ドラクエ1 〜死を賭して〜
命が尽きるかもしれない。
それは最期の力を振り絞った、壮絶な……最後の戦いの最中だった。
もう駄目かもしれないと、初めて心から思ったとき、勇者はかの姫君との別れの場面を思い出していた。
「あと、もう少しで終わりです。次に戻るときは、この国の平和をお約束しますよ、姫」
「まぁ……」
しかしローラの表情は硬かった。
「いよいよ竜王の奴を仕留めてきますよ。嬉しくはないですか?」
「……ええ。でも」
ローラは勇者を見つめた後、今にも泣き出しそうな顔で唇をかみ、うつむいてしまった。そのまま長いこと、うつむいている。
危険な旅になることは、お互いに百も承知だ。
「行かないで」と、そう、言いたいのかもしれない。もしくは以前のように「私も連れて行って」とでも。しかしどちらも答えはノーだ。
やがて、意を決したようにローラは顔をあげた。
「……勇者さま」
「はい」
「たとえ……、離れていても、ローラはいつも、あなたの側にいます」
「……」
意外な言葉に、はっとした。
「いつでも、勇者さまのこと、想っています……。勇者さまも」
ローラの表情は真剣だ。
「勇者さまもローラの事。……少しでいいんです。想ってくださいますか……?」
零れ落ちそうな涙を一生懸命堪えているのだと気づいたとき、勇者は思わず、ローラ姫を抱き寄せていた。
「……勇者、さま……?」
「……」
切なげな姫の問いかけには何もこたえず、ただ気が済むまで、抱きしめていた……。
炎が再び迫る。今度は逃れられそうも無い。
勇者は正面から吹き付ける炎を、先祖の剣で真っ二つに切り裂いた。
死ぬわけには、いかない。
何度もいじらしく想いを告げていた、あの姫君の気持ちに、勇者はまだ何もこたえてはいないのだ。
竜王を倒すまでは、何もこたえる気など無かった。もしも竜王を倒すことができたなら、その時は……。
炎の後には、決まって鋭い爪が襲い掛かってくる。勇者はそれを剣で受け止め、受け流した。
旅立ちを決めたとき、勇者は自分の死を覚悟していた。最強最悪な竜王に挑んで、生きて帰った者は一人も居ない。
それでも……たとえ死んでも、構わないと思っていた。
生まれついた時から持ち合わせていた正義感が、竜王の存在を許しては置けないと、勇者の中で強く騒いでいた。
たとえ刺し違えることになったとしても……必ず、平和をこの大地に取り戻すのだ……と。
それが。
『勇者様……ローラはあなたの側に……居ます』
死ぬわけには、いかない。
最後の力を振り絞った渾身の剣は、竜王の爪をかいくぐり、見事その脳天を貫いた。
しかしその爪もまた勇者の身体を掠めて、大量の血しぶきが上がる。
ぐらりと床に倒れこむとすぐに視界が歪み、意識を手放しそうになる。必死にもがきながら、その呪文を口にした。
「……ホイミ……」
死ぬわけに、いかない。
暗い闇に引きずり込まれるような感覚の中で、消え入りそうな呪文を何度も何度も必死に続ける。
やがて、何とか出血が止まったのを感じて、勇者はようやく意識を手放した。
平和の足音が、聞こえていた……。
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