ドラクエ2 〜サマルトリア〜





「おにぃちゃああ〜んっっ!!!」

――どかっ!!

長く美しい茶色の髪を振り乱しながら駆け寄ってきた、美しい姫のタックルをくらったクッキーは、姫もろともひっくり返った。
「いたたた…! コ、ココア、あのね…」
クッキーがなんとか身を起こしながら言いかけるのを遮って、ココアは叫んだ。
「もうっ! バカバカバカバカバカバカバカバカお兄ちゃんのバカッ! どぉ〜してココアを置いてったのよぉぅ!!」
クッキーの上に馬乗りになったココアは、目にうっすらと涙を浮かべていた。
カカオとプリンは唖然として顔を見合わせた。

一行はサマルトリア城へとやって来ていた。
近くまで来たので、久しぶりに顔見せに寄ってみたのだ。
城へ足を踏み入れたとたん、クッキーの妹、ココア姫は駆けて来た。
……ココアは毎日、兄の帰りを待っていたのだ……。

「…ブラコン…」
カカオがぼそりとつぶやくと、ココアは顔を上げキッとカカオを睨んだ。そしてすっと立ちあがり、ツカツカと歩み寄る。
「ちょっとカカオ王子! 約束が違うじゃないっ!! お兄ちゃんの許しが出たらあたしも連れてってくれるハズだったでしょう!? なんでちゃんと戻って来なかったのよ〜っ!」
「げ……」
突然怒りの矛先を向けられたカカオは、すっかり忘れていた約束を思い出させられ、一歩後ずさった。
「ど、どっちにしろお前は連れてけねぇよっ!! なぁっ、クッキー!」
冷や汗をかきながらクッキーのほうを見る。……基本的にカカオは女に弱い。
「え? う、うん」
「お兄ちゃんっ!?」
ココアは顔を真っ赤にして今度はクッキーに詰め寄った。
「どうしてよ、お兄ちゃんっ!」
クッキーはココアに胸倉を掴まれ、がくがくとゆすぶられながらも、きっぱりと叫んだ。
「……と、とにかく! だめだよ、お前は!」

ココアはクッキーからふっと手を離した。
――ごちん。
拍子にクッキーは床に頭をしたたか打ちつけた。
ココアの表情がぐにゃりと歪む。
「うう…っ」
とたんにクッキーの顔がさっと青ざめた。
「あ、ああっ! ご、ごめんよ〜ココア、泣かな…」

「うわああああああああーーーーーーーーーーんっ!!!」

◆◇◆◇◆

「うっ……ひっく……おにいちゃんの……バカ……」
ココアは自室に閉じこもり、ベッドに突っ伏して泣いた。
外からいくらクッキーが呼びかけても出てこない。
「ココア〜、ぼくが悪かったよぉ〜っ、出てきてよ、頼むから……!」
「……じゃあ、ココアも、連れてってくれるの……?」
部屋の中から聞こえる涙声。
「うう、そ、それは〜」
クッキーはしどろもどろになって言葉を詰まらせた。
「バカバカバカ! ……もう知らないっ!」

クッキーも泣きそうになってオロオロしていた。
「ど、どうしよう〜、カカオ、プリン〜っ」
「げ……知らねぇよっ」
カカオは慌てて嫌そうに顔を背けた。
プリンが口を開いた。
「……じゃあ、わたしが説得してみるわ」
プリンはいつものように花の微笑みを浮かべている。
「プリン〜っ」
クッキーにはその笑顔が女神のように見えた。

――こんこん
「ねぇ、ココア姫。わたしは、ムーンブルクのプリンです。……出て来てとは言わないから、ちょっとだけ、わたしを中に入れてくれる……?」
ドアの前でプリンが言うと、小さな声がぽつりと答えた。
「プリンさま……?」
少し間があって、やがて少しだけ扉が開いた。長い茶色の髪がさらりと揺れて、ココアがひょこっと顔を出す。その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。

ココアはプリンを見上げると小さく頷いて、扉を少し開けたまま、部屋の奥に引っ込んだ。
プリンはそれに続いて中に入ろうとして、思い出したようにカカオとクッキーを振りかえった。
「絶対に、覗いたりしないでね。」
にこり、とまたいつもの微笑み。
「う、うん! しないよ〜」
クッキーが即座に答えた。
「……おう」
カカオは何を考えているのか目を合わせようとはしなかった。
「……覗いたりしたら……どうなっても責任は持てないわよ?」

◆◇◆◇◆

「ねぇ、ココア姫。……クッキーのことが、心配なの?」
部屋にあった椅子に腰掛けて、プリンが尋ねた。ココアはベッドに座ったまま、こっくりと頷いた。
目の前にいるプリンの、余りの美しさ高貴さにココアは少々気おされていた。それでもココアは気丈に言った。
「……あのね、お兄ちゃんは、わたしより全然魔法も使えないし、剣だって上手くないの」
「あら。それは、いつのこと?」
プリンが意外そうに言う。
「えっ。んと。……旅に出る前だから……もう、半年くらい経つのかな」
「あのね、クッキーはすごく強くなったはずよ。ココア姫が知ってるよりずっと」
「……え、でもっ……!」
プリンはすっと立ちあがると、ベッドに腰掛けていたココアの前にしゃがみこんだ。
「ねぇ、姫」
赤い瞳がココアを真っ直ぐ見上げる。
「クッキーを信用してあげて」
「…………でも。もしもね、お兄ちゃんがココアの知らないところで死んじゃったりしたら、やだよぉっ……」
ココアはポロポロと涙をこぼした。
「ふふっ……本当に、クッキーのことが好きなのね」
ココアは鼻をすすりながらこくりと頷く。
「でもね、クッキーだって、同じよ。あなたの事が大好きなの。だから、危険な旅なんてさせたくないのよ」
「……そんなの……ココアは、平気だもん……」
ココアはまだ納得しないようすで口を尖らせた。
プリンはふっと小さくため息をついて立ちあがった。
ココアが不思議そうに見上げる。
「……プリンさま……、えっ!?」
プリンはおもむろに着ていたローブを脱ぎ始めた。
「…………」
目の前の美しい人の突然の行動にココアが驚いてぽかんと口を開ける。

