ドラクエ2 〜プリンの指輪〜


「見て! 船が見えるわ…っ」
港町ルプガナ。
プリンは潮の薫りのする風を、正面から受け止め、気持ちよさそうに軽く目を閉じ深呼吸した。
桃色の長い髪がふわりとなびいて、その美しさを際だたせる。
数人の通行人が振り返った。
「…あぁ…、そんなことより、宿へいこうぜ…?」
カカオは疲れきった表情でつぶやいた。クッキーが心配そうにカカオを見やる。
「ご、ごめんよ〜。カカオ。大丈夫…?」
「……」
カカオは背中に大きなダメージを受けていた。
「もう、だらしないわねぇ」
べホイミをかけてやりたい所だったが、そう言うプリンのMPも尽きかけていた。
3人は文字通り満身創痍の状態だったのである。
宿へ向かおうと歩き出した、その時。

「いやあああぁーっ!! 誰かっ、助けて!!」

楽しげに賑わう街を突き抜ける、緊迫した悲鳴。
カカオ達のいる道の正面から、こちらへ向かって駆けてくる、少女の姿が見えた。
その後ろには、少女を追いかける2匹のモンスター『グレムリン』の姿。
「どっ、どうしよう〜!!」
「今は、分が悪すぎるわ…っ。あの娘を連れて、逃げましょうっ!」
「何言ってんだ!! 行くぜっ!」
言うより早く、カカオは駆け出し、グレムリンに躍り掛かって行った。
「カカオっ!」
2人もカカオを追いかけ、結局戦うことになった。

◆◇◆◇◆

グレムリンは子供のようなその姿からは想像できない程の強敵だった。
「くそっ!」
戦いは長引いた。
何度目かに、カカオがグレムリンに切りかかったとき。
――ゴォッ!
グレムリンの吐き出した炎が、正面にいたカカオを襲った。
カカオは炎をまともに喰らってしまった。
「うあぁぁぁっ」
ゴロゴロと転がって、何とか火は消し止めたものの、手ひどい火傷を負ってしまった。
クッキーの『ホイミ』のお陰で、何とか立ちあがったが、しかしまだ足元がふらついている。
「くそっ…!」

「カカオッ! しっかりしてっ…!」
プリンのMPはとうに尽き果て、何もする事が出来ない。
…と、プリンはある事を思い出した。
「…これ」
右手に嵌めた細い指輪。『祈りの指輪』である。MPを回復してくれるその指輪は、使うと壊れてしまう事があると、プリンは知っていた。
(お前の祈りが届くように…)
一瞬、その時の記憶がプリンの脳裏を過ぎった。
――しかし。迷っている暇は無かった。

鋭い爪に切り裂かれたカカオは、膝を付いてはぁはぁと息を切らしている。
クッキーがその前に立ちはだかって、なんとかグレムリンの攻撃を交わしていた。……が、それも長くは持ちそうに無い。
「くっそぉ…っ」
カカオは気力を振り絞って立ち上がった。ちょうどそこへ、一匹のグレムリンがクッキーの横をすり抜けて、カカオに襲いかかった。
――ガキンッ!
グレムリンの鋭い爪とカカオの剣が交わった。
ギリギリと圧し合うが、しかしカカオの腕は思うように力が入らない。グレムリンの爪は徐々に力を増し迫ってくる。
(ちくしょうっ! このままじゃ…)
やられてしまう、と思った、その時。
『――ベホイミッ』
カカオを包む優しい光。驚いて振りかえると、プリンが杖を振りかざしていた。
「――! サンキューッ、プリン!!」
カカオは勢い良くグレムリンの爪を跳ね返した。

