夢かうつつか 十一.


 楓の葉がひらひらと舞い落ちるのを眺めながら、千夜子はぼんやりと脇息にもたれていた。

(今日も中将様、来るのかな……)

 考えると気が重く、ため息がもれる。
 始め、その訪れは、たしかに慰めとなっていたはずなのに、今ではただ千夜子を悩ませるばかりとなっていた。
 もう世間では、左近の中将がようやく意中の姫を見つけて通っていると、噂になっている頃だろう。兵部卿の宮も今ではすっかり遠慮してしまい、この家の事はほとんど左近の中将に取り仕切られていると言って良かった。

(母上……)

 何より血筋を大切に誇りとしていた母が居ればこそ、この家を守ろうと思い、生きるために結婚もしようと考えた。
 しかしその母も亡くなってしまった今、この宮家があったことなど、世間の誰も覚えてはいないだろう。
 母の遺志に背くのは心苦しくはあるけれど。

(もう、こんなお屋敷なんて捨てて、逃げちゃおうか……)

 それは何度も考えたことだ。
 いままでだって、お端下仕事も何もかも、全て一人でやってきたのだ。たとえこの屋敷を捨てても、千夜子はきっと一人で生きていける。何処かの貴族のお邸に下働きとしてでも雇ってもらうか、都を下ってどこかの農村ででも働かせてもらうか……。物売りでもなんでもする、たった一人の食い扶持を稼ぎ、働いて暮らせれば。

(でも、なんでだろう……)

 ここのところ、千夜子はひどく、身体が重い。食事も思うように喉を通らず、ぼんやりとする事が多かった。
 そうして気が付くとつい、東宮から貰った文を眺めている。

『側に、居てほしい』と、そう書かれている。

(東宮……)

 側に……居てほしい。
 もう割り切ったはずなのに、どうしてもひどく懐かしい。あの後宮に戻ることなど、それこそ考えただけで恐ろしいというのに……東宮の顔だけは、ひどく懐かしく思い浮かぶのだ。
 あの晩の東宮の熱情は、思い出すたび今も、千夜子の身体を熱く火照らせる。

 あの晩……あれは夢の中の出来事。

 考えても仕方がないと、分かっていることなのに。

(会いたいよ……)

 どうして今頃になって思い知るのだろう。千夜子の心は東宮に、奪われていたという事に……。


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