ドラクエ2 〜旅の目的〜


カカオ一行を乗せた船は一路ルプガナを目指していた。
霧が晴れたおかげで、一行はなんとか北の浅瀬に辿り着くことが出来、ルプガナの商人に頼まれた財宝を引き上げる事に成功したのだった。
予定外にザハンの街で休むことが出来たので、サマルトリアは後回しにされた。

クッキーは青い顔をして船の手すりから身を乗り出し、海を睨んでいた。
「もうイヤだ…」
プリンが隣に並んでその背中をさする。
「…大丈夫? クッキー」
「…うん…」
クッキーは顔を上げ、力なく笑った。……船酔いにはホイミも聞かないらしい。

一方カカオは。
「……998……999……1000ッ…!」
――ブンッ!
上段に構えた剣を勢い良く振り下ろし、額の汗を腕で拭った。
「ふぅっ」
船旅をするようになってからの日課である。
カカオは剣を納めて、クッキーに歩み寄った。
「なっさけねぇなぁ…っ」
「……」
「ま、もうすぐルプガナだっ! 張り切っていこうぜっ」
カカオは上機嫌だった。ぽんぽんっとクッキーの背中を叩く。
「財宝引き上げたんだ。きっとイイモン貰えるぜっ!?」
そう言って笑うカカオを、プリンが横目で一瞥した。
「…あなたは目的が違うんじゃないかしら」
「…あ?何がだ」
「……別に」

ルプガナにはマーブルがいる。

◆◇◆◇◆

ルプガナに到着したカカオ一行はさっそく例の商人を尋ねた。
「おお! これはまさしく沈んだ船の財宝! …どうもありがとうございます!」
商人は大喜びで財宝に飛びついた。
「ではお礼にこれを差し上げましょう」
そう言って商人が財宝の中から取り出したのは、一本の横笛だった。
カカオは露骨に不満げな表情を浮かべた。
「……財宝がこんだけあるのに笛一本か!?」
「え。いや……そ、その笛はとても貴重な…」
カカオは商人に一歩詰め寄った。
「何だと!? 俺達をなめてんじゃねぇだろうなっ! 俺達が何処の誰だか教えてや…っ」
――バコッ
「素敵な横笛ですわね」
プリンはカカオを杖で殴ると、何事も無かったかのように商人から笛を受け取った。
「……」
クッキーは頭を抱えてしゃがみこんだカカオを気の毒そうに見下ろし、声をかけようか迷ったが…結局そのままにした。
笛は鈍い銀色で、美しい彫り物が施されており、先端には赤い小さな石が埋め込まれていた。
「その笛は『山彦の笛』というんです。何かの『紋章』を探すのに役立つとかで…、私は紋章については良く知らないのですが、…結構な高値で取引されるんですよ」
「紋章……」
プリンは手に取った笛に何らかの魔力が込められているのを感じた。

◆◇◆◇◆

「おいプリンッ! おまえなぁっ!!」
3人は街の中心へ向かって歩いていた。
「何よ」
「俺を何だと思ってんだっ!?」
「……ローレシアの王子様」
とげのある言い方である。
カカオが何か言い返そうと口を開くと、
「ま、まぁまぁっ!!」
慌ててクッキーが割って入った。
「よ、良かったじゃない!? なんか良くわかんないけど、旅の役に立ちそうなものが貰えてさぁ〜」
「…けっ」
カカオは面白くなさそうにそっぽを向いた。そして。
「…マーブルの所に行って来る!」
そう言い残して駆けて行ってしまった。

クッキーはカカオの後姿を見送ると、ため息をついてプリンを見やった。
こちらに背中を向けて俯いているプリン。
「…ねぇ、プリン…。……機嫌、悪い…?」
クッキーは遠慮がちに声をかけてみた。
「そんな事…」
プリンは言いかけて、ふと言葉を詰まらせた。
「…どうしたの?」
プリンはゆっくりと顔を上げた。
「ふふっ。ごめんなさい。わたし…ちょっと変ね…?」
「……?」
自嘲気味に笑うプリンを、クッキーは不思議そうに眺めた。
「……どうしてこんな、嫌な気持ちに、なるのかしら…」
はぁ…っとプリンがため息をつく。
「……」
クッキーはそんな見慣れないプリンの様子に、何故だか胸がざわめいた。
(――?なんで??)
自分でも良く分からない。クッキーは首をかしげて、胸の辺りを押さえた。

