あやめも知らず 十.


「お前ら……っ、何してるんだ! 中将、何でお前がここに居る!」

 簀子縁を飛び降りるようにして二人に近づき、東宮は千夜子の肩をつかんで引き寄せた。

 左近の中将は、すっと片膝をつき、頭を下げた。

「今上のご命令により、屋敷の警護にあたっておりました」

「警護……? こいつと何してたんだよっ」

 掴まれた肩に指が食い込み、千夜子は痛みに思わず眉をひそめた。中将とは違う、熱い手のひら。

「ち……七条、お前この格好は何だよっ! 何処へ行く気だった!?」

「わ、私は……」

 東宮の剣幕に気圧されて、口ごもる。
 左近の中将が立ち上がって、千夜子の肩を掴んだ東宮の腕に、手を掛けた。

「東宮。……東宮は、一度は姫君の御身を私に預けて下さったではないですか」

「何……!?」

「姫君のお幸せを考えて、そうされたのでは無かったのですか……?」

 東宮はきっと鋭く左近の中将を睨むと、掴まれた腕を振り払った。

「ああ、一度はお前に預けようと思った。だけどそれは、こいつが俺を嫌っていると思ったからだ。こいつはな、この俺の事が好きなんだ。だからお前には渡さない」

 堂々と言い放ち、東宮は千夜子の腰に腕を回して抱き寄せる。あまりに率直な物言いに、千夜子はかっと頬を染め、非難の声をあげた。

「と、東宮……っ」

「違うかっ?」

「……」

 何も言えず、千夜子は口を閉ざした。
 左近の中将は非難するように東宮を見た。

「では、東宮は姫君のお幸せをお考えにはならないのですか」

「幸せ? 一緒に居るのが幸せだっ、俺はこいつを女御に」

 言い終わらないうちに、左近の中将が遮る。

「女御にされて、それでどうやって姫君を守るおつもりですっ」

「それは俺が四六時中側にいて……っ」

「そんな事が可能だと、まさか本気で思っていらっしゃるのですかっ。東宮のお立場と、姫君のお立場を考えれば、お二人の恋が不幸な結果を生むことは、目に見えているでしょう!?」

「……っ」

「姫君のお苦しみが分からないのですかっ!?」

 思いがけない中将の言葉に、東宮は怯んだようだった。痛いところを突かれている。

「……恐れながら、東宮に姫君をお幸せにできるとは思えません」

「お前……っ」

 東宮は青ざめた顔で中将を見る。千夜子の腰に回された腕は、ぷるぷると震えていた。

「よくこの俺にそんな口がきけたな……っ」

 恐ろしく低い声でそう言うと、東宮は怒鳴った。

「警護はいいっ、帰れっ! 二度と俺に顔を見せるなっ!」

「……」

 左近の中将は怯んだ様子も無く東宮を見据え、やがて膝を突いて一礼すると、踵を返して門の向こうに消えていった。

「……くそっ」

 東宮は千夜子を抱き寄せたまま、いつまでも左近の中将の出て行った門を睨んでいた。

「……ちくしょうっ」

 もう片方の腕も千夜子の頭を掻き抱いて、痛いほどに抱きしめられる。
 東宮の熱い身体は、小刻みに震えていた。


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