ドラクエ2 〜ローレシア〜


カカオ一行はローレシア城へとやってきた。
城へ入ると、カカオはあっという間に召使いの女たち数人に取り囲まれた。

「カカオさまっ! ご無事でしたのねっ」
「ああ王子さま! お戻りになられたのですね…っ!」
女の中には目に涙を浮かべている者もいる。
カカオは上機嫌で女たち1人1人に笑顔で答えていた。

プリンはむっとして目を細めた。
クッキーはそんなプリンを横目にそっとため息をつき、それからいつもの口調で言った。
「ふ〜ん、カカオは、女の子に人気があるんだねぇ…」

……と、カカオの背後から男の声がした。
「カカオ王子っ」
カカオが振りかえると、すらりとした長身の若い兵士が笑顔で手を振っていた。
「ようっ、ナッツ!」
「お久しぶりです王子! よくぞご無事で!」
「あったり前だっ、俺はこの城の誰よりも強いんだからなっ」
ナッツと呼ばれた兵士は女たちを避けてカカオに近づいた。
「あっはっは、相変わらずですね、王子」
ナッツとカカオは固い握手を交わした。
「……本来ならば、私も王子についていきたいのですが。……しかし私には王様をお守りする役目が……」
「ああ、おまえは親父を守ってやってくれ。親父ももう歳だからな! 俺は前よりずっと強くなったぜ!」
「おお、では後で手合わせを願いますよ」
「望むところだっ」
2人が笑いあい、取り囲む女たちも一緒になって笑う。

クッキーはしみじみと感心してその様子を眺めていた。
「ふぅ〜ん。男の人にも人気があるんだねぇ…」
「……そうね。なんだか意外だわ」
プリンはぼそりと呟いた。

◆◇◆◇◆

女たちや兵士と別れ、玉座の間へと向かう途中。
突然、プリンが青ざめて立ち止まった。
「……ねぇ、カカオ…ッ」
「どうした?」
「なにか……いま一瞬、いやな感じが…」
プリンは身をすくめ両腕で身体を抱きしめた。
「あ? 俺はなんにも…?」
カカオがクッキーに視線を投げると、クッキーもなんの事かと言った風に首を横に振った。
「……なにか…、足元からイヤな気配がするの……ねぇカカオ、このお城って地下になにか…?」
プリンは眉をひそめて足元を見た。
「地下? …俺は地下に用はねぇからなぁ……なんかあったか……ああ!」
カカオはふと思い当たる節があったのか顔を輝かせた。
「牢屋だ!」

3人はひとまず王に挨拶に向かった。
牢のことも気にはなったが、とりあえず後回しにした。

「よくぞ帰った! カカオよ! うむ、旅は順調のようだなっ!」
カカオの父、ローレシア王は3人をみると、しわだらけの顔をさらにしわくちゃにして満足そうに笑った。
「や、プリン王女よ、こたびの事はまこと遺憾であり、そなたもさぞや大変な思いをして来たのであろうが、くじけるでないぞ。見事ハーゴンを打ち崩したその時には我がローレシアもムーンブルク再建に尽力すると約束しよう、…それにクッキー王子、カカオはなにしろワガママに育ててしまったゆえ大変なことも多かろうがそこはひとつ歳の近いお前達のことどうかよろしく…」
「親父っ!!」
長くなりそうなローレシア王の口上をカカオは遮った。
「なんじゃカカオ」

「地下の牢屋の事なんだけどよ」
言った瞬間ローレシア王の顔がこわばった。
「何!? まさかお前地下牢へ行ったのか!」
突然険しい表情になった父王にカカオは驚いた。
「……いや、まだ行ってねぇけど……、なんか、あるんだな?」
王はしまった、というように顔をしかめた。
「ならんならん! 決して近づいてはならんぞ!!」
「……あるんだな」
「近づくなといっとろうがっ!」
白い髪を逆立てんばかりに怒鳴る王をよそに、カカオはふっと笑った。
「わかったよ、親父。近づいたりしねぇって」
「……む、むぅ」
王はカカオの態度に不信感を募らせながらも一応は落ち着きを取り戻し咳払いした。
「よいな、クッキー王子にプリン王女も。地下へ行ってはならんぞ。……いや、カカオを近づけんようよろしく頼む」

