ドラクエ2 〜ムーンブルク〜


「ねぇ、カカオ、またっ…」
船の甲板で海を眺めていたプリンは、『山彦の笛』を握り締め、舵を取っていたカカオに駆け寄った。
「あ?…また紋章か?」
カカオには分からなかったが、プリンは、山彦の笛がわずかに魔力を放ち始めたのを、敏感に感知したのだ。
「ここからだときっと、ムーンペタか………ムーンブルク……」
プリンがつぶやくと、カカオは苦々しげな表情で、プリンを見た。
「……」
以前、旅の途中でムーンブルクを横切ろうとしたとき、プリンがひどく嫌がっていたのを、思い出したのだ。
「じゃ、ムーンペタへ行くかっ」
カカオは努めて明るく言った。
プリンは握り締めた笛をじっと見つめ、しばらくの間眉をひそめていた。
「……カカオ。……わたし、ムーンブルクへ、行きたいわ……」

◆◇◆◇◆

「ええっ? ムーンブルクへ行くの〜っ?」
船室で食事を取っていたクッキーは思わず飲んでいたミルクをこぼした。
慌ててこぼしたミルクを拭き取りながら、プリンの顔色をうかがう。
「大丈夫よ。わたしが行きたいって言ったの」
「………え?」
カカオが横から口を挟んだ。
「ちっ…まったくよぅ、行きたくないって言ったり、行きたいって言ったり……」
口を尖らせてぶつぶつと言っている。
「…ごめんなさいね」
プリンは苦笑いした。
クッキーは不思議そうに目をぱちくりさせてプリンを見上げた。
「…ねぇ。いいの?」
「ええ」
プリンは微笑みさえ浮かべて、頷いた。
「…でもさ……、…プリンがそう言うなら、良いけど…でも……」
クッキーはどうも腑に落ちない様子で首を傾げている。
「とにかく次の目的地はムーンブルクだっ!」
カカオはそう言い放ち、くるりと踵を返して船室を出ていった。

◆◇◆◇◆

「ねぇプリン、ぼくは、やっぱり行かないほうがいいと思うよ。」
カカオが船室を後にすると、クッキーは立ちあがって、プリンに言った。
プリンは不思議そうにクッキーを見た。
「え。……どうして…?」
クッキーは言いづらそうに目を伏せた。
「……ぼく、…前に一回、ムーンブルク城へ行ったけどさ……」
そこでクッキーは言葉を止めた。
まだプリンが子犬の姿でムーンペタをさ迷っていた頃、クッキーは、カカオと2人でムーンブルク城を訪れたことがある。
その時の、酷い惨状が、目に浮かんでいた。
クッキーは顔を上げ、うめくように言った。
「……見ないほうが…」
プリンはクッキーの言わんとしていることを悟って、悲しそうに目を伏せた。
そして、しばらく沈黙していたが……やがて口を開くと、微笑みを浮かべた。
「…ありがとう。クッキー、心配してくれて……でもね、大丈夫だから。わたし、この目で確かめたいの」
プリンはきっぱりと言った。
「プリン…」
クッキーはしげしげとプリンの顔を見つめ、…それからいつものようににっこりと笑った。
「うん。わかった」

◆◇◆◇◆

一行はムーンブルク城へとやってきた。
「なぁプリン、笛はどうなんだよっ。反応してんのかっ!?」
崩れ落ちた城門の前で、カカオはプリンを振りかえって尋ねた。
……プリンの顔色は酷いものだった。
生まれ育った故郷の、崩れ落ちた城壁、血の染み込んだどす黒い敷石、あちこちに残る、干からびかけた、死体……。
この目で確かめるとは言ったものの、やはりショックは隠しきれない様子だった。
「……ん。ここじゃないみたい…」
プリンは手に持った笛を見つめ、つぶやいた。
「……とりあえず、吹いてみるわね」
プリンは美しい銀の横笛を唇に当てた。

♪〜〜テュ〜〜ル〜〜リィ〜〜ラ〜〜

プリンの奏でる笛の音色は、それは美しいものだったが、しかし山彦は返ってこなかった。
「……やっぱり、ここじゃないみたい…」
「よし、じゃあもうここは良いよなっ! とっとと行くぜっ!?」
カカオはくるりと踵を返し、一刻も早く立ち去ろうと歩き出した。
クッキーが叫んだ。
「待って、カカオッ!」
「なんだっ!?」
さっさと立ち去りたいカカオが怒ったような顔で振り向く。
クッキーは、プリンを見て、おずおずと語りかけた。
「……プリン、いいの…?」
「……わたし」
プリンはうつむいて眉をひそめ、苦しそうに唇をかんだ。
そのまま沈黙が流れる。

つかつかとカカオがやってきて、プリンの手をひいた。
「もう行くぜっ! いいだろ、もうっ!」
そしてプリンを引きずるように足早に歩き出す。
クッキーはカカオに駆け寄ってその肩に手をかけた。
「待ってよカカオっ」
カカオは振り向くとキッとクッキーを睨みつけた。
「…んだよっ!!」
「プリンはムーンブルクに来たいって言ったんだよっ!?」
「だからなんなんだよっ!!」
カカオは勢い良くクッキーの手を振り払った。クッキーはよろめいて、その拍子に尻餅をついた。
「こんなとこ、見たってどうしようもねーだろっ!! プリンを苦しめてどーすんだよっ!!」
カカオは叫んだ。
「で、でもさ…っ」
クッキーが何か言い返そうとすると、カカオは殴りかかりそうな勢いでクッキーにつめ寄った。
「――やめてっ…!」
プリンがカカオの腕にすがりついて小さく叫んだ。
カカオは眉間にしわを寄せたまま、プリンを見た。
「……中に…、城の、中に……入っても、いい…?」

