ドラクエ2 〜海の洗礼〜


「本当に、本当に、行ってしまわれますの…?」
ぐすっと鼻をすすり上げながら、つぶやく可愛らしいマーブルの声。潤んだ瞳。
(あ〜っ! 本当はいつまででもここに居たいんだ〜っ!!)
カカオはそう叫んで少女を抱きしめてやりたい衝動に駆られていたのだが。
そういうわけにも行かない。
すでに予定を2日も延ばしてここルプガナに滞在しているのだ。
すべてはカカオのわがままによって。
カカオはぐっと堪えて、マーブルの肩をぽんと叩いた。
「また、近くへ来たら、絶対寄るから! な? ……泣くなよ」
「ほんとうに?」
ぽろぽろと涙を吹き零して、カカオを見上げるマーブル。
「本当だ」
カカオがうなずくと、マーブルはごしごしと目をこすって、やっと微笑んだ。
「では、私、いつまででもお待ちしておりますわ」

こうして、カカオ一行はルプガナを後にした。
とりあえずの目的地は北の浅瀬。
ルプガナにいた商人に、そこに沈んだはずの、自分の船の財宝を引き上げて欲しいと頼まれたのだ。

◆◇◆◇◆

ルプガナを出航して2日。
船旅は順調だった。天気は良好。波は穏やか。
カカオは甲板の手すりに寄りかかって海を眺めていた。
「はぁ〜っ」
何となくため息をついていると、不意に背後から声を掛けられた。
「別に、ルプガナに残っても良かったのに」
振り向くと、不機嫌そうな顔のプリンが立っていた。
プリンはカカオの隣に並び、手すりにもたれた。
「あの娘、今ごろきっと泣いてるわ」
カカオは口を尖らせ、プリンの横顔を見やった。
「…そういうわけにも行かないだろ」
「……」
「……」
天気は良好。波は穏やか。海鳥の鳴き声がかすかに聞こえてくる。
「…なぁ、クッキーは?」
プリンは首を横に振った。
「…そうか」
船に乗って半日も立たないうちに、クッキーはひどい船酔いにかかってしまったのだ。
「…ったく。しょうがねぇヤツ。……ちょっと様子見てくる」
カカオは船室へ向かった。

◆◇◆◇◆

「よう、どうだ、調子は?」
「あ、カカオ」
クッキーはベッドから出て、普段着に着替えていた。
「うん。もうだいぶ良いんだ。……さすがに慣れたみたい」
そういって苦笑いするクッキーは、確かに2日前より顔色が良かった。……頬は痩せこけてしまったようだが。
「…外の空気が吸いたいんだ」
「よし、じゃ、行くか」

2人が船室を出ようとした、その時。

――ドドォォンッッ!!!

激しい衝撃が船を襲った。
「うわぁぁぁっ」
「うおっ!?」
2人は船室から外へ勢い良く放り出されゴロゴロと転がった。
「なんだっ!?」
「いたたた…」
慌てて起きあがり辺りを見まわすと……

「――プリンッッ!!!」
カカオは絶叫した。
甲板に半身を乗り上げているのは、イカの形をした巨大な怪物『大王イカ』。
その触手が、プリンの細い体に絡み付き、宙へ浮かせているのだ。
「…っあ。カカ…オ、クッキーッ…」
苦しそうに顔をゆがめてこちらを振りかえるプリン。
「この…やろぉーっ!!」
駆け寄って、プリンを苦しめている触手を切り落とそうと、カカオは剣を振り降ろした。
――ガキィン!
と、いつの間に現れたのか、『ガーゴイル』がその剣を槍で遮った。
「キキキキィッ」
「ちぃっ…邪魔…すんなぁぁっ!!」
カカオはガーゴイルの槍をはじき返した。しかし直ぐにまた槍で攻撃を仕掛けてくる。
ガーゴイルはなかなかの強敵で、応戦するカカオは大王イカを攻撃する事が出来なかった。
「…くっ」
その間に、大王イカは海へもぐり始めた。このままではプリンは海へ引きずり込まれてしまう。

「プリンッ!」
クッキーが船べりへ駆け寄った。
しかしもう剣が届く範囲ではない。見る間に大王イカはプリンを海へと引きずり込んでゆく。
クッキーはキッと海を睨んだ。
「よせ、クッキー! 海じゃ勝ち目は…っ」
――ドボォンッ!
カカオが叫ぶより早くクッキーは海へ飛びこんだ。

