君恋ふる 五.
千夜子の行方はようとして知れず、既に三日が過ぎようとしていた。東宮はほとんど眠ることも出来ず、食事もまともに喉を通らない。
日々いらいらと過ごし、縁談話を持ちかけようとする右大臣などには、話しかけることすら許さず拒絶していた。
その晩も、東宮は眠れずに簀子縁に立って外を眺めていた。
(千夜子……!)
いまごろ、一体どこでどうしているのか。
七条の屋敷に時々世話しに行っているという、由紀という女房から、千夜子は尼か町人にでもなりたいと言っていた、と聞いた。
(畜生、そんな事させてたまるか……っ!)
もう東宮には千夜子を手元に置きたいという思いしかない。
千夜子の幸せを思えばこそ、側に、後宮に置くのは止めようと……左近の中将ほどの誠実な男に任せるのなら、と一度は身を引こうとも考えた。
しかし。
千夜子はその名を、東宮に預けたのだ。……東宮、だけに。
柄にもなく、身を引こうなどと殊勝なことを考えたのが、そもそもの間違いだった。
後宮へおけば、どんな苦労をさせるか分からない。それでもいい。それでもどうしても……どんな苦労をさせてでも、側に置きたい。ひどい我侭だとは、思う。しかしもともと自分は我侭なのだ。後の事など考えられない。顔が見たい。側に居たい。ただ、触れたい。もう一度。……触れたい。
思いはもう、止めようもない。
(女御にする……っ)
もう、決めた。どうあっても千夜子を女御にするのだ。
とうとうその夜、東宮は内裏を飛び出した。いつものように朝までに帰る忍び歩きのつもりは無い。
どうあっても千夜子を連れて帰ると、覚悟を決めての出奔だった。
<もどる|もくじ|すすむ>