ドラクエ2 〜大灯台にて〜


――悲鳴。怒号。絶叫。――金属のぶつかる乾いた音。
……全てが、暗い闇のそこから聞こえてくる。
プリンには、これが夢だと分かっていた。
もう何度と無く見た、悪夢。
プリンは必死に逃れようと走った。自分が何処へ向かって走っているのかも、分からずに。
息苦しくなって、足を止め、空を見上げれば、立ち込める黒煙と……赤黒い炎の渦。真っ赤な、空。
「嫌…っ!」
しゃがみこんで、耳を塞いだ。……プリンには、分かっていた。
決まってここで聞こえてくる、懐かしいあの人の声。いくら耳を塞いでも、聞こえてしまう。
いつも穏やかだったあの人の……断末魔の悲鳴……。

嫌…、聞きたくないの。…嫌……。
お父さま、お父さま、お願い……!!


「おいっ!! 起きろっ!!」

突然の怒声に、プリンは無理矢理夢から引きずり起こされた。
覚めると同時に、肩に激痛が走った。
「痛っ!」
それでもなんとか半身を起こし、身体を見ると、白いローブの肩口は無残に切り裂かれ、血で真っ赤に染まっていた。
目の前には、怒ったような顔で自分を見つめる、カカオがいた。
「……あ」
プリンはやっと事態を思い出した。

◆◇◆◇◆

大灯台。
過去、長い間灯台としての役割を果たしてきたその塔は、現在では使われなくなり、魔物たちの巣窟となっている。
一行がこの灯台のある小さな島の付近を船で横切ろうとした時、プリンの持つ山彦の笛が強い魔力を放ち始めた。不審に思って上陸し、塔へ入ってプリンが山彦の笛を吹くと、なんと笛の音がやまびことなって帰ってきたのである……。

一行は灯台の中を探索し、そこで1人の老人に出会った。
老人は、宝箱のある部屋へカカオ一行を案内した。

「何も言わなくてもじじいにはわかっておりますぞ……。さあ、その宝箱を開けなされ。そこには紋章が納められているはず……」
言われるまま、カカオは嬉々として宝箱に向かった。
「おい、やったな。やっと紋章とやらにお目に掛かれるぜっ!」
「うん。良かったね!!」
クッキーも喜んでいた。
……1人、プリンだけは神妙な顔をしていた。
カカオが宝箱に手をかけ、クッキーも一緒になって覗きこんだ。その時。

「ケケケ…! ひっかかったな!!」

突然、老人の身体が宙に浮かび上がり、カカオの背中めがけて襲いかかった。
振りかざした手の指が急速に悪魔の爪を持つ禍々しいものへと変化する。

「カカオッ! 危ないっ!」
ピンクの影が老人とカカオの間に割って入った。
――ザシュッ!!
「ああーっ!!」
プリンは悪魔の爪に肩口から肉をえぐられ、もんどりうって倒れた。
「プリンッ!!」
クッキーとカカオが振り返って叫ぶ。

「てっめー!!」
カカオはロトの剣を構えると、横目でクッキーに叫んだ。
「おい、クッキー、プリンを頼む!」
「うん!」
クッキーがプリンに駆け寄ろうとすると、クッキーの前に1匹のグレムリンが立ち塞がった。
周囲を見まわせば、どこから現れたのか、3匹のグレムリンが、老人とカカオ達を取り囲んでいた。
老人は人間から悪魔へと全身を変化させはじめた。
「けけけ…! ここがお前らの墓場になるのさ!」
老人はグレムリンへと姿を変えた。

痛恨の一撃を受けたプリンは、意識を失っていた。

「くッそーっ!!」
カカオとクッキーはそれぞれにグレムリンに切りかかって行った……。

◆◇◆◇◆

プリンは重たげに口を開いた。
「カカオ…。グレムリンは……?」
「倒した。…ほら、紋章も手に入れたぜ」
床に腰を下ろしたカカオは、つまらなそうに手に握っていた『星の紋章』を見せた。
それは手のひらに納まるほどの大きさの、星の形をした、普通の、石だった。
「…それが、紋章なの…。…クッキーは…?」
プリンは痛そうに少し顔を歪めながら、あたりを見まわした。
カカオは親指でフロアの隅を指差した。
「……疲れて寝てる」
「…そう。……怪我は…?」
「ねぇよっ」
カカオは何故か怒った表情をしていた。

「お前が一番重傷だよっ!! 無茶するんじゃねぇっ!!」
とうとうカカオは怒鳴り出した。
「おまけに寝かせとこうとしたら、うなされやがって…!!」
プリンはため息をついた。
「……好きでうなされてなんかないわよ…。大体、わたしがああしなかったら、あなたは今ごろ大怪我して…」
「そのほうがマシだっ!!!」
カカオは本気で怒っているようだった。
プリンは怪訝そうに眉をひそめカカオを見た。
「何でそんなに怒るのよ…!」
「お前が怪我なんかするからだよっ! ちくしょうっ!!」
「…………っ!」
プリンも怒ったように眉間にしわをよせ、ふいっと顔を背けてしまった。

そのままお互いに顔を背け、黙り込み……しばらくして。
そっぽを向いていたカカオが、視線だけプリンに向けて、ボソボソと語りかけた。
「……なぁ、大丈夫か…?」
「…………。まぁ、ね。」
カカオはプリンに向き直って、血に染まった肩口のあたりを見た。そして痛々しそうに目を細める。
「悪かった……」
プリンは少しだけ微笑んだ。
「……大丈夫よ、このくらい」
言ってから、プリンは自分の肩に布が巻かれているのに気づいた。
布はもちろん、ローブの下に、巻かれている。
「……なぁ、傷残ったりしねぇよなぁ…」
カカオは心配そうにそう言っていたが、プリンはそれどころではなかった。

「ねぇ。カカオ、これ、どうやって、巻いたの……?」
プリンは怪訝そうな表情をし…、それから一気に頬を紅潮させた。
「ま、さ、か…!!」

プリンが気を失っている間に、カカオとクッキーは、プリンの傷の手当をしようとした。
しかし、戦闘で魔法力を使い果たしたクッキーは、ホイミを唱えることも出来なかった。
仕方なく、2人はプリンのローブを脱がせ、傷ついた肩に布を巻いて応急手当を施したのである。
プリンはローブの下に、キャミソールを一枚、着ているだけだった……。

「ま、待て、待て!! しょーがねぇだろっ、この場合!!」
カカオはプリンの魔力がゴォッと音を立てて上昇しているのが見えた気がして、慌てて後ずさった。
「……! 見たのね…っ!!」
「落ち着けって!」
プリンの目が怪しく光った。
『――バギッ!!』
「わぁぁぁ…っ!!」
あわてて飛びのいたカカオは隅にいたクッキーにつまづいた。

「いたぁっ!!」
足を蹴られたクッキーが叫んで、目を覚ました。
「わあぁっ…」
カカオはクッキーのみぞおちのあたりに倒れこんだ。
「ぐえっ」
クッキーがうめく。カカオも倒れこんだ拍子に壁に頭をぶつけてハデな音を立てた。
――ごいぃぃぃぃんん……

その様子を見届けたプリンは、頬を膨らませ、ぷいっと2人に背を向けた。
「……もう! 信じられないわ…っ。本当にあれで王子なのかしら……っ」
ぶつぶつ言いながら、血に染まった布を外し、自分で回復呪文をかけはじめるのだった……。



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