ドラクエ2 〜わがまま王子〜


「2人とも、どうしちゃったの…?」
プリンはベッドから半身を起こし、両脇に座っている2人を交互に見比べた。
「え。な、何がだよ」
「……」

『大王イカ』との戦いで重傷を負ったプリンは、ここ2日、船室のベッドに寝ていた。
カカオとクッキーはプリンの様子を何度も見に来ていたのだが……2人が同時に顔を出す事は無かった。不審に思ったプリンは、クッキーも一緒に連れてくるように、とカカオに頼んだのだ。
……しかし、先ほどから2人は一言も言葉を交わしていない。

「ケンカでも、したのかしら…?」
「べ、別にっ! そんなんじゃねぇよっ! なぁクッキー!」
カカオは大げさに作り笑いをした。
「……」
クッキーはうつむいたままである。
(何とか言えよっ!)
カカオはベッドの下でクッキーの足を蹴り上げた。
しかしクッキーは一向に姿勢を崩さない。
「……ぼく」
顔を上げると、プリンを見つめ、
「ごめんね。プリン」
と続けた。泣きそうな表情である。
プリンは苦笑いしてため息をついた。
「……何回あやまれば気がすむの? クッキー」
「……だって」
クッキーは顔を出すたびにあやまってばかりいた。
「もう止めてちょうだい。あのとき、クッキーがああしてくれなかったら、今ごろ確実にわたしは生きて無かったわ…。……だからね」
プリンはクッキーの方へ真っ直ぐに体を向けた。そしてその目をじっと見つめる。
「…感謝してるのよ。…ありがとう…」
そう言って、プリンは深々と頭を下げた。それはプリンが王女であることを思い起こさせるとても優美なしぐさだった。

カカオは面白くなさそうにそっぽを向いて舌打ちした。
プリンは顔を上げてカカオを振りかえった。
「……ねぇ、カカオ。何を怒ってるの?」
「怒ってなんかねぇーよっ!!」
その声には明らかに怒りがこもっている。
プリンはため息をつき、問い掛けるような視線をクッキーに送った。
しかしクッキーは悲しそうに目を細めるだけ。
「もう。ケンカの原因はなんなのよ」
プリンもいい加減苛立ち始めている。

「……ぼくが」
クッキーが口を開きかけた。
「ぼくが悪…」
「だぁーーっっ!! 言うなっ! ボケ!!」
がたんっ! …と、カカオは勢い良く立ちあがった。
「分かってんだよ! おめーは悪くねぇっ!! 悪かねぇんだよっ!!」
怒鳴りつけるように叫ぶと、今度はプリンを見下ろした。
そして、苦々しげに眉をひそめ。
「…助けてやりたかったんだよっ…!」
吐き捨てるようにそう言うと、くるりと踵を返し、どかどかと逃げるように船室を出ていってしまった。

「……なんなの?」
プリンはあっけにとられ、目をぱちくりさせた。クッキーはため息をついて、
「……あのね…」
と、話し始めた。
◆◇◆◇◆

ザザァン……ザザァン……。
規則正しく押し寄せる波の音。
カカオは甲板に寝そべってその音を聞きながら、満天の星空を眺めていた。
「あぁーあ。…何だってこんなことになっちまったんだ…!?」
別にクッキーに対して腹を立てているわけではなかった。……いや、最初はそうだったのだが、しかし落ち着いて考えれば、クッキーは何も悪くない。
ただ、どうしても苛立ちがおさまらないのは……悔しかったのだ。
瀕死の重傷を負ったプリンの姿。助けられなかった自分。
カカオは悔しさから、クッキーに八つ当たりしていた。
「はぁー…」
このままではいけないと分かっているのだが……。