プリンの声は、僅かに震えていた。

◆◇◆◇◆

見る影もなく変わり果てた、城内。
プリンは険しい顔をして、そのまま城の奥へ奥へと進んで行った。
カカオとクッキーも足早にプリンの後を追っていく。

真っ直ぐにやってきた玉座の間で、プリンは驚いて目を見開いた。

玉座の周りをふわふわとさ迷いながら、ぼんやりと輝く、光の玉が見える。
光は徐々に輝きを増し始めた……。

カカオとクッキーは目配せをして、頷きあった。以前城内を探索したときに、同じ光景を見ている。クッキーが口を開いた。
「王様だよ……」

「わしはムーンブルク王じゃ……。わが娘プリンは呪いをかけられ犬にされたという。おおくちおしや……」
何処からともなく響き渡る低い声。声にあわせて、光の玉がゆらめく。
プリンはハッとして口元を押さえた。
「お父さま…!」
プリンの目にみるみる涙が盛り上がった。
「お父さまっ! わたしはここにいます!」
光の玉へ走りより、涙を吹きこぼしながら叫んだ。
「……誰かいるのか……」
声が答えた。…しかし。
「……わしにはもう何も聞こえぬ。何も見えぬのじゃ……」
光の玉の輝きが、徐々に弱まってゆく。
「待って! お父さまっ…!」
プリンは必死で叫び、手を伸ばした。
光はしばらくふわふわとあたりを飛びまわり、ちらちらと輝いていたが……やがて完全に消滅した。
「――おとうさまぁ…っ」
プリンはその場に泣き崩れた。

プリンに母はいない。プリンを産んですぐ、亡くなったと聞いている。
唯一の、肉親が、父王であった。やさしくて、あたたかい、良き父であった。

カカオとクッキーは何も出来ずにただただ見守っていた……。

◆◇◆◇◆

ムーンペタへとやって来た一行は、あっさりと『水の紋章』を手に入れた。

「こーんな石っころ、集めて役に立つのかねぇ」
カカオは、宿屋の一室で、部屋にあった机に突っ伏し、手に入れた紋章をころころと転がしていた。カカオにはスライム型のちょっと変わった石ころにしか見えない。
「…………」
クッキーは天気が良いから、と言って、外へ出かけていった。プリンはここ2日ほど宿の一室に篭っている。「一人にして」と言い残したまま。
カカオは大きくため息をついた。
「……はぁ、やっぱムーンブルクなんか行くんじゃなかったな……」
そうつぶやいて、石ころを睨んだ、その時。
――こんこん
部屋のドアが鳴った。

ギィ…っと、少しだけ開いたドアから覗いた顔は。
「…プリン…」
プリンは驚くほどすっきりとした顔をしていた。
「…カカオ……、今回のことは……あの、ほんとに、ごめんなさいね」
プリンは僅かに頬を染めて、自嘲気味に笑った。
カカオは内心驚きつつ、ほっとした表情を浮かべた。
「な、何言ってんだ…」
プリンはととと…と、カカオの側まで寄り、懐から何か取り出した。
「ねぇ、これ…」
細い銀の指輪。それは『祈りの指輪』だった。
「あ。ああ」
カカオは、以前自分がプリンにやった物だと思った。
しかし、実際は違う。カカオがプリンに贈ったものは、既にルプガナで壊れてしまった。
今ここにある指輪は、たった今、プリンが福引所で手に入れて来たものだ。
「あのね、これのおかげでね、すごく、楽になったのよ…」
プリンはカカオを見つめて微笑んだ。
「……!」
カカオはプリンの笑顔に見とれた。本当に、美しいと思ったのだ。いや、それだけじゃなくて……。
カカオは何故か顔が熱くなるのを感じて慌てて視線をそらした。
「そ、そうか、良かったな」
「ええ、…ありがとう…!」
プリンはまた、微笑んだ。
「わたしの祈りは、届いたかしら…」
カカオは視線を合わせないように気を付けながら、プリンの横顔を盗み見た。
――こいつって、やっぱ……

その時。
――バタンッ、と、勢い良くドアが開かれた。
「カカオ〜ッ! あのね、プリンが…っ!! …って、あれ? プリン〜ッ!?」
何故か慌てた様子のクッキーが駆けこんで来た。
クッキーはプリンの姿を見てぱぁっと顔を輝かせた。
「良かった〜っ!! 元気になったんだね…!」
プリンは振り返ってクッキーに微笑みかけた。
「ふふっ…ええ。……心配かけて、ごめんなさいね」
「良かった〜っ」
クッキーはにこにこと笑った。
「で? なんだ? プリンが何だったんだ?」
カカオは片眉を上げ、不審げに問い掛けた。
「え? あははっぼくの勘違いだったみたい〜」
「?」
「あのね、さっき、プリンに似た人が福引所にいたみたいだったんだ〜っ」
クッキーはにこにこしながら言った。
プリンは。一瞬だけ顔をこわばらせて、それからいつも通りに微笑んだ。
「……そう。似た人も、いるのね…っ」
なぜか、カカオにはその笑顔が不自然に思えて、不思議そうに首をかしげた。
「…?」
しかしそれも一瞬のこと。
カカオは勢い良く立ちあがった。
「よしっ! じゃあさっそく出発しようぜっ!! 次は…………どこだっ!?」



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