◆◇◆◇◆

その日の、深夜。
やはりカカオは地下牢へ続く階段を下っていた。

……と。
「カカオ…」
背後から突然声をかけられた。とっさに、念の為手にしていたひのきの棒を声の主に付きつける。
主は慌てて両手を上げた。
「ぼ、ぼくだよ〜」
「……クッキー」
カカオは呆れ顔でひのきの棒を降ろした。
「なんだ、お前もきたのかよ」
「う、うん」
クッキーが言うと、カカオは凄みをきかせてクッキーに詰め寄った。
「まさか親父に言われたからって止めに来た訳じゃねぇよな?」
「ま、まさか、違うよ。ぼくも気になったんだよ〜」
見ればクッキーは完全に武装している。カカオは城中という安心感から大した装備はしていなかった。
「…よし、じゃ行くぜ」

2人は並んで階段を降り、目的の牢へ続く通路にやってきた。
「……暗くて良く見えねぇな…」
通路にはわずかにランプが1つ灯されているだけだった。

「こんなところでなにをなさっておいでですっ!!」
突然。背後からドスの利いた声で怒鳴りつけられた。
「げっ! マカダミアン兵士長…!」
そこには体格の良い壮年の兵士が剣を持って身構えていた。
「王子! 王の言い付けをお聞きになられなかったか!?」
「なんでそんなに…! 大体なんで兵士長のあんたがこんな牢屋なんかの見まわりを…」
カカオが言い終わらないうちに兵士長はカカオとクッキーの後ろに回り、出て行くようにと背を押した。
「ええい、ここは王子さま方が来るような所ではございませんっ! 即刻立ち去られるよう!」
「なぁっ! 何があるんだよっ」
カカオは背を押す兵士長の腕をかわして彼に向き直った。
「王子っ!」
マカダミアン兵士長が叫ぶ。クッキーはこの兵士長なる人物の風格とあまりの剣幕に気おされてカカオの背に隠れるようにして様子をうかがっている。
「即刻立ち去らねば力ずくでも出てもらいますぞっ!」
兵士長は再度剣を構えた。
クッキーは青い顔をしてオロオロと兵士長とカカオを見比べた。カカオはむっとしてひのきの棒を握り締めた。
「忘れたのかよっ! 俺はあんたに勝ったんだぜっ!?」
旅立つ直前のことである。それまでローレシア一の戦士と歌われていたこのマカダミアン兵士長を、カカオは遂に打ち破ったのだった。
「……しかし今あなた様はひのきの棒しかお持ちで無い。私は鋼の剣を持っています。多少傷つけようが近づかせぬようにとの王のご命令! これ以上進むというのなら手加減は致しませぬ!」
兵士長は一歩も退かぬ様子で構えた。
「ちっ…」
カカオは兵士長の本気を察して舌打ちした。
「や、やめようよ〜カカオ〜っ」
クッキーがオロオロとカカオの袖を引く。

……と。
「何事ですっ!?」
階段の上の方でばたばたと足音がした。降りて来たのは昼間の若い兵士。
カカオはホッとして彼に語りかけた。
「ナッツ! おい兵士長をなんとか…」
「王子っ!? 何をなさっている!!」
ナッツはカカオとマカダミアン兵士長が対峙しているのをみて顔をこわばらせた。
「……っ!?」
味方と思ったナッツまでもがカカオに対して剣を構え、さらに階上へ向かって叫んだ。
「誰かっ!! 王子達が牢へ向かっている! 止めるのだっ」
一気に数人の兵士たちがなだれ込んできた。
「……!??」
あまりの異常な事態にカカオは困惑し、クッキーは青くなって震え出した。

