麗しき公達の誘い 二.


「由紀殿……。本当にこちらのお邸で……間違いは、ないのですね?」

「はは、はいっ」

「……」

 半ば、無理やりだった。
 昨夜宮中で誘われたとおり、左近の中将は兵部卿の宮に連れられて、京の外れは七条の、ボロ屋敷にやって来ていた。
 門は崩れ、庭は草木で荒れ放題。おそらく中も酷いものだろう。こんなところに、麗しい女人が住まって居るだなどと……とても信じられない。

(阿呆らしい……)

 左近の中将は呆れていた。いくら色好みで有名な兵部卿の宮でも、ここまで酷い家に住む女人を相手にしようとは……。
 案内人として一緒にやってきたこの由紀という女房に縁の宮姫だとかで、それはそれは美しく心栄えの清い姫君だと、聞いていた。ただ『少し』零落の身ゆえ、行き届かないところもあると、聞いてはいたのだが……。

「それでは由紀殿、手はず通りお願いしますよ」

 兵部卿の宮は涼しい顔をして女房に指示を出す。

「はいっ」

 酷く緊張した様子の女房・由紀は、兵部卿の宮が用意して乗ってきた牛車を滑り降りるようにして外へ出ると、慣れた様子で草を踏み分け、屋敷の奥へ向かって行った。

「兵部卿の宮……。本当に行かれるのですか、こんな……」

 仮にも宮家だという屋敷の主に遠慮して言葉を濁したが、兵部卿の宮にも通じただろう。しかし。

「当然です。……美しい花こそ荊に囲まれているものです。ささ、行きますよ、中将」

 さっさと牛車を降りる兵部卿の宮は生き生きと楽しげな表情をしている。

(全く……)

 しぶしぶ兵部卿の宮について、身を隠す努力の必要もほとんどなく、草の合間に立って待っていると、程なくして簀子縁に由紀の姿が見えた。

「さ、姫様……」

「……」

 何を言っているのか良く聞き取れないが、打ち合わせどおりなら簀子縁に程近い庇まで出てきて、琴を弾いてくれるはずである。

「もう、いいわよ琴なんて。お腹が空くだけだわ、そんなことより今日は月が綺麗ねぇ……」

 そんな、あっけらかんとした声のあと。なんと、姫君と思われる人物が堂々と簀子縁まで出てきた。

「ひ、姫様っ!?」

 由紀の悲鳴と同時に、慌てて中将は身をかがめて姿を隠す。隣に並んでいた兵部卿の宮も同じように身をかがめていた。
 いくらなんでも、姫君が突然簀子縁に立つなど、ありえない事と思っていた。
 普通、姫君は決して表には出ず、幾重にも重ねられた御簾(みす:すだれ)や几帳の奥に隠れて暮らしているもので、端近へ寄ることさえ無いものなのだ。

(なんなんだ、あの姫、……は……)

 しかしそこで中将の思考は一時停止した。

 青い月明かりに映し出される、白く小さな輪郭。大きく輝きを放つ瞳に、桃の花びらを乗せたような唇。豊かに流れるぬばたまの髪。

(天、女……?)

 それは、まさに夢に見たような、絵物語の天女のように、中将の目には映った。

「……っ」

 言葉も出ず、ただごくりと息を呑む。
 いままでに見た数多くの女たち、後宮で目にした多くの女房、高級女官にも、このような人は居なかった。

 その時。

(え……っ)

 兵部卿の宮がすっと立ち上がり、なんと簀子縁のほうへ向かって歩き始めた。


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