ドラクエ2 〜水のはごろも〜


深いジャングルに囲まれた、小さな村、テパ。
その村に隠居しているという老人は、カカオ一行をみるなり叫んだ。
「帰れ帰れ!!おまえ達なんぞに用はない!!!さぁっ帰れ!!」
老人は先頭にいたカカオを入り口の外へ押し出し、勢い良く家のドアを閉めようとした。
――がちっ
カカオがとっさにドアのすき間に足を挟んだ。
「おいっ!俺達はあんたに用があってわざわざはるばるとんでもないジャングルをくぐり抜けて来てんだぜっ!?」
ドアに手をかけ、首を突っ込んで叫ぶ。
実際、このテパの村に着くまでには大変な苦労をして来た。道無き道を踏み越え、手強いモンスターの襲撃をくぐり抜け、5日5晩かけて辿りついたのだ。
「なんじゃ貴様、わしの方には用は無いと言っとろうがっ!!ええい!その足と顔を引っ込めんか!」
老人は力任せにドアを押した。
カカオはかっとなって押し返そうとした。老人の力に負けるようなカカオではない。
「こぉんのぉっ!!くそじじ…っ」
――ごちぃっ!!
プリンの杖がカカオの後頭部に打ち下ろされた。
うずくまるカカオの襟首を掴んで引き寄せ、ピンクの頭をぺこりと下げる。
「申し訳ありません。出直してきますわ」
クッキーは肩をすくませ、自分の後ろ頭をなでながら、痛そうにカカオを見下ろした。

「二度と来るんじゃないぞっ!!」
老人の怒声が背中に聞こえた。

◆◇◆◇◆

「プリンッ!!あのなぁっ!!いくら俺でもそのうち死ぬぞ?!」
村道を歩きながら、カカオがつばを飛ばして怒鳴る。
「元気そうじゃないの」
プリンはつんとすましてそっぽを向いている。
「大体、あれじゃ不法侵入よ、仮にも王子のすることじゃないわ」
向き直っていうプリンに、カカオは何か言い返そうと口をぱくぱくさせたが、上手い文句が出てこなかった。
「…ちっ!!」
クッキーがいつもの口調で割ってはいる。
「ねぇねぇ、本当にあの人なのかなぁ〜『水のはごろも』織りの人ってさぁ〜」
「けっ!あんなヘンクツじじい見た事ねぇぜっ!」
カカオは、老人といえば従順な大臣くらいしか見た事が無い。
「…そりゃ、ちょっとつっけんどんな人だったけどさぁ…」
「ちょっとじゃねぇだろっ!!」
カカオが怒りをあらわに叫ぶと、プリンも首をかしげた。
「…でもヘンね。あんなにいきなり邪険にしなくても、話くらい聞いてくれてもいいのに…」
3人は途方にくれた。

テパへやってきた最初の目的は、ラゴスと言う盗賊に渡された『水門の鍵』を返すため。
鍵を受け取ったときは知らなかったのだが、この村から盗まれたモノであると言う事が旅の途中で分かったのだ。
既に鍵は村の人に返したので、当初の目的は既に果たしたといえる。
しかし、この村で3人は『水のはごろも』という幻の防具のウワサを耳にした。

「きっと、すごく重要なアイテムだと思うんだけど…」
プリンが言うと、カカオは嫌そうに顔をしかめた。
「けっ!またそれかよ」
「…あら。わたしのカンは外れた事がないのよ」
プリンが口を尖らせる。クッキーは暑さのせいでなく冷や汗をかいた。
「ま、まぁまぁ…」
「とにかくオレはあんなクソジジィとはもう関わりたくねぇっ!!あぁ〜っちくしょう!!気分悪りぃぜっ!」
カカオはギラギラ照りつける太陽をひと睨みして、さっさと宿へ向かって歩き出してしまった。
「…もう!」
プリンは不機嫌そうにカカオの後に続いた。

