ドラクエ2 〜祈りの指輪〜


プリンは声を殺して静かに泣いた。いつまでも、いつまでも。
小さな嗚咽も、川のせせらぎにかき消され、すっかり暗くなったその場所には、まるで誰もいないかのようだった。

「――プリン、やっと、見つけた…!」
ぴくりとプリンの肩が揺れる。
クッキーは、ゆっくりとプリンに近づいて、その隣にしゃがみこんだ。
「こんなとこに、一人じゃ、危ないよ」
ムーンペタの街を流れる川のほとり。あと少し歩くと、街から出てしまうような場所に、プリンはいた。
「……」
「ね、宿に戻ろう?」
「……っ、でも…」
あまりに長く泣いていたので、上手く声がでない。
「カカオの言ったことなんて、気にしなくっていいよ!もうっ、あいつってば!」
いつも温厚なクッキーにしては珍しく、ひどく怒っている様子だった。
「…っと、ごめん。…とにかく、今日はもう、暗いし。宿へ帰ろ。ね」
クッキーはいつものように、にこっとプリンに笑いかけた。
「……ごめん、ね。心配、かけて。……でも、もう少し、ここに居たいの。…あとで必ず、帰るから。クッキーは、先に、帰ってて……」
プリンは涙声で、途切れ途切れに言った。
クッキーは、困ったなぁ…、とつぶやいて、頭をかいた。
そして、自分もその場に座り込んだ。
「じゃ、ぼくもここにいるよ。」
プリンは驚いてクッキーを見つめた。
「ぼくがいることは、気にしなくて良いから。…気が済むまで、ここにいると良いよ。ね?」
クッキーはいつもの口調でそう言うと、ごろんっとそのまま後ろに寝転がった。
「……クッキー…」

――やさしいのね。

プリンは、それまで止む事を忘れたかのように零れ続けていた涙が、ゆっくりと退いていくのを感じた。

◆◇◆◇◆

それは、その日の朝早く。
3人が宿の一室に集まり、これからの旅の行き先を決めるべく、世界地図を広げている時のことだった。
カカオは、テーブルの上の地図を指でたどりながら、ムーンペタから南下して、ムーンブルクを横切り、さらにはるか北西にある『ドラゴンの角』を目指すルートを提示した。

「ま、これが妥当な線だろ! これで行くぜっ!? いいよな!?」
「……うん。いいんじゃないかな」
クッキーはこくりとうなずき、賛同した。

プリンは突然がたんっと音を立てて立ちあがった。
「おっ!?なんだよ、プリン」
カカオが驚いてプリンを見上げる。
「……いや」
「は?」
「そのルートは、通りたくないの」
「はぁ!? …なんだよっ!! このルートのどこに問題があるってんだよっ!」
「…嫌なのっ…!」
「ま、まぁまぁっ」
嫌な雰囲気を素早く察知して、クッキーが慌てて割って入った。
「プリン、何か、考えがあるんでしょう? …ね、カカオも。他にいいルートがあるのかもしれないし…」
「んだよっ。他にいいルートなんてねぇよっ! 見りゃ分かんだろ!!」
カカオはむきになって決め付けた。

「……とにかく。嫌なの」
口調は静かだが力のこもった声でプリンが言う。
「…ただのわがままなんだよっ。これだからおーじょさまはよぉっ! 少しはクッキーを見習えよっ!」
カカオは自分のことを完璧に棚上げして言った。
「ちょ、ちょっと、カカオ…」
クッキーは、カカオをなだめながらも、不思議そうにプリンをちらりと見やった。
「……」
プリンは口をつぐんだまま。しばし沈黙が流れた。

「だぁ〜っ!! じゃー、もう、お前、来んな! 来なくていいよっ! …帰れっ!!」
「……っ!」
プリンははっとして目を見開いた。
(あっ…ばか)
(…しまった)
失言だった。プリンには、『帰る』場所など、どこにも無いのだ。
「…分かったわ…! さようならっ」
プリンは小さく叫び、バタンッと勢い良く扉を開けて出ていってしまった。
「あ、ちょ、ちょっと、プリンッ…!」
クッキーは慌てて追いかけたが、プリンは思いのほか足が速く、すぐに見失ってしまった。
カカオも追いかけようとしたのだが、自分で自分の言葉にショックを受けて、出遅れてしまった……。

