ドラクエ2 〜雪原のレクイエム(前)〜





永遠に続くかと思えた闇の洞窟に、一条の光が差しこんでいる。
眩しい光に吸い寄せられるかのように、3人の足が速まった。
無言で顔を見合わせ、頷きあう。
走り出していた。

…さくっ

洞窟の外へ一歩足を踏み出すと。そこは、白銀の世界だった。
闇に慣れた目にはその輝きが痛い。
「目が開けていられないわ…っ」
「うん。眩しい〜っ」
「ああーーーっ!!とうとう来たなっ!」
3人は向かい合うと、パンパンッと手を叩き合って笑いあった。

冷たい澄んだ空気が肌をさす。
空は晴れ渡っていたが、木の枝に積もった粉雪が、風に吹かれて舞い踊っている。

「…気持ちいい…」
プリンは目を閉じて胸を張り、ひやりとした空気を吸い込んだ。
舞い上がった粉雪がプリンの回りにまとわりついて、小さな虹をつくった。
「綺麗だね…」
クッキーがため息をついた。
「…そうね。こんなに美しい景色は初めて」
にっこりと微笑むプリン。
「…、うん〜」
クッキーも笑った。

「さて!!」
カカオが言った。
「じゃあ先へ進もうぜ!ここからは敵も強くなってるはずだ!気合入れてくぞっ」
「ええ」
「うん!」
3人は雪原を歩き始めた。

◆◇◆◇◆

雪深い大地は歩くのに時間がかかる。一歩一歩が容易では無い。
それでも小一時間も進むと、小さなほこらが見えてきた。
「…ふう、おい、あそこで一休み出来そうだぜっ」
カカオが後を歩く2人を振りかえって言った。
クッキーとプリンもホッとした表情を浮かべた。

思えば、『ベラヌール』の街を出てから、一度もまともな休息を取っていない。
もちろん洞窟内で休む事もあったが、常に魔物の気配に気を配り、交代で寝ずの番をしていたのだ。
ゆっくりくつろげる事など無かった。
それに合わせて、現れるモンスターの強さもどんどん増していた。
ここまで来るのに、3人のHPもMPもほとんど使い果たしてしまった。

「良かった〜、もう、限界だよ、ぼく〜」
クッキーが力無い声を上げる。
「…そうね。…元気なのは、カカオだけみたい」
プリンは先頭を歩くカカオを見やり、ため息をついた。
「俺はもともとMPなんて無えからなっ!あっはっは」
やけに元気に笑ってみせるが、しかし全く疲労が無いわけではない。
プリンはくすっと笑った。
どんな時も弱みを見せないカカオには、いつも勇気づけられる。

そうして、目的のほこらまで、あとほんの数十メートル、というところに差しかかった時。
突然、大きな地響きがした。

ズシィィ…ン…!

「きゃっ」
「わっ」
「なんだっ?!」
よろめき、3人が顔を見合わせる。

ズシィィ…ン…!

衝撃で雪が舞いあがり、枝の雪は音をたててドサドサと落ちてきた。
地響きは先程よりも大きくなった。

ズシィィ…ン…!

あたりがふっと暗くなった。
「あ、ああ…っ」
蒼白になったクッキーが上を見上げうめいた。
「『ギガンテス』…!!」
それはギガンテスの群れだった。地響きは巨人の歩く音。手には大きな棍棒を持ち、一つ目が3人をバカにしたように笑みを浮かべ見下ろしている。
「くっ…!」
カカオは『稲妻の剣』を抜いた。

ほこらまであと一歩というところで、とんでもない強敵に出くわしてしまった。
満身創痍の3人に、3匹のギガンテスを相手にするのは酷すぎた。
「カカオ、ダメよ…!逃げましょうっ!」
プリンが凛として言った。
「ちっ…」
余程の事がない限り、”逃げる”という選択をしないカカオである。
「カカオ…っ?!」
クッキーはオロオロとカカオをギガンテスを見比べた。
「しょうがねぇ…っ」
カカオはちらりとほこらに視線を投げた。
「走れっ!!」
3人は一斉に走り出した。
クッキーとプリンを先に行かせ、カカオは最後尾を走った。
…が。
3匹のうち、1匹のギガンテスがその巨体からは推し量れないほどのスピードで追いかけてきた。

…ズシンッズシンッ!!

