後宮 四.
東宮の元まで行くと、東宮はこちらを見上げて、じっと問うような視線を向けていた。
「おい、開いたじゃないか、妻戸」
「……え、ああ、はい」
「押し入るなら、今だろ」
「そんな事……。俺は、……振られたんです……」
押し入るなどと乱暴な事、考えも及ばなかった。
「そうか。……じゃあ、もう諦めたんだな」
「はい。……勝負は、兵部卿の宮の……」
勝ちです、と言いかけたとき、突然東宮は茂みから飛び出した。
(……っ!?)
そのまま東宮は姫の居る部屋の前の簀子縁に登り、まだ平伏していた姫の手を引いて立ち上がらせた。
「きゃあっ!?」
「な……なにをなさる……っ!?」
突然の東宮の行動に、思考がついていかない。慌てて駆け寄るが、東宮は中将など目にも入っていないようだった。
「お前、気に入ったぞ」
余りの事に青ざめて震えている姫君を正面から見据え、東宮は言い放った。
「兵部卿の宮にはもったいない、連れて帰る事にする」
「な、な……っ」
東宮はあっという間に姫を抱きかかえると、簀子縁を降りて庭先に停めた馬に向かう。
何事か、と起き出して来た家人が、怪しんで東宮を止めようとしたが、相手は、東宮なのだ。
「お、お前達、手を出すんじゃないっ」
中将は慌てて叫んだ。
この屋敷の家人は皆、左近の中将の顔は見知っている。中将の指示には皆素直に従った。
「東宮っ!? どういう事ですっ!?」
「聞こえなかったか、気に入ったから連れて帰ると言ったんだ」
「そんなっ、強引が過ぎますっ」
「うるさい」
東宮は姫を無理やりに馬に乗せようとした。
「い、嫌……っ、誰なの……っ!? 中将様、助けて……っ」
「中将、手伝え!」
姫の悲痛な叫びと、東宮の命令する、声。
中将には手も足も出せず、ただ成り行きを見守る事しか出来なかった。
しかし東宮にも暴れる姫を馬に乗せるのは相当な難儀で、上手く行きそうに無い。苛立った東宮はついに叫んだ。
「中将っ!」
東宮の目は笑ってはいない。据わった瞳で、命令を下した。
「俺に逆らうな。……手伝うんだ」
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