麗しき公達の誘い 六.
どすどすと簀子縁を踏み鳴らして、受領がやって来た。あまりどすどす歩かれると床が抜けそうだから止めて頂きたいのだが。
とにかく由紀と母は次の間に隠れ、几帳を立てて千夜子は受領を迎えた。
「どういうことかね、お姫ぃさんや。外がなにやら綺麗になっておるじゃないか、誰か雇って片付けさせたのかねっ?」
「あ、あぁ……その、それは……」
実は昼過ぎにまた左近の中将のお使い、という者が数人やってきて、庭の手入れをして行ってくれたのだ。
「それは、左近の中将様のお指図ですわ!」
ぎょっと振り返ると、由紀が次の間から出て来ていた。
「え、あ、あんたは……」
由紀は優美なしぐさで端座すると、うやうやしく頭を下げた。……さすが、宮中に勤めているだけの事はある。
「私は、普段は宮中にお勤めしている女房にございます。縁あってこちらのお屋敷にもこうして時折お仕えさせて頂いておりますの」
「う、んん……? 左近の中将っていうのは……」
「はい。私、こちらの姫君様との縁を取り持つようにと、左近の中将様に頼まれましたの」
「な、何じゃと……!?」
(……えっ!)
そんな話は聞いていない。おそらく由紀の作り話だろうが、受領には相当の効果があったようだ。顔が真っ青になっている。
「ささ、左近の中将殿と言えば、右大臣様の……。そんな、まさか」
しかし事実、庭の手入れはされているし、それは左近の中将の指図によるものだ。
「お姫ぃさん……」
受領は見る間にしおれたカエルのようになって、小さな目を潤ませ、千夜子の方を見た。
「わしゃ、あんたの面倒を見るのを生きがいに、残りの人生を歩もうと思とったんじゃがなぁ……」
「まぁ……」
胸に迫るものがある。そりゃあ、醜い老人だとは思っていたけれど、こんなにこの身の上を心配してくれていたのに、と思うと、なんだか可哀相になってくる。
「こんな事になっては……。わしゃ、身を引くしかなさそうじゃのう……」
一気にしょんぼりとしてしまった受領は、背中を丸めて帰って行った。
もう今後、あの受領が訪ねて来ることはないだろう。
「ああ、これでせいせいしましたわね! 姫様」
由紀は上機嫌だ。
「う、うん……」
なんだか少し、後ろめたくもあるのだが。
「由紀殿。受領の事は感謝いたしますが、やはり千夜子は左近の中将殿でなく、兵部卿の宮様に……」
「ああもう、母上!」
しつこく言い募ろうとする母に、なぜだか急にいらだって、千夜子は声を荒げてしまった。
「……少し、一人にしてください。私も、いろいろと考えたいのです。自分の事ですもの……」
由紀も母も驚いたようだが、素直に場を退いて、一人にしてくれた。
「はぁ……。私、どうしたらいいのかなぁ……」
やっと一人になり、ぼんやりと物思いにふける。
しかしこの夜、とんでもない事態が起ころうとは、千夜子は予想もしていなかったのである……。
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