じめての。 〜旅行〜


高原のペンション。
某有名避暑地のペンションは、小さいけど小奇麗で、ご主人もやさしくって、料理が美味しい素敵なところだった。

今日は彼…貴志くんと二人だけの旅行。
昼間は美術館とか牧場とかイロイロ見て回って、結構疲れた。
でも楽しかったな♪

あたしは今、お風呂上りで、タオルを肩に掛けて、窓辺に腰かけてる。
小さい部屋だけど、木の匂いがするおしゃれな部屋。
彼はまだお風呂から戻ってない。

今夜は…。
きっと……しちゃうんだろうな。

ちょっと、緊張する。
…すごく、緊張するな。

「はーん。H旅行か〜。手ぇ早いなぁ、北野のヤツ」
突然、真奈美の言葉が頭に浮かんだ。

そ、そんな事、ないもん!!

夏休みの前、あたしは今回の旅行の事を真奈美に打ち明けた。
そしたら第一声がそれ。

た、たしかに、そうだけど。そうなんだけど。
H旅行なんてロコツに言わなくったって…っ

…それに、やっぱり、早いのかな。早いかも。…付き合って、えっとぉ…1ヶ月弱…?
でも、あたしが、来たいって言ったし。
うーーー。

あたしって、Hなのかもしれない。
真新しい白い下着…勝負下着つけて、こうやってドキドキして待ってる。
期待、してる。

いろいろ、情報は集めた。
やっぱりちょっと不安だけど。だけど凄く、期待もしてる。
ああでもやっぱり不安。
だって皆痛いって言ってるしーーっ。
怖いよ…。

…でもでも、貴志くんと抱き合いたいんだもん…っ


「どうした?のぼせたの?」

「うわあああっ」

突然本人に声をかけられて、あたしの心臓は口から飛び出しそうになった。

「た、た、貴志、くん…っ」

「何?大丈夫?…顔、異常に赤いよ?」

「う、うん。大丈夫」

これはあらぬ妄想をしてたせいです…。

あたしはほっぺたを押さえてうつむいた。
彼はくすくす笑いながらあたしの隣りにやって来る。

「髪。濡れてるな」
あたしの髪を触って、彼は首をかしげる。
「…色っぽい」

――!!!

いいいいい色っぽい!?!
そんな言葉、生まれて初めて言われた。
心臓が、飛び跳ねる。
どうしよう。どうしよう。この飛び跳ね方は、異常だ。

彼はドライヤーを持ってきた。

「亜矢、これ、取っていい?乾かしてあげるよ」

そう言って、彼はあたしの髪を束ねてるゴムを引っ張った。
髪が肩に落ちる。

セミロングのあたしの髪。
彼が撫でながらドライヤーをかけてくれる。

あたしは身動きもしないで隣りにいる彼の体温を感じてた。
お風呂上りのいい匂いがする。

どうしよう。
物凄く、緊張する。

「…。乾いたかな?」
彼がドライヤーを止めて髪を少しすくった。

「う、うん!大丈夫、乾いた!」
あたしは髪を抑えて、応えた。必要以上に大きい声が出てしまった。

彼はクスクス笑う。
「なぁ、ほんとに真っ赤だよ」
「……っ」
そんな事言われると、ますます赤くなっちゃうよ。

「俺は、平気?」
貴志くんは自分のほっぺたを少し触って笑った。
ほんのり、染まってる。いつもより。

そっか。
貴志くんも。同じなんだよね。緊張してるんだよね?


なんだろう。
急に、ぎゅーーっと胸が締め付けられるような感じがした。
貴志くん、貴志くん。
好きだよーーっ

叫んで、抱きつきたいような、そんな衝動。
あたし、おかしいのかな。


「亜矢…ちょっと、早いけどさ、寝る?」

時計をみたら、10時半を回ったところ。
いつもなら、テレビでも見てる時間だけど…

「うん。寝る…」
そう言ってあたしは、うなずいた。



電気が消された。
ベッドは二つあるんだけど…。
彼はさっさと自分のベッドの方に入ってしまった。

どうしよう。
あたし…

「こっち」

貴志くんが、あたしの手を引っ張って、貴志くんのベッドに引き入れた。
布団を上げて、あたしの場所を作ってくれる。

――布団の中は、あったかかった。
彼の体温をすごい近くに感じて、ドキドキする。

「亜矢」
名前を呼ばれて、すぐ、あたしは力いっぱい抱きすくめられてた。

少し苦しいんだけど。
だけど幸せでどうにかなりそう。

少し身体を離して、貴志くんがあたしを見た。
「俺、亜矢の事、すごい、好き…」
声が、少しだけ掠れてる。

どくん。
心臓が跳ねる。

「う、うん。あたしも…。」


手が、パジャマの上からあたしの胸に触れた。
「いい…?」
掠れた声が尋ねてくる。

どきどきが、止まらない。
「うん…」
こたえる声が、震えてしまった。

彼の顔が近くなる。
「好き…」
そう囁いて、彼の唇があたしの唇を塞いだ…。






朝。
あたしは彼の腕の中で目を覚ました。
「おはよ」
彼の唇があたしのおでこに触れる。
「貴志くん、起きてたの…?」
「ううん。さっき起きたばっか」

片肘ついてる、彼の上半身は、裸だった。
裸…。
急に、恥ずかしくなる。

ていうか、あたしも裸だ…!!!

あたしは思わず布団をひっぱって潜ろうとした。
「え。何、亜矢。どーした?」
だって。だって。
「だって裸…っ」
彼がおかしそうに笑うのが聞こえる。
「そりゃ、そうだよ。…亜矢。出てきて」
布団をまくられてしまう。
「やーーっ。やだやだ」
必死に布団を掴んだけど、あっさり引き剥がされてしまった。

自分の身体に、見慣れない跡がついてるのが見えた。
赤い跡が、いくつか。
これって、これって…っ

ますます頭に血が上る。

「あ…」
彼も気がついたみたいで、照れたように笑った。
「ごめんな。…やだった?」

ヤダとか、そうじゃないとか。
そんなんじゃなくって、ただ、恥ずかしい…。

恥ずかしくて、涙ぐんでしまう。

「…俺、昨日から泣かしてばっかりだな…」
彼はすまなそうに言って、あたしの涙を指でぬぐってくれた。

確かに、昨夜から、あたしは泣いてばっかりだ。
でも、夜のは、ただ、痛くて泣いちゃったんだけど。

だけど全然、嫌じゃないよ…。

「やじゃないよ…」
そう言ったら、また、抱きしめられた。
裸の肌があたって、温かい。

「あ〜、ごめん、亜矢。俺、泣かしといて、アレだけどさ。…俺、すっげー、幸せ…」
彼は、感慨深そうに言った。

あは。
なんだか、くすぐったい。
嬉しい。嬉しい。幸せ…?

「うん。あたしも、幸せ…」

すごーく、幸せ…。


あたし達は、顔を見合わせて、笑った。

こんな幸せな気分、はじめてだよ。



Fin.



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