ドラクエ2 〜ココロのメロディ〜





黒目がちの美しい瞳を持つその少女は、ペルポイの街のアイドル的存在だった。
「わたしは、街の歌姫アンナです。」
そう言った声は驚くほど透き通って、それだけで聞く者をさわやかな心地にさせる。
カカオはぼおっと少女に見とれた。
「お、俺は、ローレシアのカカオ。ハーゴン征伐の旅をしてるんだ。」
カカオはしまらない笑顔をアンナに向けた。
「なあ、歌をきかせてくれよっ」
「はい。歌は得意ですから」
アンナが人なつっこい微笑みを浮かべると、カカオの鼻の下はのびきった。
はぁ…っ、とクッキーはため息をついて、恐る恐るプリンを振りかえった。
プリンは。
悲しそうに目を伏せて俯いていた。
(―えっ?)
クッキーは意外そうにプリンを見つめた。
こんな時、プリンはいつも、怒った顔でカカオを睨みつける、はずである。
「…プリン?」

プリンはくるりと背を向けると、たっとその場から駆け出した。
「えっ、ちょっ…プリン!?…カカオっ、プリンが」
クッキーは慌ててカカオの方を振り向いたが、カカオは楽しげにアンナと話している。
「プリンッ」
みるみるうちに小さくなるプリンの後姿を、クッキーは急いで追いかけた。
アンナ
◆◇◆◇◆

「はぁっ…はぁっ…」
プリンは街外れまで駆けて来て、足を止めた。
上がった息を整えるように、胸の辺りを押さえる。

(…どうして。どうしてこんな。)
嫌な気持ちになってしまうのか。

プリンはうすうす気づき始めていた。
(…わたし。わたし、もしかしたら。……カカオの…、事が)
そこまで考えて、かぁっと頬を紅潮させた。そしてぶんぶんっと首を振る。
(…今は、そんな事考えてる時じゃないわ…)
「………」
顎に手をあて小首をかしげる。
プリンはそのまま、街の片隅に、ぼんやりと立ち尽くした。

…と。
―がさがさっ…と。
背後にあった植木の茂みが揺れた気がした。
「…誰っ!?」
ここは人通りも少ない薄暗い路地裏である。先ほどまで人の気配などしなかった。
「…ちっ、見つかったか!!」
ぱっ…と、人影が茂みから飛び出した。
「…!」
「へえ。キレイなお姉ちゃんだな」
長髪を後ろで束ねた、すらりと背の高い、軽薄そうな優男。しかし、その手には不似合いな短剣を握っている。
プリンは杖を握り締め身構えた。
「俺はラゴスってんだ。…俺の名前、知ってる?」
「…?」
プリンは杖を構えたままで不審そうに眉をひそめた。
男はニヤリと笑った。
「…知らねぇんなら、いいんだ。驚かして悪かったな。」
ラゴスと名乗った男は短剣を納め、両手を上に上げた。
プリンも、緊張は解かないままで、杖を降ろす。
「…ほんとに、キレイな姉ちゃんだなぁ…」
ラゴスはプリンをまじまじと見つめると、顎に手を当ててため息をついた。
「…なんなの…?」
プリンが言うと、ラゴスはぴゅうっと口笛を吹いた。
「うん。キレイな声だ。歌姫のアンナにも勝てるんじゃねぇか?」
プリンはキッと男を睨みつけた。
そんな風に誉められるのは好きではないし、…その名前は今は聞きたくなかった。
「あれま、しかしアンナと違って愛想がないねぇ」
「用が無いなら、立ち去りなさい!」
プリンが叫ぶと、ラゴスは肩をすくめた。
「立ち去りなさい、か。はっはっは、随分だなぁ…」
ラゴスは言いながら、つかつかとプリンに歩み寄る。
「ちょっと…!」
プリンが一歩後ずさり、再び杖を構えた。
「これ」
ラゴスは懐から一本の鍵を取り出した。
「やるよ。…あんたみたいに、高貴そうな美人な姉ちゃんは大好きだ」

