ドラクエ2 〜風のとんま〜


天に向かってそびえたつ、2本の塔。通称、ドラゴンの角。
カカオ一行は、ようやくこの塔に辿り着いた。
「と、遠かった…」
カカオはボロボロの身体を引きずり、ため息混じりにつぶやいた。
ムーンペタの街を出てからここまで、2週間ほどかかったのだが、その間、体力を回復するような場所はひとつも無かったのだ。

『――べホイミッ』
プリンがカカオに回復の呪文をかけた。
ピンク色のやさしい光がカカオを包み込み、体力を回復していく。
「ふぅっ。サンキュー」
「ふふっ。ここを超えれば、ルプガナの街があるのよね。がんばりましょう」
プリンがにっこりと微笑んだ。
「おうっ!」
身体が軽くなったカカオは元気に答えた。
そして、ふとクッキーに目をやった。
「……」
「…どうした? クッキー」
クッキーは真っ青な顔をしていた。
「……う。ううん。何でも無いよ〜」
いつにも増して口調に力が入っていない。
「…なんだよっ。大丈夫か? 具合でも悪いのかよ」
「本当。顔が真っ青よ」
プリンも心配そうな顔でクッキーの顔を覗きこんだ。
「おい、プリン、こいつにもべホイミかけてやってくれよ」
「そうね」
プリンがクッキーに杖をかざす。
「う、ううん! 大丈夫。本当に、何でも無いんだよ。き、気にしないで〜…」
クッキーは慌てて両手を振った。
「え? でも…」
プリンは心配そうに首をかしげた。
「本当に大丈夫なんだろうなっ!? おまえ、弱いんだからヤバい時はさっさと言えよ!?」
「(が〜ん)……う、うん…。」
大ショックを受けたクッキーだったが、カカオは全く気づかなかった。
プリンは気の毒そうにクッキーを見つめ、慰めようとしたのだが、上手い言葉を見つけられなかったようだ。
「クッキー。……あの、具合が悪いときは、いつでも、言ってね…?」

◆◇◆◇◆

塔の中はらせん階段になっていた。
階段は壁づたいに塔をぐるぐると廻っていて、塔の真ん中は吹き抜けになっている。
「ふうん。上まで、結構あるんだな」
塔は6階建てくらいの高さだった。
「そうね。モンスターもいるのかしら。戦闘になったら、落ちないように気をつけないといけないわね」
「……!」
クッキーの顔はいよいよ真っ青になっていた。
「おい! …大丈夫か!? しっかりしろよ!?」
「うううう、うん…」

一行が、ちょうど塔の中間あたりに差し掛かったとき。
『お化けねずみ』の群れが現れた。
すかさずプリンが呪文を唱える。
『――バギッ』
何体かのお化けねずみが崩れ落ち、生き残ったお化けねずみをカカオが剣で切り裂いた。
――が、1匹残ってしまった。
お化けねずみは仲間を呼ぶので、さっさとケリを着けなければならない。
「おい、クッキー!!」
カカオがクッキーを振りかえった。
クッキーは。
壁にへばりついて震えていた。カカオの声で我に帰ると、
「――ギ、ギ、ギラッ」
と力無く叫んだ。
しかし呪文は失敗したのか、何も起こらなかった。
「何やってんだよ!?」
カカオが怒鳴る。
…と、プリンが最後のお化けねずみを杖で殴ってトドメをさした。

「ねぇ、クッキー、お化けねずみが苦手なの?」
プリンがたずねると、クッキーは首を横に振った。
「ふざけんなっ! 大体てめーはいつもいつも気合いが足りねーんだよっ!!」
カカオがつかつかとやって来て、クッキーの胸倉を掴んだ。
「わわわわっ」
クッキーは可哀相なくらいに震えている。
「お止めなさいよ」
言いながら、プリンは杖でカカオの後頭部を殴った。
「…ってぇっ!!」
カカオは掴んでいた手を離し、頭を抱えてうずくまった。
プリンはクッキーを見つめ、ため息をついた。
「…どうしちゃったの?」
「……じ、実は…。ぼく、…た、高いところが、ダメなんだよ〜…」
クッキーはとうとう白状した。