大地を揺るがす巨人の足音。
ギガンテスは直ぐに3人に追いついた。
「っきしょうっ!!」
カカオが剣を構え向き直る。

しかしギガンテスはカカオをちらりと一瞥し、なんとプリンめがけて棍棒を振り下ろした!
――グオォンッ!!
「きゃああっ」
ギガンテスの一撃を受けては、プリンなど即死である。
「プリンッ!」

――ガァンンッ
とっさにカカオが飛び込んで、プリンを突き飛ばした!
ギガンテスの棍棒が、カカオの後頭部に痛恨の一撃を打ち下ろした!
吹っ飛ばされ雪にめり込んだカカオの頭部から、真っ赤な血が吹き出し雪を紅に染め上げて行く。
「いやあぁっカカオッ!」
プリンはカカオに駆け寄ろうとした。
「来んな、逃げろっ!!」
カカオは、ばっと頭を上げ叫んだ。
…と、カカオの視界がぐにゃりと歪んだ。
白いはずの雪が真っ赤に見える。
キンキン耳鳴りがする。

プリンはカカオの叫びにびくりとして立ち止まった。
クッキーが剣を構え叫ぶ。
「…カカオを置いて、逃げらんないよっ!」
カカオの意識は朦朧とし始めた。血がどんどんあふれ出て行く。
「…っばっかやろ…」
その時、ギガンテスが再びプリンに襲いかかろうとするのが見えた。
「おおおおっ」
カカオは渾身の力を振り絞って立ちあがった。
「…させるかっ」
駆け出し、空高く跳躍した。

――ザンッ!!

カカオの剣が、今まさにプリンを襲おうとしていたギガンテスの腕を切り落とした!
「グアアアアッ」
ギガンテスの叫びが山脈をこだまする。
膝をついて着地したカカオが2人を振りかえって叫んだ。
「早く、逃げるぞっ!走れッ!!」
「う、うんっ!」
クッキーがプリンの手を引いて走り出した。
カカオも後に続こうと立ちあがる。
―ぐにゃり。
また、視界が歪んだ。
「…くそっ」
血がどくどくと溢れ、白い雪に赤いまだら模様をつけていた。
―走れない。
歪んだ視界の先に、先を走る2人を執拗に襲おうとしているギガンテスの姿が見えた。
「あああああっ」
カカオは渾身の叫びを上げると、精神力だけで走った。
「だああっ」

――ザシュッ!!

飛びあがり、今度はギガンテスの背を斜めに深く切りつけた。
そのまま着地も出来ず、カカオの体は雪原に放り出された。
「カカオッ!」
プリンが振りかえって叫んだ。
「グアオオオオッ」
ギガンテスが雄叫びをあげて目を血走らせる。
「…にげ…」
カカオがうめくようにつぶやいたその時。
怒り狂ったギガンテスの一撃がカカオの背に打ち下ろされた。

――ドガァッ!!!

そのまま、背を切られたギガンテスも雪の上に倒れる。

――ズズズゥウウン…

相討ちだった。
「カカオっ!!」
プリンとクッキーがカカオに駆け寄った。
返事は無かった。
クッキーが抱きかかえるようにして、カカオの上半身を起こす。瞳を閉ざし、血にまみれたその顔は、雪と同じくらい白く見えた。
クッキーはカカオの顔に手を伸ばし、それから首に手を伸ばした。そしてわなわなと唇を震わせた。

「…し」

プリンの心臓が、ぎゅうっと絞られるように痛んだ。

「…死んでる…」



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