じめての。 〜XXX〜


でも、なんだか物足りない…
もっとあんな風にしてたかったんだけどな…
ダメなのかなぁ…
もっとくっついてたいんだけどな…

あたしが立ち上がらないで居たら、彼はあたしを見下ろして、赤い顔のまま尋ねてくる。
「…亜矢?」
「……」
もうちょっと、貴志くんに抱きしめられたかったな。
もうちょっと、ちょっとだけ…。
あたしは彼を見上げて、何とか伝わらないかな、と言葉を探した。
「……」
だけどどう言っていいのか分からなくって。

彼はあたしの前にしゃがみこんだ。
「亜矢…、どうしたの?」
「…」
あたしは彼のシャツを掴んで引き寄せた。
「…貴志くん…」
シャツの胸に、こつん、と額をぶつける。

もう一回、貴志くんの腕があたしの首に回らないかな…

貴志くんの心臓は、びっくりするくらい早いリズムを刻んでた。
…あたしと同じくらい。

「…亜矢…」
声が少し掠れてる。
「……。…俺、理性持たないよ…?」

どくんっ
心臓が騒ぐ。
そりゃ、あたしだって、そこまで覚悟してた訳じゃない。
ただ、貴志くんの腕の中は、本当に居心地が良くって、離れたくなかったんだもん…
どうしよう。
――でも、離れたくない。

彼の手が伸びて、あたしの頭を抑えた。
仰向けられて、唇が塞がれる。

「…!」
さっきとは違う、激しいキス。
びっくりするほど甘い感触に、背筋がぞくっとした。
「んん…っ」

唇が離れると、彼は目を細めてあたしを見てた。
頭が、ぼーっとする。

貴志くんの手が、あたしの腰を押さえて、片手で肩を押した。
あたしは、ゆっくり、床の上に、倒れる。
心臓が、騒ぐ。

どうしよう。…どうしよう。
…でも、嫌じゃない。

あたしにかぶさるような格好になった貴志くんが、じっとあたしを見てる。

「…た、貴志くん…」

このまま、しちゃうのかな。
ど、どうしよう。
やっぱり、ちょっと、怖い…

「…亜矢…」
貴志くんは掠れた声であたしを呼んで、唇を落としてきた。

もう、何度目だか分からない、キス。

「ごめん、今日はこんなつもりじゃなかったんだけど…」
「う、うん」
彼は顔を真っ赤にして目を逸らした。
「…、や、やっぱ、やめよう」
身体を起こして、あたしの上からどいた。それから、こっちに背を向けた。
「……」
少し、寂しい。
少し、ホッとしてる。
だけど、やっぱり寂しい。……寂しいな。

あ、やだ、涙でそう。

「あのさ、亜矢…」
振り返った彼は、あたしを見て驚いた顔した。
「え!どうした!?…うわ、ごめん。俺、やっぱ、マズかったよな、ごめん!」

…違うのに。

「ううん、違…、何でもないから…」
言いながら、あたしは身体を起こして涙を拭いた。
「ごめんな、怖がらせた?…もうしないから…っ」
彼は慌ててる。

…違うよ。
そうじゃないのに…。
言いたいんだけど、涙が詰まって上手く声が出ない。
あたしは首を横に振った。

「ち、がうよ…」
「?」

「あ、たし、…もうちょっと、ああしてたかった…な、…って」
ぐす、と鼻をすすって、あたしは言った。
…かっこ悪い。

「……亜、矢…?」
彼は目を見開いて、あたしをマジマジと見た。
それから、手を伸ばしてあたしの肩を抱いてくれた。
ぽんぽん、って子供をあやすみたいに、背中を撫でて。

「…あー。ほら、明日も、テストだしさ。俺だってホントはもっと…したいんだけど。」
「……」
「あー、くそっ。なんで俺、こんな理性的なんだ!?」
彼は突然、悔しそうに叫んだ。

…。
なんだか、可愛いね、貴志くん。

あたしはおかしくなって、くすくす笑ってしまった。
「あ、笑うなよなー。」
「…うん。ごめん」
それでも、なかなか笑いが止まらなくって。
しばらく笑ってたら、彼は不機嫌そうな、赤い顔であたしを見てた。

「なぁ、もうすぐ夏休みだよな」
「…うん」
「…そしたら、どっか行かない?」
「どっか?」
「うん。………泊りがけで」

泊りがけ。
…それって、それって…。

「う、うん…っ」
あたしは何回もうなずいた。

彼は嬉しそうに笑う。
「ほんとに?」

「うん!行きたい…っ」
あたしって、あたしって、Hなのかな。
でも、嬉しいんだもん。しょうがない。
そりゃ、不安が無い訳じゃないけど。それよりも、ずっと、嬉しくって。

彼はあたしをぎゅーっと抱きしめた。
「あははっ、よーし、じゃあ、テストが終わったら、どこ行くか決めようっ」
「うんっ」
やっぱり彼の腕の中は心地いい。

もうすぐ、彼と過ごす初めての夏休み。
初めての旅行。

…テストが終わったらだけどね。


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