「…カカオ…」
不意に名前を呼ばれ、声のした方を振り向く。
夜の闇の中、星明りに照らし出される儚げなプリンの姿が見えた。
「…プリン…! もう、起き上がれるのかよ!?」
プリンはこくりと頷き、カカオの傍へやってきて隣に腰を下ろした。
「…おい、本当に…」
言いながら、がばっと半身を起こす……と。
プリンはスッと手を伸ばし、ものも言わずに中指でカカオの額をはじいた。
――ぺちんっ
「…てっ」
カカオは驚いて額を押さえた。プリンは軽くカカオを睨んで、
「…ばかね」
とつぶやいた。
「……んだよっ」
カカオは面白くなさそうにぷいっと顔をそむける。……しかしなんとなく原因が分かっているため何も言う事が出来ない。
「……カカオ。心配してくれるのは、嬉しいわ。……でも」
プリンはカカオの顔を真っ直ぐに覗きこんだ。
「クッキーに謝って」
きっぱりと言い放った。

◆◇◆◇◆

よく朝。
「ふぁ〜あ……うぅ〜ん、浅瀬なんて、全然見つからないよぉ〜…」
舵を取りつつ、地図とコンパスを確かめる。
クッキーはため息をついた。
(プリンに怪我させちゃうし。カカオも怒らせちゃったし。ぼく、弱いし……)
クッキーはすっかり落ち込んでしまっていた。
そして、ふと、地図に目を落としてある事に気づいた。
「…ここ、サマルトリアに近いんだ…」
地図で見るかぎり、近くに街らしいものはなく、一番近いところがサマルトリアだった。
「……ココア、どうしてるかな…」
クッキーは旅に出る前日の事を思い出した。

「お兄ちゃん、無理しないで!! ハーゴン征伐ならあたしが行く!」
ムーンブルク陥落の報を受け、ロトの血族であるサマルトリア王家では、すぐに王子のクッキーが旅立つ事が決まった。
しかし妹姫のココアは最後まで反対し、自分が行くと言い張っていたのだ。
「お兄ちゃんは行っちゃダメなのっ! …どうしてあたしじゃダメなのよ!?」
王や大臣達もそんなココア姫の説得にはほとほと手を焼いていた。
クッキーより5つ年下の妹姫は、確かにロトの血筋ではあるのだが……旅をするにはまだ幼なすぎたのだ。
「ココア〜、そんなにぼくのこと、信用できない〜?」
クッキーが言うと、
「危ないでしょう!? 外にはモンスターがいるのよっ? お兄ちゃん、一人で倒せる!?」
ココアはまるで母親のような口調でそう言っていた。
「いや、でもローレシアの王子も旅立ったって言うし……一緒にいくつもりだからさぁ〜…」
にこにこ笑っていうクッキーに、ココアは余計心配そうな顔をした。
「じゃあ、ローレシアの王子と合流するまで、あたしがお兄ちゃんをガードするっ!!」

……結局、クッキーはココアに見つからないように、王と数人の大臣に見送られ、深夜に城を出発したのだ。

「はぁ〜、ココア……お前が正しかったのかなぁ〜…」
クッキーががっくりと肩を落としていると、突然ふっと日の光が遮られ、床に人型の影が出来た。
「おい、クッキー!!」
呼びつけられて振りかえると、そこには腕組みしたカカオが仁王立ちしていた。
「……、カ、カカオ…」
クッキーはびくびくしながら言った。
…と、カカオは思いがけないことを言い出した。
「今からサマルトリアに行くぜっ!!」
「…………は?」
「プリンを休ませるんだよっ! 文句あるかっ!? サマルトリアが一番近いだろ!?」
「え? う、うん〜…」
不思議そうな顔のクッキー。それもそのはず、あの戦い以来、2人はまともに口をきいていなかったのだから。
カカオはにっと笑った。
「サマルトリアに着いたら、あのわがまま姫に、お前の武勇伝をきかせてやろうぜっ!?」
「ぶ、ぶゆうでん〜…?」
クッキーはきょとんとしている。
「おう! 大・武勇伝だ!」
カカオはクッキーの背中をぽんっと叩き、高らかに笑った。

「……もう。結局謝らないんだから。」
マストの陰に隠れて2人の様子を覗っていたプリンは、ため息混じりにつぶやき…、それから、ふふふっと声をひそめて嬉しそうに笑った。



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