◆◇◆◇◆

「カカオ様っ! お待ちしておりましたのよっ」
カカオがマーブルの家を訪ねると、待ちかねていたかのようにマーブルが部屋を飛び出してきた。
「よぉっ!」
カカオはにやっと笑って片手を上げた。
「…ああ…ご無事でしたのね…」
マーブルはカカオを眩しそうに見上げた。その瞳が見る間に潤んでいく。
「おいおいっ! 泣くほどのことかよっ。この前ここを出てから、そんなに経ってないだろ?」
「…だって…海には手強いモンスターが居ると聞きますわ。私、毎日心配しておりましたのよ…」
マーブルはそう言ってますます瞳を潤ませてしまう。
(…なんだかなぁ…)
カカオはマーブルの肩をポンッと叩いた。
「そんなに心配ばっかりしてると、疲れちまうぜっ?」
「…だって、……出来れば、私も、一緒について行きたい……」
マーブルは真剣な顔でカカオを見上げた。
「おいおい、無茶言うなよ。女にゃ無理だって」
「でも、プリン様は…、プリン様だって、女性です」
「…あいつはっ」
プリンは特別。
そう言おうとしたのだが。カカオはふと言葉を止めた。

プリンが、特別?
カカオはムーンペタの街でいつまでも泣いていたプリンの横顔を思い浮かべた。
『…お父様…』
あいつは、確かにそう呟いて泣いていた。儚げで、風に消えてしまいそうだったプリン。
あいつは何故、女だてらに俺達と旅をしているのだろう。
ロトの血筋だからか?
ハーゴンを、敵を討つためか。
それとも……帰る場所が、ないから…?

「私、プリン様が羨ましい…」
マーブルは涙をこすりながら訴えた。
「…マーブル…」
いつもならば、目の前で泣く少女を抱きしめて、慰めてやりたいと思ったかも知れない。
しかし今は、そんな気にはなれなかった。
「プリンは……あいつも、大変なんだよ…。」
それだけ言うと、そっとマーブルの金の髪を撫でてやった。
何故かプリンの横顔が、瞼にちらついて離れなかった。

◆◇◆◇◆

「さあ、出発するぜっ!!」
マーブルの家から戻ったカカオは開口一番にそう告げた。
「ええ? もう〜??」
クッキーは明らかに動揺している。また船に乗る事を考えてうんざりしているのだろう。
「……あの娘は? もう、良いのかしら」
プリンがためらいがちにそう声をかけた。
「いいんだよっ!」
カカオはそう言って、クッキーに視線を向けた。
「辛いか?」
「…う、う〜ん…」
出来れば一泊して行きたいところである。
カカオは道具袋から世界地図を取り出した。
地図を広げて、現在地ルプガナとその周辺を確認する。
「よし、次はラダトームへ行こう! ここなら直ぐ着くぜっ! なっ!」
ラダトームは、ルプガナの街からすぐ隣の大陸、アレフガルドの中央に位置する、ロト伝説発祥の地で、由緒正しい古い王国である。
カカオは自分の提案に満足すると、さっそく船へ向かって歩き出した。
「ま、待ってよ〜」
クッキーが慌てて追いかける。プリンもその後に続いた。
「どうして、そんなに張り切ってるの?」
プリンが不思議そうにカカオの背中に問い掛ける。
……と、カカオは振り返ってにやっと笑った。
「あんまりのんびりしてる訳にもいかないからなっ! 一日も早く、ハーゴンを倒すんだっ!!」
――プリンのためにも。

「……?」
プリンはいぶかしげな表情を浮かべた。
「嵐でも、来るのかしら…?」
「ええっ!? ぼく、困るよ〜っ」
クッキーは不安げに空を見上げた。



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