麗しき公達の誘い 一.


「……世の中は かくこそありけれ 吹く風の 目に見ぬ人も 恋しかりけり……

(浮世とはこんなものなのだろう、吹く風のように、まだこの目に見ぬ人をも、恋しく想ってしまう……)」

 内裏の一角、白い月光が差し込む中、頬を白く照らされて、鼻梁の落とす影も美しい、際立った美貌の公達が一人、佇んで歌を詠んでいた。
 それはなんとも艶めいた、美しい光景だ。

「はは、また新しい恋をお探しですか、兵部卿(ひょうぶきょう)の宮」

 公達が振り向く。

「……やあ、左近(さこん)の中将」

 左近の中将と呼ばれた公達もまた、大柄ではあるが精悍な面立ちの、整った美丈夫である。

「貴方はもう充分に、目に見える恋人をお持ちでしょう、宮」

「やあ、まずい歌を聴かれてしまいましたね。中将にはうかつな事は言えませんから……宿直(とのい:宮中の宿直)ですか、今夜は」

「そうやって、はぐらかす。宮、あんまり姉上を困らせないで下さいよ」

 兵部卿の宮は苦笑いした。この兵部卿の宮は、都中に知られる名うての好色家で、その北の方(正妻)は、左近の中将の姉姫なのだ。

「父上も嘆いてますよ、宮が全然家に寄り付かないって」

「ははは、そんな事はありませんよ。あなたの姉上に適う女人など、都中探してもそうそう居るものではありません。私は本当に幸運な男なのですから」

 左近の中将の父は右大臣。その娘である姉姫は、世に聞こえる才媛の美女であった。

「だったらもうちょっと家にも来て下さい、宮」

「……そういう貴方の事も、右大臣殿はそれは心配しておられましたよ、中将殿」

「う。そ、それは、また別の話でしょう……」

 左近の中将は今年で十七になる。普通、貴族は十代の半ばにはほとんど結婚しているものなのだが、未だ中将は独身を貫いているのだった。右大臣は通う姫は無いのかと、しきりに息子の中将の事を心配している。実際、中将には通う姫はひとりも居なかった。

「女人には、とにかく会ってみなければ何も分かりませんよ、中将殿。『目に見ぬ人』を追い求める純粋なお気持ちは、尊く思いますがね……」

「目に見ぬ……って、お、俺は、会った事も話もした事も無い女人に、文を送ったりするのは気が進まない性質なだけでして……」

「でも、心の中にはお有りでしょう、追い求める理想の女人像が。だから、そうでない女人に会うのは、気が進まない」

「……」

「でもね、とにかく会って見なければ理想の女人かどうかも分からないのです。会ってみれば、それが運命の人かもしれないのですよ」

「……そ、そうやって、貴方は運命の人に会うまで遊び続けるおつもりなんですか?」

 兵部卿の宮はふっと、余裕の笑みを浮かべた。

「いいえ。私の運命の女人は、貴方の姉上ですとも。でもね、それは別として、恋とは、良いものです」

 左近の中将には兵部卿の宮の理屈が全く分からない。……正直、馬鹿馬鹿しいとさえ、思ってしまう。

「お、俺は……いつか、その……。一人の人を、大切にしたいなぁと、思ってはいますけどね……。そ、そのうちに……」

「気の長い事ですね」

 そう言うと、兵部卿の宮はふっと含んだ笑いを見せた。

「実は、明日にでも……忍んで行こうと思う姫が居るのですが」

「はぁ」

「まだ、文も送っていないのです」

「えっ、……そ、それは、少々ぶしつけなのでは……」

 普通、女人の家を訪ねるからには、何度か文のやり取りを交わして、程よい頃に色好い返事を貰ってから、訪ねていくものなのである。

「ええ、ですからね、ちょっと垣間見するだけです。なにしろ……」

 そこで兵部卿の宮は手にした杓(しゃく)をすっと口元にあて、中将に流し目のような視線をおくった。
 中将は思わずぎくりとした。嫌な予感がする。

「今までの姫とは少し、違うようですから。今度の姫は」

「はぁ……」

「ご一緒に、いかがですか? 中将殿」

 そう言って兵部卿の宮は、見るもの全てを虜にすると評判の、鮮やかな微笑を浮かべたのだった。


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