◆◇◆◇◆

「はぁ〜、どこへいっちゃったんだよぅ〜、プリン…」
太陽が真南に差し掛かった頃。クッキーはムーンペタの街をほぼ一周して、やっと足を止め、ため息をついた。
…と、どこからか、
――からん、から〜ん
と鐘を鳴らすような音が聞こえた。
(…なんだろ?)
クッキーは音のした方へ行ってみた。そこには福引所があった。

「――おめでとうございます!5等、『薬草』があたりました〜!」
「だぁぁっ…!!! なんだよ、薬草って!! そんなもんいらねぇよっ! だったら券よこせ! 『福引券』!!」
聞き覚えのある声だった。
クッキーはまさかと思いながらも、扉を開け中をのぞいてみると…、そこには係員にくってかかるカカオの姿があった。
「…薬草がいくらか知ってんのかよ! 福引券の売値のほうが高いじゃねぇか! これ返すから、もう一回やらせろよ!」
「いえ、でも、決まりですから〜。はい。」
係員は困り果てているようだ。
「だいたい、さっきまでは何回やっても揃わなかったじゃねぇかっ! この機械、ほんとに1等とか、出すんだろなっ!」
カカオはスロットマシンを蹴飛ばした。
「ああ、お止め下さい! そ、揃う揃わないは、お客様の運次第でして…」
「…俺を誰だと思ってんだ!?ローレシアの……」

――ばたん。
クッキーは扉を閉めると何も見なかったことにしてその場を立ち去った。

◆◇◆◇◆

がさ、がさっ…。
プリンは背後の草むらの揺れる気配を感じてはっとした。もう辺りは真っ暗で、人が出歩く時間ではない。

――まさか、モンスター?

思わず隣で眠ってしまったクッキーを起こそうとしたとき。
「…まだここにいたのか。…なんだ、クッキーもいるのかよ」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……カカオ…」
カカオはプリンの傍へやってきた。
プリンはうつむいて、
「……ごめんなさい…」
とつぶやいた。
「な、なんで、お前があやまんだよっ。――ひでぇ事言っちまったのは、俺の方で…。その、…悪かったよっ」
カカオは慌てて言ったが、プリンは首を横に振った。
「ううん、最初にわがまま言ったのは、わたしのほうだもの…」
「……いや、でも、」
「――あのね」
プリンはカカオの言葉を遮った。
「ムーンブルクのこと、思い出しちゃって…」
「…ああ…」

カカオは、クッキーよりも先にプリンを見つけていた。直ぐに近づこうとしたのだが、『お父様…』とつぶやきながら泣いているプリンをみて、近づけなかったのだ。
何も考えずにムーンブルクを横切ろうなど言った自分が、ひどく無神経で最低な気がした。
カカオは一度、廃墟と化したムーンブルクの無残な姿を見ている。プリンにその姿を見せるのは、残酷な仕打ちに違いなかった。

「悪かったよ…」
カカオは心からプリンに詫びた。
「いいのよ。それに、やっぱり、……あのルートを通るしか、無いと思うの」
プリンはカカオに微笑んで見せた。が、まぶたの腫れ上がったその笑顔はひどく痛々しく感じられた。
「これ…。おまえに、やるよ」
カカオは何かをプリンに投げてよこした。
「…え?」
それは、青紫色に鈍く光る石が埋め込まれた、細い指輪だった。
「『祈りの指輪』っていうらしいぜ。…お前の祈りが、ムーンブルクの人たちに、届くように、と思ってよ…」
「え?『祈りの指輪』って…!」
プリンはそれがどんな代物か知っていた。
「こんなことしか、できなくて悪りぃんだけど、よ…、詫びのしるしだ」
…が、カカオはどうも分かっていない様子だ。ただ、名前に惹かれたのだろう。
プリンはカカオを見上げ、その顔をまじまじと見つめた。
「…な、なんだよ、別に、盗んだんじゃねぇからな」
「……ううん。ありがとう…」
プリンはまた微笑んだ。さっきと同じはずの、泣きはらしたその笑顔が、今度は何故か、ひどく美しく見えて。
カカオは思わずどきりとした。
その時。

「――うぅ〜ん、仲良く、仲良くしよぉよぉ〜っ」

クッキーが突然しゃべりだした。
「…な、なんだ、寝言か!?」
カカオが驚いてクッキーの顔をのぞきこむと、クッキーは眉間にしわを寄せたまま眠っていた。
「…ストレスかしら」
プリンがぼそっとつぶやき、
「ふふふ、わたし達、クッキーに悪いこと、しちゃってるのね」
と言って笑った。

「おい! 起きろ、クッキー!! 行くぞ!!」
クッキーはカカオの怒鳴り声で飛び起きた。



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