「てめぇらっ! 俺はここの王子だぜっ!! 俺に逆らう気かっ!?」
カカオは激怒して叫んだが、兵士たちに退く様子は無かった。よほど王の命令が行き届いているらしい。
「……よーし、止めれるもんなら止めて見やがれっ!!!」
カカオは叫ぶなりひのきの棒を振り回して走り出した。
「わわわ、待ってよぉ〜っ!」
クッキーも慌てて後を追う。
兵士達は本気でカカオに斬りかかって来た。
――ヒュンッ
「うおっとお!」
打ち下ろされた剣をすんでのところで避けて、カカオは兵士の横っ腹に思いっきりひのきの棒を打ち込んだ!
兵士は吹っ飛んでうめいたが、しかし直ぐまた別の兵士が襲いかかってくる。
「ちぃっ! おいクッキー援護しやがれっ!!」
カカオは身を沈めて剣を避け、兵士に蹴りを入れながら叫んだ。
クッキーは青ざめてオロオロしている。
――ビュッ
――ヒュンッ
「くっ」
複数の兵士達の同時攻撃をなんとかかわし切ったカカオに、ナッツの一撃が襲いかかった!
「王子! お覚悟っ!!」
――ザシュッ!!
「……っ!」
ナッツの剣はカカオの利き腕を掠めた。鮮血があたりに飛び散る。
「もうお止め下さい、王子!」
ナッツが剣を降ろし、肩で息をついた瞬間。
『――ベギラマッ』
激しい電撃がナッツを襲った。
「…がああっ…!」
崩れ落ちるナッツを避けてカカオは通路の奥へ向かって駆け出した。
「でかしたクッキー!」
言いながら残りの兵士をひのきの棒で殴りつける。
クッキーは後に続いて走りながら、不安げにナッツを振りかえった。
「ご、ごめんよ〜」
「……ううっ、お、お待ちを…!」
ナッツは床に転がってうめいた。

走る2人の前にマカダミアン兵士長が立ちはだかった。
「……まだやるってのか!?」
兵士長以外の兵士たちは皆もう通路に転がっている。
「無論! ここを通す訳には行きません!」
斬りかかる兵士長を前にカカオは息を切らしつつ身構えた。斬られた右腕が震える。態勢は明らかに不利だった。

『ラリホーッ』

突然。聞き覚えのある澄んだ声が響き渡った。
「ううっ!?」
マカダミアン兵士長は激しい睡魔に襲われがくりと膝を突いた。
「く、くっ……プリン王女までも…」
兵士長はそのまま床に突っ伏した。

カカオが振り向くと、そこには杖を振りかざしたプリンがいた。
「プリンッ! お前も来たのかよっ!?」
「あら。いけなかったかしら…? 今、なんだか大変そうだったけど…」
ふふっ、とプリンが笑う。
「……っ!」
カカオは悔しそうにプリンを睨んだ。
「べホイミ、かけましょうか?」
微笑むプリンを無視してカカオはクッキーを振りかえった。
「クッキー、頼む!」
「え!? う、うん〜」
クッキーが慌ててカカオにべホイミをかけた。
プリンはくすくすと笑った。

◆◇◆◇◆

3人は牢の前の通路、最奥へと辿りついた。
「なんにもねぇじゃねぇか…」
カカオは注意深くあたりを見まわしたが、変わったところはない。
「いいえ! 居るわ…! 感じる……!」
プリンが小さく叫び、牢の奥を睨んだ。

「おや。誰かいらっしゃったのですか…」

不気味な、声が響き渡った。
牢の奥に、何かが居る。カカオは牢をこじ開けようと鉄格子に手をかけた。
――バチィッ!!
「…ってぇ!!」
触れた瞬間、火花が散った。その牢には特別な仕掛けが施されていた。
「カカオ、これ。さっき兵士長さんからとって来たんだけど……」
クッキーが差し出す。それは牢屋の鍵だった。
「ちっ……早く言えよっ」
カカオが鍵を開けようと手をかけると、プリンが叫んだ。
「待ってカカオ! 危険だわ……っ」
「そんなのは分かってんだよっ」
カカオは牢の扉を開けた!
瞬間。
すさまじい妖気が溢れだしあたりを支配した。

