ドラクエ2 〜ラダトーム〜


プリンの予感は的中した。

――ゴォォォォォッ!!!

カカオ一行を乗せた船は激流を流れる木の葉のようにくるくる回った。嵐である。
ラダトームまでの短い航程で、陸地はすでに見えているというのに、先へ進むことが出来ない。

「うわぁあぁ…っ!!」
船が大きく上下すると、クッキーは顔面蒼白でうめいた。

カカオは船室の窓から外を眺め、腹立たしげに床を蹴った。
「ちくしょうっ!」
そして、ふと甲板に見慣れない、白い物体が複数乗り上げているのに気づいた。
「…ちっ!! こんな時にっ!!」
カカオはクッキーを振り返って叫んだ。
「おいっ『しびれくらげ』だっ! 行くぜっ!!」
そして外へ出ようと扉に手をかける。
クッキーはベッドにしがみついたまま、弱々しく片手を上げた。
「……ごめん。後はよろしく……」
カカオは呆れ顔で、1人甲板に飛び出した。

「ちっ! こんな奴ら『ベギラマ』で一発なのにっ!」
カカオは吹きつける風と雨の中、甲板の上に散らばったしびれくらげの群れを一匹づつ片っ端から叩き潰していった。
「…おらぁっ!!」
――バシィッ!!
――ズシャァッ!!
約半分、5匹目のしびれくらげを倒した時、カカオは首筋にぬるりと嫌な感触を覚えた。
「……っ!?」
驚いて首を押さえ振りかえると、しびれくらげの触手がカカオの首のあたりまでにょろりと伸びていた。
しびれくらげはにやりと不敵な笑みをたたえている。
「…ううっ!?」
がくり、カカオは膝をついた。
しびれくらげの攻撃は、電気ショックを受けることがあるのだ。

――目が開けていられない。身体に力が入らない。
急速に視界が暗くなってゆく。
「…ちっくしょ…」
すっかり意識の遠のいたカカオの耳に、かすかにプリンの声が聞こえた気がした……。

『……カ…オッ…!!』

◆◇◆◇◆

「もう。だらしないんだから…」
ひやりと額に冷たい感触。
重い瞼をゆっくり持ち上げると、ピンク色の人影がこちらを覗っているのが見えた。
「……。――プリンッ!?」
カカオはがばっと起きあがった。その拍子に額に乗せられていたタオルが落ちた。
「あら、気がついた?」
「…てっ」
まだ身体の痺れが抜けきっていないらしい。
ふと横に目をやると、隣のベッドには同じように横たわって額にタオルを乗せられているクッキーの姿があった。……その原因は船酔いなのだが。
「今度からモンスターと戦うときは、わたしにも声をかけてちょうだい」
プリンは落ちたタオルを拾い上げながら、不満げに言った。
この船には船室が2つある。
一応、男女で別れる事にして、奥の部屋をプリンが使っていた。
いつもなら戦闘が始まればプリンも直ぐに気づくのだが、今回は嵐の轟音のため、カカオが1人で戦っているのに気づくのが遅れたのだ。
「……しびれくらげは?」
「倒したわ」
どうやらプリンが1人で片付けたらしい。
カカオは少なからずショックを受けた。

嵐は遠ざかっていった。

◆◇◆◇◆

そんな、意外に苦労をして辿りついたラダトームで。
カカオの怒りは最高点に達そうとしていた。

「ふざけんなっ!! クソジジイィッーー!!!」

「ま、まあ落ち着いてよ、カカオ…」
そう声をかけたクッキーも、カカオのあまりの剣幕に思わず一歩後ずさりした。
カカオの逆鱗に触れた張本人……武器屋の隠居と名乗った老人は、既に部屋の隅で腰を抜かしている。
カカオは剣を抜いて構えたのだ。
「ややややや、やめるのじゃ」
哀れなほどに震えているその老人の頭には、きらりと輝く金の冠。
彼は実はこの国の王である。……ムーンブルクを滅ぼしたというーゴンを恐れるあまり、この武器屋の一室に隠れていたのだ。
――ヒュンッ!!
――カシャーンッ!!
カカオの振り下ろした剣がその王冠を跳ね飛ばし、老人の白い髪が数本空を舞った。
「じゃあコレはなんなんだっ!!」
カカオは転がった王冠を指差し怒鳴った。
「あわ、あわわわ」
老人は目を白黒させた。
いつもなら止めに入るだろうプリンも、今回は部屋の入り口付近に立ったまま、冷めた目で様子を覗っている。