◆◇◆◇◆

「こんにちわ〜」
おっとりと平和そうな声が老人の屋敷に響いた。
いぶかしげな顔で老人が玄関先までやってくる。そこには緑の服に茶髪の少年がにこやかな顔で立っていた。
「むぅ!なんじゃ貴様!!さっきの青い奴の連れじゃな?!!しつこい奴らめ!帰れと言っただろうが!!」
クッキーは少しびくっとして背筋を伸ばしたが、直ぐにまたにこやかな表情に戻った。
「ま、まぁまぁ…。そんなに怒らないで下さいよ、おじいさん〜。どうしても、お願いがあるんです〜!!」
冷や汗をかきつつも、精一杯人懐っこく笑ってみせる。
「ええい!しつこいぞ?!」
老人は嫌そうに顔をしかめた。しかしクッキーは構わずに続ける。
「『水のはごろも』って、おじいさんにしか、織れないんでしょう?!ぼく達、どうしても、それが必要なんです〜!!」
…と、クッキーが両手を組んで頭を下げたとき。老人の目がかっと見開かれた。
「かああぁっ!!」
「わああっ」
――どすんっ
老人の怒声に驚いたクッキーは入り口の敷居までよろよろと後ずさり、そこで尻餅をついた。
「わしゃ、そんなもんは知らんわっ!!」
そう言って、さあ出て行けとばかりに老人はドアに手をかけた。
しかしクッキーは敷居に座ったまま動かない。
「ええい!どかんか!」
「嫌です!!」
クッキーは涙目になりながらも老人を真っ直ぐに見上げて叫んだ。
「ぼく達、どうしても『水のはごろも』が必要なんです〜!プリンに…ムーンブルクの王女に着せてあげなくっちゃ…!!」
クッキーが必死で叫ぶと、老人がふと動きを止めた。
「…王女だと?」
「そう!プリンは、ムーンブルクの王女で、お城は滅ぼされちゃったけど、がんばってハーゴンを倒すために旅してるんです…!!」
老人は意外そうな顔でクッキーをじろじろと見下ろした。
「…なんじゃ貴様ら、もしやロトの末裔の王族連中か?!」
「え?!」
クッキーがぽかんと口を開ける。
「噂はここまで届いておるわ!」
老人は不敵に笑った。クッキーは思わず顔を輝かせた。
「…じゃぁ…!」
―しかし。
「しかしわしには関係無いな!!」
老人は高らかに笑った。
「そ、そんなぁ…世界がどうなってもいいんですか?!」
「わしゃどうせ老い先短いんじゃ、知らん!」

◆◇◆◇◆

クッキーは必死に老人を説得し続けた。
そして。
「お願いします〜!プリンより『水のはごろも』が似合う人なんて、世界中捜したっていませんよっ!」
苦し紛れに出たこの言葉に、老人はピクリと反応した。
「…さっきの、桃色のフードを被っとった奴…。アレが王女か?」
「そう!そうです〜」
「…ふむ」
老人はひげをしごきながら考え込むようなしぐさをした。
クッキーが勢い込んで叫ぶ。
「プリンは、世界中で一番の美人です〜っ!!」
「…。」
老人はフッと笑った。
「…よし、分かった」
「…!お、おじいさん…?!」
クッキーが目を潤ませて老人を見上げる。
「わしゃじいさんじゃないぞ!!ドン・モハメじゃ!!」

◆◇◆◇◆

「クッキーのやろう…!!一体どこへ行きやがった!!!」
カカオは愛用のゴーグルを床に叩きつけた。
「ばかね。ものに八つあたりしたってしょうがないじゃないの…!」
そういうプリンも狭い宿のフロアをうろうろと歩き回って落ち着きが無い。
「…ったってよう…!!もう、5日めだぜ??!!」
「……」
クッキーが2人の前から姿を消して、もう4日と半分が過ぎようとしている。
ドン・モハメの家からの帰り道、てっきりついて来ていると思っていたクッキーが何時の間にかいなくなっていた。
すぐに宿へ来るだろうと思っていたのだが、それから全く行方がわからなくなってしまったのだ。

「まさか怖気づいて逃げ出した訳じゃねぇだろうな…!!」
「ばか。今更そんなわけないでしょうっ?!」
「ふんっ!言ってみただけだっ…けど、まさか『首狩り族』に襲われたりしてんじゃ…」
何度か考えたが口には出さなかった事を、とうとう言ってしまった。
「やめてよっ!」
プリンがキッとカカオを睨んだ。
『首狩り族』は、テパへの道中、密林で何度も現れた人型の魔族である。鋭い釜を振りまわし襲いかかってくるキケンな連中だった。3人ならば何とか退ける事が出来る。しかし、クッキー1人では…。
プリンが真っ青になって身震いした。
その時。

「おぉ〜い」

何処からか間延びした声が聞こえた。
2人が思わず顔を見合わせる。次の瞬間には宿の外へ飛び出していた。

「クッキー…ッ!」
クッキーはにこにこしながら宿へ続く道を駆けて来た。
随分と上機嫌な様子で手に持った布をひらひらとはためかせている。
「てっめぇ!!このやろぉ心配させやがって…!!!何してやがった!!」
カカオはクッキーに走り寄ると、がっと胸倉を掴み上げた。
「わあああぁっ」
宙に浮かされ足をじたばたするクッキーを見つめ、プリンは涙を浮かべた。
「もう!ばか…」
言いながら近寄ってカカオを突き飛ばした。
「良かった…」

◆◇◆◇◆

「あのね、これをね、プリンに着てもらいたいんだ…」
そう言ってクッキーが差し出した、それは。
きらきらと光を乱反射させて波打っていた。水のようにするりと滑らかに透き通った、布。
プリンが手に取って肩からあわせてみる。
「これって…」
驚いた様子で見上げると、クッキーはにっこりと笑っていた。
「うん。『水のはごろも』だよ〜」
「おまえ、どうしたんだよ…!これ」
「あのね…」

