ドラクエ2 〜南の小島にて〜





小さな小さな南の小島に、ぽつりとほこらがあった。
カカオはほこらの横の木陰に寝転がり、うとうととまどろんでいる。
「カカオ〜。手伝ってよぉ〜」
遠くからクッキーの声が聞こえる。クッキーはほこらの入り口から顔をだして、叫んでいた。
カカオは知らんぷりでごろりと寝返りを打った。
「もぉ〜っ!!」
クッキーが恨みがましい声を上げる。
「…ほっときましょうよ、クッキー」
ほこらから顔をだしたプリンが、呆れたようにカカオを一瞥し、またほこらへと入っていった。

―やってられっかよ!!

カカオは思った。
小一時間もあれば一周してしまいそうな、この小さな島の小さなほこらに、もう丸一日、滞在している。
『やまびこの笛』が反応を示すのだ。
3人はほこら中を探し回ったが、紋章は一向に見つかる気配が無い。
しかしやまびこは返ってくる。
小さなほこらを半日もかけて、くまなく探し終わったころ、とうとうカカオは叫んでいた。
「だぁぁ〜っ!!もう、やめだやめだっ!!」

◆◇◆◇◆

プリンは、ほこらの壁に手を当て、膝を突いて床に目を凝らした。
冷たい床は心地よかったが、しかし紋章は見つからなかった。
「はぁ…」
つい、ため息がでてしまう。
クッキーがやってきて傍らにしゃがみこんだ。
「…見つからないねぇ。もしかしたら、床下に何かあるかと思って、床も全部調べたんだけど…」
「…ええ…」
プリンは手に握り締めたやまびこの笛を見つめた。
「…確かに、ここにあるハズなのに…」
もう一度ため息をついて、肩を落とす。
クッキーは俯いているプリンの顔を覗きこんだ。
「ちょっと、休憩しようよ」
クッキーの言葉に、プリンが顔を上げた。
「…カカオも、寝てるしさぁ」
クッキーはにっこり笑った。
「…そうね」
プリンも微笑んだ。

◆◇◆◇◆

ザザザザアァァァッ…
波が押し寄せ、返ってゆく。
クッキーとプリンは裸足になって波打ち際へやってきた。

波も天気も穏やかで、暖かな日差しと冷たい海水が心地いい。
「気持ち良いね〜」
「ふふっ、そうね。…船から見下ろすのとは全然違うのね、海って…。」
「うん、船の上は、サイアクだよ〜」
いつも船酔いしているクッキーが苦笑いする。
「ふふふふふっ」
プリンは楽しげに笑った。

ふと、プリンは真顔になって遠くの海を見つめた。クッキーが不思議そうに覗きこむ。
「どうしたの〜?」
「……。ん……平和だな、って…」
海鳥の声が聞こえた。
「え?」
「ここは、とっても平和そうだなぁ…と、思ったの…。世界は、大変な事になってるっていうのに…。こんな場所も、あるのね…」
プリンはどこか寂しげに微笑んだ。
「ん〜。小さい島だからねぇ…」
クッキーが首をかしげて言う。
「…わたしね、クッキー…。最近、旅が楽しいの」
プリンはクッキーを見つめた。
「え?」
「最初はね、辛くって、悲しくって…旅なんて、したくなかったの。ただ、ムーンブルクに戻りたかった…あの頃のムーンブルクに、帰りたかったの…」
プリンは微笑んだまま、そう言った。
「………」
「…でもね。今はね、悲しい気持ちが消えたわけじゃないけど…。2人に会えてよかったと思ってるわ…。旅が辛くないって言ったら嘘になるけど…辛い気持ちは、減った気がするの…。2人のおかげね…?」
海風に舞いあがる桃色の髪を片手で抑え、にこり、と花の微笑みを浮かべる。
クッキーの胸は大きく高鳴った。
「え、ええ…っと…、……よ、よかったねっ」
クッキーは、それだけ言って、笑い返した。
◆◇◆◇◆

青いフードが岩場の影から覗いていた。
「何やってやがんだ…」
カカオは、岩場の影にしゃがみこみ、面白くなさそうに2人の様子を覗っている。
話し声までは聞こえないが、何やらいい雰囲気そうである。
…最初は、特に覗くつもりなどなかった。
たまたま、寝そべっていた木のふもとに、紋章らしい石が落ちているのを見つけて、知らせようとやってきたのである。
クッキーとプリンは向かい合い、そのまま見つめ合っている。その2人の素足を、波が洗っていた。
物語のように美しい王女プリンと、そこそこ整った顔立ちの王子クッキー。それは、絵になる光景に見えた。
(くそ…。何やってんだ、俺は?!)
どうにも入りずらくなってしまった。
カカオは顔をしかめて、手に持った紋章をギリギリと握り締めた。

