ドラクエ2 〜デルコンダル(前)〜





「はるばるデルコンダルの城へよくぞ来た!」
2メートルはあろうかという巨漢の王は玉座から立ち上がり3人を見下ろした。
とても王とは思えないほどの強靭な体つき。顔には斜めにざっくりと刀傷の痕があった。
王というよりは海賊の棟梁とでも言ったほうがよほどしっくりくる風貌。
両脇には露出度の高い透けた服を着せた女たちを数人ずつはべらせている。
「……して、紋章とな」
王は浅黒い顔を歪めにやりと笑った。

カカオ一行は、例によってやまびこの笛が紋章に反応したのを確認し、デルコンダル大陸へ上陸した。
城中に紋章があることは確実のようなので、王に尋ねることにしたのだった。

「…はい。この城に、紋章があるのではと…」
王の前にひざまずいていた3人のうち、プリンが顔を上げてそう言った。
王は、側にはべらせていた女の一人に、手のひらに収まる程の大きさの、月型の石を持って来させた。
「はっはっは!!…それはこの石のことか!…『月の紋章』というらしいな。しかしわしには何の役に立つ物とも思えん!」
王は石を手のひらで転がしながら言った。プリンはクッキーと顔を見合わせ表情を輝かせた。
「では、その紋章を私達に…」
「しかしタダではやらん!」
王は目を光らせて再びにやりと笑った。
「わしと賭けをせぬか…?」

「賭け?」
プリンが不思議そうに眉をひそめる。
王は腰に帯びていた飾り刀をすらりと抜き、カカオの鼻先にすっと突き付けた。
カカオは一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに王をギロリと睨みあげた。
「はっはっは!ローレシアの王子よ!そちは随分腕に覚えがありそうだ。どうだ?わしのペットと勝負せぬか!」
「ペットだと…?」
カカオは口の中で呟いた。その眉がぴくりと釣り上がる。

「もしそちが勝てばこの『月の紋章』を褒美として授けよう…!」
「へっ!どんなペットかしらねぇがこの俺様はどんな勝負だって受けて立ってやるぜ!」
カカオは立ちあがって叫んだ。
「ちょ、ちょっとカカオ、相手は王様…」
クッキーが慌ててカカオの服の裾を引いた。
「わっはっは!やはりな!血の気の多い奴だ!…しかしそれだけでは賭けが公平でないな…」
王はプリンを一瞥した。プリンは、ぞくりと背中に冷たいものを感じた。
デルコンダル王はカカオの正面まで歩み寄り、…そしてすっとプリンを指差した。
「もしそちが負けた時は…その時はムーンブルクの王女を置いて行ってもらおうか!」

「?!!」
3人がそれぞれに驚きの表情を浮かべる。王は構わず続けた。
「既にムーンブルクは滅びたと聞く!ここへ残っても差し支えあるまい、なぁ、プリン王女よ、…わしはそなたが気に入ったのだ!」
プリンは驚いて口をわずかに開けたまま言葉を失っている。

「ふ、ふざけんなっ!!」
カカオは激昂してデルコンダル王に掴みかかった。
側に控えていた兵士たちが慌てて剣に手をかけ走り寄る。
「さがれいっ!!」
デルコンダル王が叫んだ。兵士たちはそのまま動きを止めた。
胸倉を掴んだカカオの腕を、王は捻りあげようと掴み返した。
2人の腕の血管が浮き上がり、小刻みに震える。力は均衡しているようだった。
「ほう…!やはり中々やるようではないか…」
王は嬉しそうに唇の端を上げた。
クッキーはたまらず叫んだ。
「王様!プリンは関係ないじゃないですかっ!!」

「ふんっ…!しかしそち達はこれが欲しいのだろうがっ!」
王は月の紋章を高く掲げた。
「プリンを賭けるくらいなら、そんなもの要りません!」
クッキーがきっぱりと叫んだ。
「いいえ!」
プリンはすっと立ちあがり、クッキーの前に腕を伸ばして制した。そしてデルコンダル王を真っ直ぐに見つめる。
「わかりました。…乗りましょう…」

「プリンッ!?」
カカオとクッキーが同時に叫んだ。
「…カカオ、クッキー…」
プリンは2人を交互に見ながら言った。
「…わたし、紋章は絶対に必要なアイテムだと思うの。だから…」
「だからって…」
カカオの手がデルコンダル王の胸からするりと離れた。
「わっはっは!どうやらわしはプリン王女に気に入られたらしいな!安心せい!滅びたとはいえ一国の王女。妃の1人として正式に迎えようぞ!」

「んだとっ!!俺が勝ちゃいいんだろっ!!」
カカオは顔を真っ赤にして怒鳴った。続いてクッキーも叫ぶ。
「ぼくも戦うよっ!!」
王は2人の王子を一睨みすると、低い声で言い放った。
「勝負は一対一だ。…わしのペットは『キラータイガー』」
そこまで言うと王はくるりとカカオ達に背を向け、玉座へどかっと腰掛けた。すぐさま女の1人が酒の入ったグラスを差し出す。王は受け取ったグラスを傾けながらニヤリと笑った。
「…では明日。コロシアムで勝負だ。楽しみにしておるぞ!わっはっはっはっは!!」

