麗しき公達の誘い 八.
あの恐ろしかった晩から、ひと月余り。
あれから左近の中将と兵部卿の宮は、この屋敷に宿直の者を置いてくれるようになった。また、お端下仕事をする下男下女までつけてくれ、贈られた立派な着物を着て、千夜子は今ではすっかり貴族の姫君らしい姿をしている。
しかし、このままではいけない、と千夜子は思う。
なんの見返りもせず、このままあのお二人の好意に甘えているわけにはいかない。あれから何度か文のやり取りをし、二人とも時折訪ねてきては挨拶などかわしているが、いい加減、どちらか一人に決めて色好い返事をしなければならない、と思うのだ。
「姫様、本当に見違えるようになりましたわねぇ、このお屋敷も」
「由紀」
「良かったわぁ……、それで姫様。結局どうなさいますの?」
由紀はきらきらと目を輝かせている。
「ふふ、姫様の事、実はちょっとした噂になっておりますのよ。都でも評判の貴公子二人の心を射止めた絶世の美女は、一体どちらを選ぶのか……って。そろそろ他の公達連中も騒ぎ始めるんじゃありませんかしら」
ふふふふふ、と楽しげに由紀は笑う。
「そ、そんなぁ……っ」
そんな風に噂されるなど、千夜子は思っても見なかった。しかしそれだけ今のこの状況は、異常なのかもしれない。
「あ、あのね、由紀……。私は……」
あれ以来、左近の中将の事を思うと、ざわめくように胸が高鳴る。あの時、あの怖かった夜に助けてくれた、たくましい美貌の公達。
(すごく男らしくて、格好良かった……)
しかし。
「兵部卿の宮様を、選ぼうと思う……」
「えぇーっ、どうしてですの!? 由紀は絶対に左近の中将様と思ってましたのに……!」
「母上も、その方が良いって言うし……それに」
数日前、左近の中将がやってきて、御簾越しに話をした時の事である。
「俺は、いままで結婚もせず、ずっと一人の人を探していたのです。ずっと、一人の人だけを大切にしたいと……。そして俺は、ようやく、貴女に……貴女にめぐり会えました。どうか、その……俺の事を……受け入れて、頂きたく……」
つっかえつっかえ言う姿は、とても真面目で優しかった。兵部卿の宮のような優美さは無いけれど、その分温かみがあって、千夜子はとても、好きだなぁと思ったのだ。
「あのね、由紀。私が北の方になんかなったら……中将様、出世出来なくなっちゃうもん……。愛人ならまだしも、北の方は、駄目だよ……。出世するには、それ相応の、財産のある家の姫じゃなきゃ……」
「姫様……」
現代は、結婚すれば男の面倒は妻の家が見るのが一般的なのである。妻の家の権勢が、婿の出世を大きく左右するといっても過言では無いのだ。
「中将様は、将来はきっと大臣にだってなる人だから。私なんかじゃ、駄目。それに、中将様、一人の人を大切にしたいんだって。だから……愛人にもなれないし」
千夜子はついに、決心した。
「兵部卿の宮様の、愛人になる……」
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