…と、ドタドタドタッっと廊下を踏み鳴らす足音がして、荒々しく扉が開け放たれた。
数人のラダトーム兵がなだれ込む。
「…どうなされましたっ!?」
「…むむっ、怪しい奴らめ!!」
王の腹心の兵士達らしい。
「おお!! よく来てくれた! た、助けてくれ!! 狼藉者じゃっ!」

3人の兵士はカカオを取り囲み、それぞれ槍を付きつけた。
「ちょ、ちょっと、すいません」
なんとか事態を納めようとクッキーが近づいたが、
「さがってろクッキーッ!!」
カカオに怒鳴りつけられた。

「闘ろうってんなら闘ってやるぜっ!! 俺はローレシアの王子、カカオだっ! ハーゴン征伐の旅をしてる! そっちはサマルトリアのクッキー王子っ!」
兵士たちは驚いて目を見開き、カカオ達を値踏みするように見つめた。
「……それと、あっちにいるのがムーンブルクのプリン姫だっ!!」
兵士たちはプリンを一目見るなり、はっとした表情を浮かべ、次々にため息をついた。
「……こ、これはご無礼を致しました…っ」
1人の兵士が膝をついて頭を垂れた。
「……そういえば、ローラ姫の面影が…っ」
残りの2人も床に吸い寄せられるかのように膝をつく。

気まずそうに目をぱちぱちさせてその光景を見ていたラダトーム王は、がっくりと肩を落とした。
「…申し訳ない…」
うなだれて、頭を下げる。
…と。
「…顔を上げてください。」
プリンは静かに言った。
「…もう、”姫”なんて……何の意味もないのです。国は、滅んだのですから…」
独り言のように呟くと、くるりと踵を返し、静かに部屋を出ていってしまった。

「あ、ま、待ってよっ! プリンッ!」
クッキーが慌てて追いかける。
カカオは、うなだれる老人に向かって、すっ…と剣をつき付けた。
「俺達は闘うっ!」
そして、カシャンッっと音を立てて剣を納めると、叫んだ。
「もう2度とムーンブルクのような事が起きないように…ふがいない王の治める、ラダトームの人達のためにもなっ!!」
カカオも部屋を飛び出して行った。

◆◇◆◇◆

「なんの収穫にもならなかったな、ラダトームはっ」
城下町を通り過ぎ、町の外へ出ても、カカオはまだいらついていた。
「……でも、仕方ないわ…みんなが、カカオみたいに勇敢な訳じゃないのよ」
プリンはため息をついた。
「……わたしだって」
――本当は、恐い。
ムーンブルクが襲われた時の事を思い出せば、今も震えが止まらないのだ。その、ハーゴンに闘いを挑もうとしている……。

「そう? 収穫、あったよ〜っ」
クッキーは不意に楽しげな声をあげた。
「…ほらっ、見てっ」
にこやかにそう言うと、クッキーはごそごそと道具袋からいろいろな装備品を取り出した。
「『魔道士の杖』でしょ、『身かわしの服』。それに、『魔除けの鈴』っ!! …ねっ?」
カカオは呆気に取られてあんぐりと口を開けた。
「おまえ、いつの間に…」
「基本だよ〜。新しい街へ入ったらまず武器屋チェックしないと」
今回は、その武器屋であの王に出くわしたハズなのだが。クッキーはしっかりと買い物は済ませていたのだった。
「ね、これ、わたし装備してもいい?」
プリンは身かわしの服を手にとって嬉しそうに微笑んだ。
「もちろんっ! ちゃんと2着買っといたんだ〜っ」

楽しそうな2人を見て、カカオはいつまでも腹を立てているのがバカらしくなってきた。
…が。
次の瞬間にはカカオはまたも怒鳴り声を発していた。

「おいっ! 俺の分は何にも無いのかよっ!!」
「…ご、ごめんよ、お金、たりなかったんだよ〜っ!!」



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