じめての。 〜告白〜


隣の席に、座ってる。
あたしの隣に、座ってる。

信じられない。夢みたい。
視界の端に映ってる、ちょっと日に焼けた左手。
教科書の上に放り出されて、やる気のなさそうな。
その左手は、彼のものだ。

神様。神様。
ありがとう!
あたし、このご恩は一生忘れません!

「…村上」

唐突に、彼の声があたしを呼んだ。

「…う、うぇっ?」

とっさに返したあたしの返事は、それはもうマヌケに、ひっくり返った声だった。
彼は驚いた顔して、言いかけてた言葉をひっこめた。
「……」

う、うああぁ〜っ!は、恥ずかしい!
『うぇ』って、『うぇ』って、…一体…!?
頭に血が上ってるのが自分でよく分かる。
絶対、絶対顔赤くなってる!!

まともに視線を合わせられないでいるあたしに、彼は気を取り直したのか普通に話し始めた。

「…あのさ、次、俺、指されそうなんだけど。」

「う、うん」

「わかる?答え。…ここ、この問3…。」

とん、と彼の骨ばった指が教科書を指している。

…わかる!分かるよ!
さっきの休み時間に、答え写させてもらったから!!

「うん、あのね、『0.67』だよ」

あたしは自信満々で言った。
写した答えは完璧のはず。だって学年でも成績トップクラスの親友・真奈美の答えだから!

「…さんきゅ」

そう言った彼の一瞬の笑顔。
日に焼けた肌にほんの少し覗いた白い歯が眩しい。

その笑顔だけで今日一日分のあたしのエネルギーだよ!!

さすが持つべきものは頭の良い友達!ありがとう真奈美サマサマ!




――だけど答えは違ってた。


「あんたが写し間違えたんでしょ」
休み時間の教室で、真奈美は大げさなため息をついて首を振った。
ホラ、とキレイな文字の並ぶノートを見せてくれる。

『0.067』
…惜しい。

あたしは自分の馬鹿さ加減が情けなくって情けなくって父ちゃんじゃないけど涙が出そうになった。

「大体、北野もなんであんたなんかに聞くかねぇ。あいつ、数学の成績は良い方でしょ、あたしには及ばないまでも

…くっ…。
何も言い返せない自分が悔しい。
…真奈美…、あんたの事好きだけど、時々、ほんとにぶっ飛ばしたくなるよ…。

「ま、別に怒ってなかったんでしょ?」

「…でも…苦笑いしてた…。呆れられたよ…。あたし、自信満々で言っちゃったもん…。」

そう。それで案の定、指されて『0.67』と答えた彼は、先生に『うーん、惜しいなぁ、詰めが甘いぞ』と言われてしまった。…すいません、詰めが甘いのはあたしです。

「そーんな小さいこと気にしないっ!!そんな事気にするような男はこっちから願い下…!」

「ちょっ…真奈美、声でか…っ!」

あたしは慌てて彼女の口を押さえる。
こんな会話彼に聞かれたらもう死ぬしかない。

死ぬしか…。

「………」

目が、合った。彼と。
…彼…、北野貴志くん。

意外と、近いところ……真奈美の後ろに、彼はいた。

死ぬしかない!!
ちゃららーらららーー。
何か絶望的な音楽が頭の中で流れ始める。

彼はニヤ、と笑いながらこっちに近づいてきた。
「ははっ、さっきはまんまとダマされたな」

「うう」
彼は意外に意地が悪いのかもしれない。
あたしは何も言えずにうつむいている。

身長差およそ15cm。
見下ろされたあたしは身動きが取れない。

もうだめだ。

「責任、とってくれる?」

「…へ?」

せ、責任…!?
責任って、どうやって、何をすれば…!?
思わず『下僕』とか『奴隷』とかヤバそうな言葉が頭の中を飛び交って真っ白になる。

「ちょっと北野、何馬鹿言ってんの!亜矢子はあんたに責任取らされるような事は何にもしてないっつーの!」
真奈美があたしをかばうように横から口を出した。

…ちょっと、ちょっと黙ってよ、真奈美。
北野くんに暴言吐くな〜〜っ!!

叫びたかったけど、だけどそんな事言えるはずも無くって、とにかくあたしは黙ってるしかない。

「…ちぇ」
北野くんはつまらなそうに舌打ちして肩をすくめた。
「やっぱ駄目か〜」
頭を掻いて苦笑い。そのまま踵を返して席のほうへ戻ってしまう。

「…ちょ、ちょっと待って、北野くん!」



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