◆◇◆◇◆

城を出た王子達は街道をどかどかと踏み鳴らして歩いた。
「ねぇプリンッ!ああは言ったけど、止めたほうがいいよっ!このまま城を出ちゃえば…」
クッキーが必死の形相でプリンに言ったが、カカオはそれを怒鳴りつけて遮った。
「ざけんなっ!勝ちゃいいんだろがっ」
しかしクッキーも今回ばかりは引き下がらない。
「だってもし負けたらプリンが…」
「負けねぇよっ!!なめられたまま帰ってたまるかっ」
「でも…!」

後ろを歩いていたプリンが小さくため息をついて口を開いた。
「『月の紋章』は必要よ。…仕方ないわ。カカオが勝てばいいんだもの…」
そう言って、汗ばんだ手の平をぎゅっと握り締めた。

「おう!俺は勝つぜ!」
カカオが自信ありげに答える。
「…でもさ、カカオ、もし万が一負けたらどうすんのさ!プリンはあの王様のお妃になっちゃうんだよっ!?」
「ばかやろぉっ!!誰があんなスケベオヤジにプリンをやるかよっ!」
「で、でも…」
まだ言い返そうとするクッキーに、カカオは叫んだ。
「俺は絶対に…死んでも負けねぇっ!!」

◆◇◆◇◆

その日、3人は城下町に宿をとった。
夜。プリンの部屋を尋ねるクッキーの姿があった。
「プリン…起きてる…?」
扉がわずかに開いて、プリンが顔を出した。
「クッキー…」
プリンの洗い髪がほのかに薫ってクッキーは顔を赤らめた。

クッキーは椅子に腰掛けてひざに手をついた。
「カカオはああ言ったけど、ぼくはやっぱり心配だよ」
眉間にしわを寄せて、プリンを真っ直ぐ見上げる。
プリンは微笑んだ。
「ふふっ…ありがとう。…でも大丈夫よ。もし負けても、王妃だもの。悪くないわよ」
そう言って悪戯っぽい微笑みを浮かべる。
「ええっ!!!?プリン!!まさか、あの王様みたいなゴッツイ人が好きなの〜っ!?」
クッキーは目を白黒させた。
「あははっ…どうしたのよ、クッキー、冗談よ…」
プリンは笑いながらベッドに座った。
「…冗談…」

クッキーは心底ホッとした様子で、大きくため息をついた。
「…………」
「…クッキー?」
プリンはクッキーの顔を覗き込むようにして首をかしげた。
クッキーは、妹のココアの言葉を思い出していた。

―お兄ちゃん、この旅の間に、なんとかするのよ…!

「…ねぇ、プリン。ぼくさ、ぼく…」
クッキーは真剣な顔でプリンを見つめた。
「?なぁに?」
「…明日は絶対、プリンを守るよ。」
「…」
プリンは瞳を見開いた。
「クッキー…」
「…もし、カカオが負けちゃったとしてもね。」
クッキーはいつものようににっこりと笑った。

◆◇◆◇◆

プリンの部屋を後にしたクッキーの前に。
廊下の壁に寄りかかって、腕組みしている人影が見えた。
「おい、クッキー…!」
「!カカオ…!?」
その表情は薄暗がりの中でもはっきり見て取れるほど怒っていた。

カカオはつかつかとクッキーに歩み寄ると、手を伸ばしてそのほっぺたをつねり上げた。
「俺は負けねぇって言っただろが…っ!」
「い、いひゃい、いひゃい〜っ!!」
クッキーがもがく。
「ふんっ」
カカオがパッと手を離すと、クッキーは涙目になって頬を押さえた。
カカオはそんなクッキーを見てため息をついた。
「おまえよぉ……」
珍しく歯切れの悪い口調。
「?…??」
クッキーはまだ頬を押さえて眉間にしわを寄せている。
カカオはクッキーを一睨みして首を振った。
「…なんでもねぇっ」
「?」

「いいか、俺は勝つ!プリンは俺が守ってやるから安心して見物してろっ!!」

カカオはくるりと背を向け立ち去ろうとして、それからもう一度クッキーを振りかえった。
「でももし…、…万が一、俺が負けそうになったら……そん時は、クッキー、お前にまかせる」
「え?」
「プリンを連れて逃げろ。お前の力なら、こんな城十分逃げ出せるだろ!?」
クッキーは唖然としてカカオを見返した。
「ま、そんなことは万に一つもねぇがなっ!!」
カカオはそれだけ言うと足早に行ってしまった。
クッキーは不思議そうにカカオの後ろ姿を見送った。
(…そういえば、カカオ、なんでここにいたんだろ…?)
「…。」
クッキーは、しばらくそこに、ぼんやりと立ち尽くした…。



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