なんとかドン・モハメを説得したクッキーは、「直ぐに織ってやるから待っていろ」という彼の言葉に従い、ずっと側について待っていた。
そうして。
「まだですか〜」
「もうちょっとじゃ!」
…。
「まだですか〜」
「うるさい!気が散る!!」
…。
「あの…ぼく宿に…」
「うるっさいわぁっ!!」
…。
そんなやりとりを、気づけば5日も繰り返していたというのだ。
ドン・モハメは今は疲れ果てて眠っていると言う。


「…ねぇもしかして、クッキー、寝て、無いの?」
プリンが心配そうにクッキーの顔を覗きこんだ。
「え。ううん。ぼくはたまに寝てたから〜」
クッキーがにっこり笑うと、プリンもほっとした様子で胸をなでおろした。
「そう、良かった」
そう言って微笑むプリンを見つめ、クッキーはうきうきしながら言った。
「ねぇ、プリン、着てみてよ。」
プリンはふふっと笑った。
「ええ」

◆◇◆◇◆

カカオは思わず眩暈をおこした。冗談ではなくてくらくらする。
…クッキーはいつも以上にぼんやりとしてそのままぴくりとも動かない。
プリンは2人の様子を覗い、少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「どうかな…?」
そういって裾を持ち上げ、ひらりと揺らしながら足元を見下ろす。

輝いているのは、身につけているはごろもなのか。プリンなのか。神々しいようでいて妖艶でもある。それは異様なまでの美しさだった。

「だぁ…っ」
カカオが僅かにうめき…、
「え?」
「……だっだっだめだっ!!!そんなもん着て歩くんじゃねぇやっ!!!!」
大声で叫んだ。

プリンは驚いて目を大きく瞬かせ…それからキッとカカオを睨んだ。
「なによ!そこまで言わなくたっていいじゃないの…!」
そしてふいっと背を向けてしまう。
「いやバカだからそうじゃなくて…」
カカオがしどろもどろにうめいていると、クッキーが興奮気味に叫びだしだ。
「すっごいキレイだよ!プリン!!」
「えっ?」
プリンがクッキーの方を振り向く。
「…そ、そうかしら…?」
「うん、すごいよ!プリン!やっぱりプリンは世界一だよ〜っ!!」
上機嫌ににこにこ笑うクッキー。プリンは恥ずかしそうに俯いた。
「そ、そんなに言われたら恥ずかしいわ…」
しかしプリンもまんざらではないようだ。

「そうだ!モハメさんに見せにいかなきゃ!」
クッキーはぽんと手を打った。
「え?」
「モハメさんは、プリンが『水のはごろも』を着たところが見たくて、頑張ってつくってくれたんだよ〜」
「そ、そうなの…?」
プリンは困惑気味に首をかしげる。
「うん!プリンはやっぱり世界一だよ〜」
クッキーはどこまでも上機嫌だ。そしてプリンの手を引いて歩き出そうとする。

「ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだあああああぁあ〜っ!!!!!」
カカオの怒声が飛んできた。

2人が振りかえると、カカオはぜぇぜぇと肩で息をついていた。
「…。ど、どうしたの、カカオ…??」
クッキーがおどおどと声をかける。カカオはギッと2人を睨みつけた。
「もう出発だっ!!クッキー!!おまえのせいで無駄な時間くったんだからな!!さっさとこんな村出るぞ!!」
「あら、でも少しくらいならどうせもう…」
言いかけるプリンの言葉をカカオはさえぎった。
「別にじじいのスケベ心満たしてやる必要はねぇだろっ!!いいからもう出発だっ!プリン、おまえもさっさと着替えろっ!!」
早口でまくしたてるカカオの顔は真っ赤だった。
「…」
「…」
クッキーとプリンは思わず顔を見合わせた。
「…カカオ、でもこの服は守備力がすごく高いのよ?」
「…そうだよ、せっかくモハメさんが…」
カカオの鋭い眼光が飛んで、クッキーは慌てて両手で口を押さえた。
そのままカカオはまるで威嚇するように2人を睨みつづける。
「……」
やがて、きょとんとしていたプリンが小さく笑った。
「…ふふっ。わかったわ。着替えてくるわね」
そうしてきらきらと反射するはごろもを翻し、宿へ向かって駆けて行く。
「…あぁ〜…」
クッキーは残念そうにその後姿を見送った。

プリンが姿を消すと、カカオはあさっての方向をむいて気まずそうにしていた。
クッキーはカカオの隣に並んだ。
「…ねぇ、カカオ…」
「…」
「…なんでダメなのさ」
「…」
「…」
クッキーがカカオを見上げると、その横顔は不機嫌絶頂といっていた。
「…顔赤いよ?」
「…っ!コロスぞっ」
真っ赤な顔でクッキーに向き直る。しかしクッキーは平然としてカカオを見上げた。
「…でもね。わかるよ。ぼくも。なんとなくね」
クッキーは、満足そうににっこりと笑った。



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