ドラクエ2 〜プリンの空〜


ザザァン……ザザァン……。
波はあいかわらず穏やかだった。しかし天気は良好ではない。辺り一面、深い霧に包まれていた。

「ここは…ここは……どこなんだぁーーっ!!」

とうとう耐えきれなくなったカカオが叫び出した。
「わ、わかんないよぉ〜、サマルトリアの、近くだとは思うんだけど…」
「なんだとクッキー! お前が舵とってたんじゃねぇかっ!!」
「そ、そんな事言ったってさぁ〜、カカオ、ちっとも手伝ってくれなかったじゃないか〜っ」
2人は甲板に座りこんで、地図とコンパスを照らし合わせたが、既にそんなものは何の役にも立たなかった。
「大体なんで俺達だけで海に出てるんだっ!? 王族だぞ、俺達は!! 航海士はどうしたんだよっ」
「そ、そんな事、知らないよぉ〜っ」

こうして3人を乗せた船は2日間漂流した。

◆◇◆◇◆

……ざっ。
一歩足を踏み出す。…足が地面に触れる感触。
大地は全く揺れることが無い。
「…………あぁ〜っ!! よ、良かった〜っ!!」
クッキーは感動して思わず両手を胸の前で組み合わせた。
「おおげさだな」
そう言いながら、カカオもホッとしていた。
プリンも船を降りてきた。
「あぁ…良かったわね。……ここがどこなのかはともかく」

カカオ達が流れ着いた場所は、小さな孤島だった。
小さいながらも、街らしいものが見える。
地図で見る限り、それらしい島はどこにも無かった。おそらく、地図にも記載されないような辺鄙なところなのだろう。

「とにかく、あの街へ行ってみましょう。…ちょっと疲れたわ」
プリンが言い、3人は街へと向かった。

◆◇◆◇◆

街に入ると、すぐにプリンは妙な違和感を覚えた。
「変ね…」
「え〜、何が?」
クッキーは何も感じていないらしく、船を降りられた喜びでだけで、にこにこと上機嫌だった。
「……っ!! おい、クッキー! ここはパラダイスだぜっ!!」
カカオは妙に浮かれてクッキーの肩をポンッと叩いた。
「…え〜?」
「よく見ろよっ。……女ばっかりだ」
そう。
街にいる人達は全て女の人ばかり。
クッキーは辺りを見回し、感心したようにうなずいた。
「ほんとだー。さっすが、カカオは目ざといねぇ」
プリンはカカオに冷たい視線を投げる。それから、不思議そうに首をかしげた。
「……男の人は、どうしたのかしら」

カカオはそわそわと落ち着かない様子できょろきょろと辺りを見まわした。
そのうち、カカオの動きが一瞬止まった。次の瞬間には2人を振りかえり、
「なぁ、ここからは別行動にしようぜっ! 夕方になったら宿屋へ集合だ!」
急に生き生きとして叫んだ。
「え? ちょっと……」
「じゃぁなっ!!」
「カカオ!?」
あっけにとられる2人を残し、カカオはさっさと走って行ってしまった。
……遠くで、調子よく女の子に声をかけるカカオの姿が見えた。

「……」
「……なんなの……!?」
プリンからただならぬ気配が漂ってくるのを感じて、クッキーは身動きする事が出来なくなった。

◆◇◆◇◆

「春になれば恋人のルークが漁から帰ってくるんです、……あぁ、ルーク……(ぽっ)」
という訳で、あっという間にカカオは玉砕した。

……しかしこんな事でめげるカカオではない。すぐに次のターゲットを探すべく、鋭い眼光で辺りを見まわし始めた。
…と。
「うわぁ〜ん、おにぃぢゃぁ〜ん」
足元で声がして、見下ろすと、小さな女の子がカカオの服すそをしっかりと握っていた。まだ5、6歳だろうか。
女の子は顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
「な、なんだ? どうした?」
カカオはしゃがみこんで女の子の顔を覗きこんだ。
(なかなか可愛いなぁ。…ちっ惜しい…)
「あ、あぞごの犬がぁ〜っ」
女の子の指差すほうをみると、大きな黒い犬が唸り声を上げてこちらを睨んでいた。
「ぐるるるる…」
カカオはすっと立ちあがり、不敵に笑った。
「なんだぁ!? …犬っころがこの俺様に立てつこうってのか…!!」
犬は口からぽたぽたとよだれを垂らし、血走った目を光らせてこちらへ近づいてくる。
「ぐるるる…」
「お、おにいぢゃん〜っ」
女の子は甲高い声を張り上げた。
「バカ犬が! …お嬢ちゃん、さがってな!」
カカオはにやりと笑い、犬のほうへ駆け出した……。

