ドラクエ2 〜海底洞窟〜





ボコッ…ボコボコッ…
マグマの小川がドロドロとうねって流れている。
時折ボッと音をたてて噴射される地獄の熱風。

その名の通り、海の底に広がる『海底洞窟』。
カカオ一向は『邪神の像』を求めてこの洞窟へやって来た。洞窟の中は、一面マグマの海でもあった。
通れそうな道らしき場所を通り、地下深くへと進むにつれ、熱気はどんどん増していく。

カカオはうんざりした顔でじっとりと汗ばんだ額を腕で拭った。
愛用のフードも外し、上半身は薄いシャツ一枚になっている。
「ああ…あっちぃ〜っ」
あごを突き出して、もう何十回目かのそのセリフを繰り返す。
「う、う〜ん」
クッキーは熱にあてられ文字通り目を回していたが、それでも何とかフラフラとついて来ていた。
「…もう。しっかりして頂戴。」
1人涼しげな顔で振りかえったのは、先頭を歩いていたプリンだった。
プリンはドン・モハメの編み上げた『水のはごろも』を着用している。水のはごろもは不思議な事にマグマの熱をも遮断するのだ。

「てめ…1人だけそんな良いもん着やがって…」
カカオが唸ると、プリンはくすっと笑った。
「あら。じゃあ、あなた着てみる?いいわよ、別に」
プリンははごろもの裾を持ち上げ、ひらひらと振って見せた。
「………っ」
どう見ても女性用の水のはごろもである。カカオに着れる訳がない。カカオは悔しそうにプリンを睨んだ。
「ふふふっ」
プリンは楽しげに笑って、ふとクッキーに目をやった。
「う、うう〜ん」
クッキーは大分前からずっとこの調子で唸っている。
「…大丈夫?クッキー」
プリンが声をかけると、
「う、ううう〜。う?うん、大丈夫、だいじょ…ぶ」
クッキーは目を回しながらも器用に口元だけで笑って答えた。
…と。
――ドサッ
クッキーは笑った表情のまま、真後ろにひっくり返った。
「きゃあっ、クッキー?!」
「う、ううう〜」
プリンが覗きこむと、クッキーは白目をむいて唸っていた。
カカオも慌てて駆け寄る。
「…こりゃ、ダメだな」
ため息をついて天を仰いだ。

◆◇◆◇◆

「ぼく、やだ…」
クッキーは半べそをかいて弱々しい抗議の声をあげた。

「しょ〜がね〜だろっ!!我慢しろっ」
「ふふふっ、そんなに嫌がらなくてもいいのに…。似合ってるわよ、クッキー」
プリンは楽しそうに笑っている。
「そ、そんなぁ〜」
クッキーは、自分の身につけた水のはごろもを両手で握り締め、顔を真っ赤にしてうつむいていた。

プリンが着ていた水のはごろもを脱ぎ、クッキーに装備させたのだ。

「ほら、行くぜっ!」
まだうつむいたまましょんぼりしているクッキーを置いて、カカオはスタスタと歩き出した。
「大丈夫よ、クッキー。さ、行きましょ」
プリンがクッキーの背を押すと、クッキーは唇をかみしめてしぶしぶ歩き始めた。

◆◇◆◇◆

一行は洞窟の最奥へと辿りついた。

「これ以上は進めそうにねぇな…」
カカオがつぶやく。
プリンも滝のように流れる汗を拭きながらうなずいた。

クッキーが、横に続くフロアを指差して、小さな声でぼそぼそとつぶやいた。
「…ねぇ、アレ…」
水のはごろもを身につけたクッキーは妙に大人しくなってしまっている。

クッキーが指したフロアには、祭壇らしきものと、その前で祈りを捧げる神官らしき2つの人影が見えた。
熱で歪む視界に目を凝らすと、祭壇には、禍々しい像が飾られているのが見える。
「邪神の像…!」
プリンは思わず叫んでしまった。
はっとしてすぐに口を手でふさいだが、神官はぐるりとこちらを振り返った。
「誰だっ!!」
神官の鋭い声が飛ぶ。
「ちっ…!」
カカオが舌打ちして剣を抜いた。
「ごめんなさい…っ」
プリンもすまなそうに言って杖を構える。

「人間か…!礼拝堂を汚す不届き者め…っ!」
神官の姿をした影の正体、2匹の『地獄の使い』が見る見るうちに近づいてきた。
そのうちの1匹が、クッキーとプリンをぬるりとした目で一瞥する。
「…そっちの娘らは神に捧げる生贄としてやろう…」
そう言って、きひひひひっ…と嫌な笑い声を立てた。

「…え…」
クッキーは地獄の使いの言葉に固まった。
―娘ら。ヤツは自分とプリンをみて確かにそう言った。

カカオの剣が地獄の使いに切りかかる。
プリンが『バギ』の呪文を唱える。
地獄の使いが繰り出した『ベギラマ』の炎が、シャツ一枚のカカオを焼いた。
「…くっ!」
何とか火を消しとめたカカオがクッキーを振りかえって叫んだ。
「何してる、クッキー!!」

(ぼくは…)
クッキーは目にうっすら涙を浮かべ、キッと地獄の使いを睨み上げた。
(ぼくは娘じゃない〜…っっ!!!)

「――『ザラキ』ッ!!!」
クッキーの渾身の叫びが洞窟内をこだました。

瞬間。
2匹の地獄の使いの動きが止まった。
「ぐ…?」
「…?!」
そのまま、ドサリと音をたてて崩れ落ちる。
何がなんだかわからないという表情のまま、2匹の地獄の使いは動かなくなった。
…勝負は、一瞬にしてかたづけられた。

「す、すげぇじゃねぇか、クッキー!」
カカオは心底驚いた様子でクッキーを見た。
プリンも唖然としてクッキーを振りかえる。
「ザラキなんて…。いつの間に覚えたの…?!」

「え…」
クッキーもきょとんとした顔で自分の両手を見つめていた。
「今みたい…」
そう言って顔を上げると、照れたように笑った。



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