◆◇◆◇◆

最上階。
2人がクッキーを庇いながら、なんとかここまで辿りつくことが出来た。
地上6階の高さは眺めが良く、足元には海峡の流れが、遠くにはルプガナの街が霞んで見えた。
「気持ち良いわね、カカオ」
「…そうだな」
カカオは不機嫌そうに答えた。まだ殴られたことを根に持っているらしい。
「ね、クッキー、ほら。……大丈夫よ。景色、きれいよ」
「……」
クッキーは景色どころではなかった。
なにしろ、これから、飛び降りなければならないのだから……。
「…『風のマント』あるし。ふふっ。わたし、一度空を飛んでみたかったの。…ここまで来ちゃったら、逃げられないわよ。クッキー」
プリンは上機嫌だ。
「さっさと行くぜ!?」
カカオは『風のマント』を装備して、屋上の淵まで行くと、振り返って2人を呼んだ。
「ええ。…ほら、クッキー」
プリンはそう言ってクッキーの手をひいた。
「うううううううううう」
クッキーは顔面蒼白になりながら、プリンに引っ張られて屋上の淵まで行った。

(も、もうダメだ〜)
クッキーはまともに真下を見てしまい、くらくらと眩暈を起こし、そのままへなへなと腰を抜かして座り込んだ。
「……いいかげんにしろよ!? 置いてくぞ!?」
しかしクッキーは座り込んだまま立ちあがれない。
「おいプリン、…もう置いて行こうぜ!」
とうとうカカオがキレた。
「ほら、これやるからサマルトリアへ帰れよっ!」
そう言って『キメラの翼』を取り出しクッキーに投げつける。
「……そんな、ひどい…」
クッキーは今にも泣き出しそうな顔で、どこかで聞いたようなセリフを口にした。
「ちょっとカカオ。わたし、あなたと2人で行くなんて嫌よ」
プリンがカカオを睨む。
そしてクッキーの前にしゃがみこみ、その目をじっと見つめてこう言った。
「…わたし、クッキーが居なくちゃ、旅なんて出来ないわ」
「「……えっ…」」
クッキーとカカオは異口同音につぶやいた。
プリンは両手でクッキーの手を取り、胸の前で握り締めた。
「ね、お願い。クッキー。勇気を出して…」
哀願するようにクッキーを見つめるプリンは、恐ろしいほど美しかった。
「……」

少し、間があって。クッキーはすっくと立ちあがった。まだその足は震えているようだが。
「……ぼ、ぼ、ぼく、がんばる」
そう言って、無理に笑顔を作って見せた。
「うふふっ」
プリンも満足そうに微笑み立ちあがった。
一人おもしろくなさそうなのは、カカオである。
(…なんだってんだ!? 2人で世界作りやがって…!!! …ちっくしょぉぉっ!!)
「おらっ! 行くならさっさと行くぞ!!!」
カカオは強引に2人の手を取って、勢い良く床を蹴った。

――ひゅぅぅぅんん

「うわぁぁぁぁぁっぁぁ!!!」
「きゃぁっ…あははっ」
マントの魔力により、3人はむささびの様に風に乗った。
(……)
カカオは不敵に笑った。今、主導権を握っているのはマントを身につけている自分である。
「…おらぁっっ」
カカオが叫ぶと、3人はぐるぐると回転した。
「きゃあっ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「あっはっはっはっはっ」
カカオは満足そうに笑った。

「ちょっと、カカオ、下見て!下!」
不意にプリンが叫んだ。
「あ!?」
地面が目前に迫っていた。
プリンは直前でカカオの手を振り解き、すたんっと一人、着地した。
カカオもなんとか体制を立て直し、片膝をついて着地したのだが――。
――どかぁっ!!
気を失ったクッキーが、その背中に頭から直撃した。
会心の一撃であった……。



<もどる|もくじ|すすむ>