺らして笑った。
 まだローラは信じられないという面持ちで、ぱちぱち瞬きしながら勇者を見つめている。すっかり断られるものだと思い込んでいたらしい。

 冗談じゃない。
 もうこの国へ帰るかどうかも分からない、長い旅に出るつもりなのだ。
 この姫君を……残してなどいけない。

「ラダトーム王!」

 勇者はもう一度ひざまずくと、頭を垂れた。

「……私に、ローラ姫を賜りたい。お許しくださいますか?」

「……!」

 玉座に腰掛けた王は、じっと勇者を見つめ……それからため息とともに吐き出した。

「……もともと、そのつもりであった。本当は……この国ごと一緒に貰ってもらおうと考えていたのじゃが……。そなたが連れて行きたいと望むのでは、仕方あるまい。そなた以上の男などこの世のどこを探してもおらんじゃろう。……父として頼む。どうか、娘を……よろしく頼むぞ……」

 勇者は顔をあげると、立ち上がって一礼した。

「お任せください」

 自信に満ちた笑みを王に向け、ローラの腰に手を回してぐいっと引き寄せる。

「……勇者さま……。……お父様」

 ローラが王のほうを振り向くと、王は何度もうなずいた。



「あの……勇者さま」

 ラダトームの城下町で旅に必要なものを買い揃え、その足ですぐに、いよいよ二人での旅に出るところだった。
 もう街を出る境というところで、ローラは立ち止まった。

「あの……私、勇者さまを、お慕いしています!」

 今更のように言うローラに、勇者はふっと笑いながら振り返った。

「ええ、知ってますよ」

 ローラはかぁっと頬を染め、じれたようにその形の良い眉を寄せた。

「……勇者さまは!?」

「……」

 そういえばまだ何も、直接告げてはいない。しかし「姫を賜りたい」とまで言ったのだ。言わずともわかるだろうに……どうもこの姫君ははっきり聞かなければ気がすまないらしい。

「……どんな言葉がお望みですか」

 わざと意地悪くそう言うと、とたんにローラは目を潤ませた。

「まぁ……! ひ、ひどい! 勇者さまはいつもそうやってはぐらかして、私をからかって……っ! 本当は、そんな言葉遣いをする方でもないくせに、いつまでもそうやってわざと丁寧に話すのも、私の事を侮って、見下しているんだわ……っ! つ、連れて行ってくださるのは、嬉しいですけれど、でも……っ」

 うるうると瞳に盛り上がった雫は今にも零れ落ちようとしている。
 しまった、と勇者は慌ててローラを抱き寄せた。

「……ごめん」

 からかうのを楽しんでいる節があったのは事実だが、ローラに敬語を使うのは、最近では癖になっていただけだ。

「……悪かった。……泣くなよ」

 しかしローラはまだ悔しそうに眉を寄せて、必死に涙をこすっている。

「……ローラ」

 名を呼ぶと、びくりと肩をすくませて、ローラの動きが止まった。

「……生涯かけて、貴女を愛そう」

「……!」

 涙が溜まったままの瞳で、じっと見つめてくる。驚きに満ちた瞳が、じわりと歓喜に変わっていくのが、目に見えて分かった。

「ゆ、勇者、さま……っ」

「……満足?」

 ローラはぽろぽろと流れる涙をぬぐいながら、何度も何度もうなずいた。

「うれしゅうございます……」

 勇者はふっと笑うと、ローラを抱えあげた。初めて出会った時……ドラゴンの元から救出したときと同じように。

「きゃ、きゃあっ……。どうして? 私、歩けます……!」

「……しばらくの間。抱いて行きたいんだよ、いいだろ」

「ま、まぁ……っ」

「前にも同じ事を言ったが……、あん時も嘘じゃなかったんだぜ?」

「……!」

 ローラは頬を真っ赤に染めて、恥ずかしそうに俯いた。それからぎゅっと、勇者の首にしがみつくようにして抱きつく。

「ローラも……ローラの愛は生涯、勇者さまだけのものですわ」

 耳元に囁かれた声に、勇者はふっと笑う。

「そいつは嬉しいが……、もし俺達に子供でも生まれたら、その子にも分けてやってくれ」

「……まぁ……! 勇者さま……!」

 驚いて勇者を見上げるローラの顔は真っ赤で、それはすぐに、幸せそうな笑みに変わる。
 勇者はローラの反応に満足して笑い、その頬に優しく口付けたのだった。



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