…と。
突然、クッキーが、プリンの方に倒れこんだ。
「…きゃっ…」
小さな悲鳴が聞こえる。
そのまま、2人はもつれ合って倒れた。
クッキーが。プリンを。押し倒した。
カカオの目にはそう映った。
………。
………………。
たっぷり5秒ほど、固まってから。
「…や、ろぉおおおっ…っ!」
カカオは顔を真っ赤にして、よろめくように立ち上がった。

◆◇◆◇◆

クッキーは、突然何者かに足首を掴まれ、つんのめった。
「わあああっ」
「きゃあっ」
目の前に立っていたプリンを巻き込み、2人は砂浜の上に見事にひっくり返った。
クッキーは顔面から砂浜に突っ込み、砂まみれになった。
プリンは一瞬何が起きたのか分からず、ただ驚いてクッキーの身体を見た。
そして、その目がクッキーの足元を捕らえると、はっとして叫んだ。
「『マドハンド!』」
まるで砂浜から生えているかのような、不気味な手だけの生物。
手はみるみるうちににょきにょきと増殖して行った。1匹、2匹。3匹…。
プリンは覆い被さっていたクッキーを跳ね除けて立ち上がり、すかさず『いかずちの杖』をふりかざした。
「クッキー、避けてっ!」
―グワシャァァッンンッッ!!
激しい稲光がマドハンドの群れを襲う。
「わわわっ」
クッキーは慌てて転がり落雷を避けた。
何匹かのマドハンドは雷に焼かれ消滅した。プリンはローブを翻し、杖を大きく振り上げ叫んだ。
「まだよっ―『バギッ』」
―ギャウンッ!!
残りのマドハンドめがけて真空の刃が飛ぶ。
マドハンドは一気にケリをつけないと無限に増殖して行くのだ。プリンの動きは機敏だった。
クッキーも立ち上がった。
「『ベギラマッ』」
激しい電流を帯びた真空の刃の渦はあっという間にマドハンドの群れを消滅させていった。
見事な連携プレイであった。

砂浜には焼け焦げた臭いと手形の墨だけが残った。
「はぁっ、はぁっ…」
プリンが肩で息をついて、クッキーを振りかえった。
クッキーは胸をなでおろして笑った。
「ふうっ」
「…ふふっ、ここも、そんなに平和じゃなかったわね」
プリンが安堵して微笑む。
と、突如、上空から激しい雄叫びが聞こえた。
「キシャアアアアァ!!」
「えっ?!」

完全に無防備だった頭の上から聞こえる怪鳥『バピラス』の雄叫び。慌てて2人が上空を見上げた時には、既にその牙は目前に迫っていた。
巨大な牙が、完全にプリンの頭を捕らえたように見えた、その時。
青い影が飛びこんで来た。
―ザシュッ!!!
思わず顔を手で庇い、うずくまるプリン。そのプリンの頭上で、カカオの剣の切っ先が、バピラスの喉を掻き切った!

「キヒシャァ…ッ」
―…ドサッ
空気の漏れるようなうめきをあげながら、バピラスの巨体が砂浜を叩いた。パピラスはぴくぴくと痙攣し…そのまま動きを止めた。
カカオはすたっと着地すると、にやっと満足そうに笑い、剣を鞘に収めた。

「カ、カカオ…」
クッキーとプリンは、突然現れたカカオに驚き、ぼんやりと見つめている。
「なんで、ここに…」

「ばーーかっ!!おめぇらこそ、こんなとこで何やってんだっ!2人で紋章探してたんじゃねぇのかよっ」
カカオは不機嫌そうに吐き捨てると、クッキーを睨みつけた。
「え、でも、見つからなかったから、ちょっと休憩…」
「ばっかやろぉっ、コレを見ろっ!!」
カカオはふんっと鼻を鳴らして、丸い石を高く掲げた。
プリンは驚いて石を指差した。
「…っ!それ…っ!」
「おいプリン、これがその紋章じゃねぇのかっ?!」
「え、ええ。たぶん、『太陽の紋章』だわ…」
プリンがこくりと頭を振ると、カカオは満足げに腕組みをして、頷いた。
「…ったく。俺様がいねぇと何にもできねぇんだな!」
「…ど、どこで見つけたの〜、それ。ぼく達、ほこら中捜したのに、全然…」
「へんっ!注意力の問題だぜっ!」
「…えぇ〜っ?!……ほんと、どこにあったんだろ…??」
クッキーは不思議そうに眉をひそめ、口を尖らせて首を捻っている。
カカオは楽しげに笑い出した。
(ちっ…バカバカしいっ…!こいつにそんな度胸あるわけねぇんだ…っ!…ったくっ、焦って損したぜ…っ)
笑いつづけるカカオを、プリンとクッキーはぽかんと見上げるしかなかった。

「さぁっ!こんな島とはオサラバだっ!次へ行くぜっ!」
カカオは上機嫌で叫んだ。



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