「ねぇ、見て、ココア姫」
薄布一枚になったプリンが手招きすると、ココアは立ちあがってプリンの側へよった。
「……!」
そして思わずはっとして口元を押さえた。
肩口から。斜めに傷跡がある。もう塞がってはいるようだが、何か鋭利な刃物で抉られたような、かなり深い傷だったことがわかる。
「プ、プリンさま…っ? これは、どうしたの…?」
「旅の途中で、ね」
プリンが自嘲気味に笑う。ココアはそっと指先で傷跡に触れた。そしてポロポロとまた泣き始めた。
「……ごめんなさいね。少し、驚かせちゃったかしら…」
ココアはぶんぶんと首を横に振った。
「……プリンさま、……きれいなのに…」

「ねぇ、クッキーはあなたをこんな目にあわせたくないのよ。わたしも、カカオもね。」
プリンが優しく微笑むと、ココアは顔をごしごし擦った。
「お兄ちゃんは、ほんとうに強くなった…?」
「ええ」
プリンが力強く頷くと、ココアは小さく呟いた。
「……わかった…」
プリンは俯いているココアにすっと手を伸ばして、そっとその身体を抱きしめた。
「ごめんね、姫。クッキーの力が、必要なの。クッキーを、貸してちょうだいね……」

◆◇◆◇◆

「コ、ココア〜っ!!」
部屋から出てきた2人をみるなりクッキーは駆け寄った。
「ご、ごめんよ、ココア。ぼく」
「…もうわかった」
「え?」
「いいよ、行ってきて。お兄ちゃん」
ココアはにこっと笑って言った。そんな笑顔はやはりクッキーと少し似ている。クッキーは驚いてココアとプリンを見比べた。
プリンはふふっと笑ってクッキーにウインクを送った。
「……ねぇ、お兄ちゃん『ベギラマ』くらいは使えるようになったの?」
「えええっ!? う、うん、もちろんっ!」
ついクッキーは慌ててしまったがこれは本当のことである。
「そっか……ほんとうに、強くなったんだね……」
ココアはまた微笑んだ。……その微笑みは、どこか寂しげに見えた。
「頑張ってね! お兄ちゃん!」

「そういえば、カカオはどうしたのかしら……?」
ふとプリンが呟いた。
「ああ、カカオなら、2人が部屋に入ってからすぐどこかへ行っちゃったけど…?」

◆◇◆◇◆

その夜。
王様へ一通りの挨拶をすませ、一行はサマルトリア城へ泊まる事になった。
カカオとプリンはそれぞれ客室へ案内され、クッキーは久々に自室でくつろいでいた。

「お兄ちゃん、起きてる?」
クッキーの部屋をノックする音がして、ココアが顔を出した。
半分眠りかけていたクッキーは目を擦りながら起きあがった。
「……ん〜起きてるよ。どうした〜?」
ココアはたたたっと走ってベッドに駆け寄った。
「ねぇ、プリンさまのことなんだけど」
ココアは妙に目を輝かせてクッキーを見上げた。
「……プリンのこと?」
「お兄ちゃん、どう思う?」
「どうって?」
オウム返しに答えるクッキーに、ココアはイライラした様子で口を尖らせた。
「もう! 鈍いんだから。好きかって聞いてるの!」
「好きかって…………ええ〜!?」
クッキーは急速に顔を真っ赤にそめて目を白黒させた。
ココアは満足そうに笑った。
「あははっ! お兄ちゃん、好きなんだ! やった〜!」
「えええ!? いやそんな事ないけど…っ!? やった〜って何??」
大慌てで汗をかいているクッキーをよそに、ココアは嬉しげに笑っている。
「あたし、プリンさまみたいなお姉さまが欲しいの。ううん、プリンさまにお姉さまになって欲しいの!」
「ええ? そそそれって…!?」
クッキーはさらに汗を噴出してどもっている。ココアは構わずきっぱり言った。
「いい!? お兄ちゃん! この旅の間に、なんとかするのよっ!!!」

「え、ええええええ〜〜〜〜っ!?」

◆◇◆◇◆

一方そのころ。
明かりを消した客室で、ベッドに横になっていたカカオは眠らずに天井を睨んでいた。
「ああ〜あ。やっぱり覗くんじゃなかったぜ……」
やはりカカオはしっかりとココアの部屋を覗いていた。
そして。プリンの傷を見てしまった。
(あれってやっぱりあれだよな……大灯台の……)
大灯台で、プリンはカカオを庇って怪我をした。その時の、傷跡。
カカオはごろりと寝返りをうった。昼間見たプリンの姿が目に焼き付いて離れない。
その姿はあまりに美しくて、美しいからこそ余計にその傷跡は痛々しく映った。
「……はぁ…」
カカオは再度寝返りをうち、深いため息をついた。


2人の王子はそれぞれの想いを胸に、眠れぬ一夜を過ごしたのである……。


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