夢かうつつか 八.
兵部卿の宮の訪れがあったのは、母が亡くなって荼毘(だび:火葬)に伏され、三日も過ぎた頃だった。
御簾越しに見る墨染めを纏った兵部卿の宮は、それでも艶やかに千夜子の目に映った。
「姫……。参るのが遅くなって申し訳ございません。このたびの事……お悔やみ申しあげます」
さすがに、いつもの優美な笑みとは違い、神妙な顔をしている。
「いえ……。お気遣いを……ありがとうございます……」
「このところ立て込んでおりまして、満足なお世話も出来ず……不自由はありませんでしたか?」
「いえ……」
すると、御簾の内、隣室に控えていた左近の中将がついと姿を現して御簾の前に出た。
「俺がお世話をしていました」
「! 左近の中将……。貴方が。何食わぬ顔で参内しておられたようですが……こちらへは、頻繁に……?」
「このところはずっと、このお屋敷から参内しています」
中将はあの晩以来、ひどく千夜子を心配して、毎日宿直してくれている。決して千夜子の寝所に入ることは無かったが、毎夜、笛を吹いて慰めてくれていた。
「……なるほど」
兵部卿の宮は杓を口元にあて、あの優美な笑みを浮かべた。
「……姫君。貴女もこのお屋敷での一人住まいはさぞ心細い事でしょう。今日は、姫を私の邸へお迎えするつもりで参じたのですが……。……中将殿には、ご異存は?」
「何ですって!? そんなもの……異存が無い訳が無いでしょう」
中将が気色ばむと、兵部卿の宮はくすくすと肩を揺らして笑った。
「……でしょうね。これは、出遅れた私が悪かった……。……姫君はいかがです?」
千夜子は目を伏せて、息を漏らした。
「……今はまだ……この場所を離れる気には、なれません。宮様には、お世話になっていたのに、申し訳ないのですけど……」
もっともだというように宮はうなずいた。
「左近の中将が居られるなら、それほどの心配は要らなかったようですね。……私としては少し複雑ですが……姫君がご無事であれば、良かった。東宮もそれは心配しておられましたので」
「! ……東宮、が……?」
突然出された東宮という言葉に、千夜子の胸が動悸を刻む。
「ええ。……母君のご不幸をお伝えしたのは昨夜の事ですが、それは心配しておられるご様子でした。東宮は……本当に貴女を特別に想っていらっしゃる」
「……」
ざわざわと落ち着かない胸を抑えて、千夜子はうつむいた。……もう二度と、会うことの無い人だ。
「そうそう」
兵部卿の宮は懐に手を差し入れて、薄紫の料紙を取り出した。
「七条殿への、御文です」
御簾の下から差し込まれて、首をかしげつつ、受け取る。
「え……っ」と声を上げ、左近の中将は顔色を変えてその文を凝視した。兵部卿の宮に文使いを頼むなど、只人に出来ることではないのだ。
開いて、千夜子は目を見張った。
それは、東宮からの文だった――。
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