ラゴスはうやうやしくプリンの手を取り、鈍色の鍵を握らせた。
「出会いの記念にどうぞ。…きっと、役に立つと思うぜ」
ラゴスは正面からプリンの顔を覗きこみ、不敵に笑った。
「…」
プリンはただ怪訝そうに見返す。

不意に、ラゴスはすたんっと屋根に飛びあがった。
「えっ…」
プリンが慌てて屋根の上を仰ぐ。
屋根に上がったラゴスは、思い出したように、「そうそう」と言ってプリンを見下ろした。
「…美人を泣かすなんざ、とんでもねぇ男だぜ。止めときなっ」

「…!?」
驚いて目をまたたかせるプリンを残し、ラゴスは屋根づたいに去って行った。

取り残されたプリンは、手の中の鍵に目を落とした。良くみると、鍵にはなにやら文字が掘りこまれている。
「…『テパ』…?」

◆◇◆◇◆

「プリンッ!」
呆然としているプリンの元へ、クッキーが息を切らしてやって来た。
「…今の、誰!?何もされなかったっ??」
肩を掴んでプリンの様子を確かめる。
「…ええ。大丈夫よ」
プリンはにこりと微笑んだ。
いつもの、優雅な微笑み。クッキーはほっとした様子で胸をなでおろした。
(…よかった。機嫌も、直ったのかな…?)そしておずおずと切り出す。
「…ねぇプリン?…さっきは…どうしたの…?」
プリンは一瞬きょとんとしたように、目をぱちぱちさせて…それから苦笑いした。
「…ごめんなさいね。なんでも、ないの…」
「あのさ、もし・もしかして、さ。プリン…、カカ」
「あっ!」
プリンは急に声を上げ、後ろを振り返った。
「ねぇ、クッキー、歌声が、聞こえない?」
「……え。…うん。」
はぐらかされ、間延びした返事を返すクッキー。確かに、女の歌声がかすかに聞こえる。
プリンは落ち着かない様子でクッキーの顔色を覗い、笑顔を作る。
「ほら。さっきの、歌姫さんだわ、…きっと。行ってみましょうっ?」
「……」
ぎこちない、プリンの笑顔に。
クッキーは、問い詰めるのを、やめた。

◆◇◆◇◆

アンナとプリンの声が絡み合い、それは美しいハーモニーを奏でた。
2人が公園の真ん中に並んで歌うと、通り掛かる人全てが足を止め、あっという間に黒山の人だかりが出来ていった。

「やるなぁ、プリンも!アンナ1人も良かったけど、プリンも、さっすが姫君なだけあるぜ」
人ごみにまぎれたカカオが隣のクッキーに声をかける。
「うん…。」

カカオ達の元に戻ったプリンは、直ぐにアンナと打ち解けた。アンナが誘って、2人は仲良く合唱することになったのだった。

「プリンもアレで、顔だけは良いからなっ!絵になるなぁ…」
カカオは上機嫌だ。
クッキーは上目使いで、カカオに冷たい視線を投げた。
「ねぇ、カカオ…」
「なんだっ?」
「…どっちが、良いと思う…?」
独り言のようなクッキーの囁き。
「あ?」
「…アンナさんと、プリン…」
クッキーの質問に、カカオは意外そうな顔をした。
「?珍しいな、お前がそんなこというなんて」
「…」
「そりゃお前、アンナだろっ!?」
カカオは、あっはっはと笑った。
するとクッキーはかっと顔を赤らめ、とっさに叫んだ。
「ぼくは、ぼくはプリンだと思うなっ!!」
「…!」
カカオが驚いてクッキーを見つめる。
「クッキー…?」
クッキーは顔を真っ赤にしたままカカオを真っ直ぐ見返した。握り締めたこぶしが震えている。
「…」
「…」

やがて、2人の美女の歌声が止むと、盛大な拍手喝采が巻き起こった。
歓声の中、そこだけ時間が止まったような、2人の王子を取り残して。



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