水中で顔をゆがめ、もがいているプリン。
その瞳がクッキーの姿を見とめると、驚きで大きく見開かれた。
クッキーは剣を振りかざし大王イカ目指して泳いでいる。
――来ないでっ。あなたまで捕まるわっ!
プリンは必死で首を振り、クッキーに合図を送った。
クッキーはハッとしてそこで泳ぎを止めた。

(確かに、水中でぼくまで捕まったらお終いだ…! っでも、このままじゃプリンが…!)
クッキーは剣を収め自分の両手をまじまじと見つめた。
――呪文なら。
クッキーは最近強力な電撃の呪文を会得していた。
しかし、ここで呪文を使えば、確実にプリンにも大ダメージを与えてしまう。
(……くそぉっ)
なすすべなく、クッキーは悔しそうに大王イカを睨んだ。
…と、プリンが大きく頷いているのが見えた。クッキーのやろうとした事が、伝わったらしい。
――呪文で。攻撃して!
――…でも!
――はやくっ!!
プリンの強い眼差し。
――………!!
クッキーは意を決し、大王イカへ向けて両手を突き出した。
(…っ――ごめんよ、プリンッ!)
『――ベギラマッ!!!』

◆◇◆◇◆

カカオの放った会心の一撃が、ガーゴイルの首を跳ね飛ばした、その時。
水面が突然、カァッ! …と青白い光を放った。
「…っは、はぁ。なんだっ!?」
カカオが慌てて手すりから身を乗り出す。
…と同時に、クッキーが水面から顔を出した。
「――ぷはぁっ!」
「――クッキー!」
クッキーは小脇にプリンを抱きかかえていた。
「カ、カカオっ…! プリンを…っ、あいつ、まだ生きてる…!」
クッキーは水中で大王イカにベギラマを喰らわすと、一瞬緩んだ触手からプリンを奪って、急いで逃げ出したのだ。
しかし、大王イカは確実にまだ、生きている。
プリンはベギラマのショックで意識を失っていた。
「おうっ」
カカオは自らも海へ飛びこもうと手すりに登った。
…と。

――ザザザザザァッッ

クッキーの背後の海が大きく盛り上がった。大王イカだ。
クッキーの放ったベギラマを受けて怒り狂い、強暴な目がさらにぎらぎらと血走っている。
「わぁぁぁっ!」
クッキーは急いで逃げようと泳いだが、とても大王イカのスピードには適わない。

カカオは手すりを蹴った。
「――らあああああぁぁぁっ…!!!」

――ズザンッ!!

空高く跳んだカカオはそのまま大王イカの脳天へ、身体ごと剣を突き立てた。

◆◇◆◇◆

「はぁっ…、はぁっ…」
大王イカにトドメをさしたカカオとクッキーは、なんとかプリンを抱きかかえ、甲板へよじ登った。
――しかし。
「プリン、しっかりしろよっ、おいっ!!」
カカオがいくら呼びかけても、プリンは意識を取り戻さない。
「くそっ! ……おい、クッキー! ホイミだっ」
「う、うん」
クッキーは先ほどから何度もプリンにホイミをかけている。しかし一向にプリンの目が覚める気配はない。
クッキーはがっくりと床に手をついて、うなだれた。
「ぼ、ぼくが…、ぼくがベギラマなんか、使ったから…!」
「……んだとぉ!?」

カカオは血相を変えてクッキーの胸倉を掴んだ。
「てめぇっ!プリンごと攻撃したのかよっ!?」
うつむいてうなだれるクッキー。
「……っ!!」
――どさっ!
カカオはクッキーを床に叩きつけるように突き放した。
「……」
「……」
うなだれるクッキーを、カカオは睨みつけたまま。そのまま、しばらく沈黙が流れた。
…と。
「…けほっ、けほ…」
プリンが僅かに身動きした。
「「プリンッ」」
2人が同時に叫んでプリンを覗き込む。
プリンは僅かに目を開き、瞳をさ迷わせた。そして、2人の姿を確認すると……
「……ああ、…クッキー、カカオ……。……わたし。生きてるのね……」
そのセリフには、どこか残念そうな響きが混じっているような気がした。


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実は2の世界に大王イカはいません…(--; 見逃してください〜…!


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