――そして。
3人はとうとう、勝利をおさめることが出来た。

◆◇◆◇◆

「あ、危ないところを、ありがとうございました…っ!」
深々と頭を下げ、礼をのべる少女。肩までふわりと伸ばした金の髪に、なめらかな白い肌。色素の薄い茶色の瞳。
プリンには及ばないまでも、非常に可愛らしく美しい少女だった。
「私、マーブルといいます。……あの、旅の方、でしょうか…?」
「ああ。ハーゴン征伐の旅をしてるんだ。俺はローレシアのカカオ!」
カカオはさっきまで死闘を繰り広げていたとは思えない、緩みきった顔で答えた。
プリンは白い目でカカオを一瞥してから、にっこりとマーブルに微笑みかける。
「わたしはムーンブルクのプリン」
「ぼくはサマルトリアのクッキーだよ〜」
クッキーはいつも通りのにこにこ顔だった。
「まぁ、ではあなた方がロトの…! 噂は聞いてますわっ。…どうか、私の家へ来て、おじいさまに会って下さいな。もしかしたら、旅のお役に立てるかもしれません」

こうして3人はマーブルの家へ招かれた。
マーブルは金持ちの娘で、祖父は立派な帆船を持っていた。
事情を聞くと、老人は3人に何度もお礼をいい、船を自由に使ってくれと言った。

3人は船を手に入れた。

◆◇◆◇◆

3人がマーブルの家を出て、宿へ向かおうとすると、マーブルは門の前まで見送りに来た。
「あの、ルプガナには、どれくらいいらっしゃいますの?」
頬を紅潮させて、カカオを見上げるマーブルの瞳は潤んでいるように見えた。
「とりあえず、2・3日は休んでく」
でれっと鼻の下を延ばしたカカオは2人の意見も聞かずに答えた。
まぁ、2人も疲れていたのでそのつもりではあったのだが。
「まあ! それでは、明日にでも、私に街を案内させてくださいませんか?」
「おお! ラッキーッ!」
カカオはすっかり浮かれている。
「ちょっとカカオ。それじゃ、疲れが取れないわよ。」
プリンは心なしか不機嫌そうだ。
「何言ってんだっ! こーんな可愛い娘の誘いを断れるかってんだ! なぁ、クッキー」
「えぇ〜、ぼくは、どっちでも良いけど……」
敏感にプリンの不機嫌を感じ取ったクッキーは言葉を濁した。
「じゃあ、俺だけでも、案内してくれよっ」
「まあ」
マーブルは頬をさらに紅潮させて、嬉しそうに微笑んだ。
「うふふ。では、明日。楽しみにしておりますわね、カカオさま。」
マーブル
いつまでも見送っているマーブルに、カカオは調子よく何度も振り返っては手を振っていた。

「かっわいかったな〜、マーブル! やっぱ女の子は、ああじゃないとな。なぁ、クッキー」
クッキーはひやりと嫌な汗をかいた。
「えええ。う、うん。まぁ…、いや、でも、ねぇ」
ちらちらとプリンの気配をうかがうクッキー。
「なんだよ。お前、タイプじゃないのか」
カカオは意外そうにクッキーを見下ろした。
「え、や、でもさ、ほら、プリンのほうが…」
プリンの機嫌はどんどん悪いほうへ向かっているような気がした。
「あっはっは!! プリン!? …ま、顔だけだなっ!」

――ズシャァ!! ドドォーン!!

突然近くの大木が真空の刃によって切り刻まれ、勢い良く倒れた。
衝撃であたりに土煙が巻き起こる。
「……あら、かまいたちかしら。」
例のごとく、にっこりと花の微笑みを浮かべて、2人を振りかえるプリン。
「……」
「……」
2人はそれきり口をつぐんだ。

◆◇◆◇◆

長い一日が終わり、3人はやっと宿に着いて、疲れを癒すことが出来た。
深夜。
ひっそりと静まり返った街へ、宿から出て行く一人の人影があった。
――プリンである。
プリンは昼間、グレムリンと戦った辺りへやって来てしゃがみこみ、深くため息をついた。
「……やっぱり、もう、無いわね…」
昼間。グレムリンとの戦いで『祈りの指輪』を使った。指輪は運悪く1度で壊れてしまったのである。
音も無く崩れ去った指輪は、灰となってこの辺りに積もったはずだった。
プリンは、せめて灰だけでも、と思い立ち、やってきたのだが…。
「……」
プリンは再度ため息をつくと、立ちあがった。数歩行って、立ち止まり、振りかえる。
「……大事に、したかったのに」
ポツリとつぶやいて、小走りに宿へと帰って行った。



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