◆◇◆◇◆

……一方そのころ。

「クッキー、…わたし…わた、し…」
プリンはうつむいて、その美しい顔をゆがませた。
「ああっ…」
うめいて、両手で顔を覆ってしまう。小さな肩が小刻みに震えていた。
「プリン…」
クッキーはそっとその肩を撫でた。

漁師町ザハン。ここはそんな名前の町だった。
漁師町というだけあって、男たちはみな漁へ出ているという。
――しかし。2人は聞いてしまったのだ。
「実はこの町の男たちを乗せた船が、魔物に襲われて海のもくずに…」
旅の商人の話だった。商人はそのことを知らせるために来たという。
しかし商人は、男たちの無事を信じて待つこの町の女たちに、どうしてもその事実を告げることが出来ないでいたのだ。
商人は通りすがりの旅人である2人に、自分の代わりに、女たちにこの事を告げて欲しい……と、頼んだのだった。

「……出来ません」
クッキーは商人をしっかりと見据えて言った。
いつものクッキーとは違う、きっぱりとした口調だった。
プリンが驚いてクッキーを見上げる。
「クッキー…?」
「これ以上、辛い目にあう必要なんて、ないよ、プリン」
そう言ってプリンを見つめるクッキーの眼差しは、とても優しくて……真剣だった。
商人は悲しげに目を伏せ、ため息をついた。
「そうですか……。仕方ありません。やはり、私が……告げることにしましょう」
商人は立ち去って行った。

「…クッキー…」
商人が去っても、プリンは顔を覆ったまま。震えが止まらないでいた。
「……わたし……わたし……」

魔物に襲われて沈んだ船。魔物に襲われて滅んだ、ムーンブルク。
プリンの中では確実にその時の光景がシンクロされてしまっている。

「……もう、悲しいのは、イヤ……」
クッキーは、震えるプリンに両手を伸ばし、被っているフードをそっとはずした。
「……?」
プリンは泣き顔のまま、不思議そうにクッキーを見上げた。
クッキーは、プリンの両方の瞳に溜まった涙を人差し指でそっとぬぐってやった。
「上、見て」
「…うえ?」
「うん」
2人は顔を上げた。
広くて、青い。
そして。
――明るい。
「空は、明るいんだよ」

プリンの中の空は、もうずっと赤かった。
あの日。ムーンブルクが滅びた、あの日の空。
燃え上がるムーンブルク城。暗く立ちこめた煙。……そして、赤。

でも。ここの空は――…。

クッキーはプリンの方へ顔を戻して、にっこりと笑った。
「戻るよ。プリンの空も。……戻すんだ」
「…クッキー…」
プリンの瞳に再び涙が盛り上がる。
「…ふふっ」
プリンはそれをごしごしと擦った。
そして、たぶん、今までで一番の。極上の笑顔を浮かべた。
「…ありがとう…」

◆◇◆◇◆

クッキーとプリンが宿の前へ着くと、そこにはボロボロのカカオがうずくまっていた。
「ちっくしょう…!!」
服はあちこち破れ、生傷がいくつも覗いている。
「ど、どうしたの〜、カカオ…」
慌ててクッキーが駆け寄り、傷を調べた。深い噛み跡。かなり痛そうである。
「犬っころがよぉうっ…」

カカオは犬相手に相当苦戦したらしい。
モンスターが相手では無いので、剣は使わなかった。
それでも、なんとか勝利はおさめたようなのだが……。

「プリン、『べホイミ』かけてくれよっ」
カカオが叫んだ。しかし。
「……」
プリンは黙ったまま。なんだか冷めた目をしている。
「…プ、プリン?」
クッキーは不穏なモノを感じて思わず冷や汗をかいた。
「……自業自得…」
ぼそりと呟くプリン。
「何ぃっ!? 何か言ったかっ!?」
プリンはカカオの怒声には耳を貸さず、クッキーの手を取って歩き出した。
「え、ちょっと、プリン?? カ、カカオは〜!?」
「そんなことより、早くチェックインしましょう? ……わたし、疲れちゃったわ」
プリンはいつものように美しい微笑みを浮かべた。
……クッキーはその笑顔の裏に渦巻く黒いものを見た気がした。

「なんだよっ!! てめーらっ!! お、俺は苦労して『金の鍵』を手に入れて来たんだぞっっ!!?」

そう。カカオは犬との戦いの戦利品として、たぶんこの旅の重要アイテムであるだろう『金の鍵』を手に入れて来たのだ。
カカオはそれを大声で喚いたのだが。
プリンはクッキーの手を引いてさっさと宿に入ってしまった。そうして、後ろ手に入り口のドアを閉めた。

――ばたんっ!

「…お、覚えてろよーーっ!!!」



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