「ほっほっほっ。私をここから出してくれるのですか? ありがたいことです」
中には1人の神官が居た。妖気は神官を中心に大きく渦巻いている。その顔は異常なほど白く、目はぬらぬらと青白い光を放っていた。
3人がとっさに身構える。
「あなた方の亡骸をハーゴン様への手土産にしてあげましょう」

悪魔神官が現れた。悪魔神官はすっと片手を上げた。

『イオナズン!!』

爆撃があたりを襲う。それが戦いの合図だった。

◆◇◆◇◆

翌朝。
悲鳴が、ローレシア城を突き抜けた。

地下牢の異変を見つけたメイドの悲鳴だった。
そこには、床に倒れ気を失っている兵士たちと、それに。
体中血にまみれ、瀕死状態の、王子2人と王女の姿。
そして、一体の魔物の死体が転がっていた。

◆◇◆◇◆

「くおの、おおばかものっ!!!」

きぃ〜〜〜ん。
耳元で叫ばれたカカオは思わず目を閉じて顔をしかめた。しかし包帯を巻かれた手が動かないので耳を塞ぐことが出来ない。
「あれほど牢へ近づくなと言ったであろうがっ!!」

カカオ、クッキー、プリンの3人は3つ並んだベッドに寝かせられ、ローレシア王の説教をくらっていた。
「まぁ、いいじゃねぇか。結果的には勝ったんだし…」
カカオが言い返そうとすると、ローレシア王はさらに怒鳴った。
「死にかけではないかっ!!」
たしかに3人はまさに死にかけと言える重傷を負っていた。
悪魔神官はそれほどの強敵だった。
「アレはローレシア軍総出でなんとか捕らえた魔物だったのじゃぞっ!!」
「……てことは俺ら3人はローレシア軍に匹敵するわけだ」
カカオはにやりと笑った。
「……むぅ。そうじゃな、お前達も強くなったの…………ばかものっ! 今はそういうことを言っておるのでは無いっ! よいか、お前は物事を短絡的に考えすぎる! そんなことでは次期ローレシア国王として…」
長くなりそうな話にうんざりしてカカオはプリンに目配せした。
(呪文、使えるか?)
プリンは少し考え込むように眉をひそめ、ローレシア王を見たが……
(わかったわ)と言うようにカカオに目配せを返した。
ローレシア王が説教を続けながら、くるりとカカオ達に背を向けた、その時。
(『ベホマッ』)
ピンクの光がカカオを包み込んだ。
「サンキュー、プリンッ!」
カカオがベッドから飛び出した。
続いてプリンも、自分とクッキーをベホマで回復し、ベッドから飛び出す。
カカオは勢い良く出口の扉を開け、振り向きざま王に手を振った。
「じゃあな、親父! またそのうち来るから元気でなっ!!」
プリンはドアのところで立ち止まり、ローブの裾を片手で少し持ち上げて、ペコリと王にお辞儀した。
「失礼致します、ローレシア王」
そして踵を返してカカオの後について走る。

「な、な……」
呆気にとられるローレシア王の脇を、1人出遅れたクッキーが慌てて走りぬけた。
「い、いいのっ!?? 2人とも〜っ!? ……王様、ごめんなさいーっ!!」

部屋には王が1人取り残された。

「……。……な、なんという呆れた連中じゃ…!!」
王は顔を真っ赤にしてしばらく開け放たれた扉を眺めていた。……が、やがて嬉しそうに笑い出した。
「わっはっはっはっはっ! まったく頼もしい連中じゃわい…っ!」



<もどる|もくじ|すすむ>