ドラクエ2 〜雪原のレクイエム(後)〜





プリンの泣き声が山々に響き渡った。
「…泣かないで、プリン…!」
クッキーは呼吸をしなくなったカカオを抱きかかえたまま、プリンを真っ直ぐ見つめた。
「…だって、だって、……っ、カカオッ…カカオ…ッ…!!」
「大丈夫」
クッキーはプリンを見据え、力強く言いきった。
「…だって…っ」
プリンがなおも泣き続ける。
クッキーはカカオの体をそっと雪原に横たえた。
そして腹のあたりに両手を当てた。
「…?」
プリンは涙をこぼしながら不思議そうにクッキーを見つめた。
クッキーは目を閉じ意識を集中させ始めた…。

淡い光がクッキーの手の平からじわじわと広がり、カカオの体を包み込んでいった。
光は桃、橙、黄と色をかえ輝きを増してゆく。

「――『ザオリク』ッ」

クッキーが唱えると、ひときわ強い輝きが放たれた。
瞬間。
カカオの指先がピクリと動いた。
「カカオッ?!」
プリンがカカオに縋りつく。
「…うう…」
カカオの口からうめきが漏れた。
「ふぅ…もう、大丈夫だよ…」
クッキーが脱力して微笑む。
「プリン、回復してあげて…」
「え、ええ」
プリンが涙を拭きながら頷いた。

…と。
――ズシィィン,ズシィィンッ

仲間の異変を嗅ぎ付けた残り2匹の『ギガンテス』がこちらへ向かってものすごいスピードでかけて来た。
「…っ!」
プリンは慌ててカカオに手をかざした。
「『ベホマ』ッ!」
必至に意識を集中し回復呪文をかける。
しかし、MPの尽きているプリンのベホマは、『ホイミ』程度の威力しか発揮しなかった。
カカオの意識はまだ戻らない。
プリンは泣き出しそうな顔で『祈りの指輪』を嵌めると、天に祈りはじめた。
クッキーの残りMPも、もうほとんどない。
クッキーは、迫り来るギガンテスと、まだ回復の兆しを見せないカカオを見比べた。
(…間に合わない…っ)
すると、クッキーは意を決したように立ちあがり、ギガンテスの方に向かって歩きはじめた。
「クッキー?!」
プリンが問いかけるように叫んだ。

クッキーは振りかえってプリンに微笑みかけた。
「大丈夫、ぼくに任せて…」
やけに、力のこもった笑み。

プリンには、クッキーの体が、黄金色の光を纏っているように見えた。
嫌な予感がした。
「…や、止めて、クッキーっ…!」
プリンは思わず叫んだ。
嫌な予感がどんどん湧きあがる。

ギガンテスが2人を踏みつけられる位置までやって来た。
しかしクッキーの体からあふれる黄金色のオーラが、そこでギガンテスの足を止めた。
「グオオオッ」
「グアアアッ」
いきり立って、クッキーめがけ棍棒を振り下ろすギガンテス達。

――グアアアンンッ
――ガァァアアンッ

しかしその攻撃は、クッキーの体が纏ったオーラによって塞き止められた。

「ぼく…」

金色に輝く光の渦の真ん中で、クッキーがプリンを振りかえった。

「ぼくプリンが好きだから…」

にっこりと微笑む。いつもの、穏やかな微笑。

プリンははっとして目を見開いた。
いつもと同じ、穏やかな笑みの向こう側に、炎のようなクッキーの決意が見えた。
「――止めてえええっ!!」
プリンは絶叫した。

クッキーはギガンテスに向き直った。キッと巨人を睨み上げる。
「だから…後はカカオにまかせるよ!」
深呼吸するように両手を広げる。そして叫んだ!

「『メ・ガ・ン・テ・!!!』」


――キュゥゥウンン
――ズガガガガガガガガガッ
――カッ

光。光。
光の濁流。


――命の光が、はじけて、消えた――

◆◇◆◇◆

爆風に煽られ、雪がごうごうといつまでも舞い踊っていた。
やがて大気が落ち着きを取り戻すと、しんとした静寂に包まれる。
見開いたままのプリンの目から零れ落ちる涙が、静かに頬を伝って、足元の雪を溶かした。

「…つぅ…」
カカオが身動きして、半身を起こした。
プリンはまるで気づいていない様子で呆然と座り込んでいる。
カカオは傍らにいたプリンの肩を掴んだ。
「おいっ、ギガンテスはっ?!」
「………」
プリンは放心したように、ただただ涙を流しつづけている。
「おいっ?!」
カカオはあたりを見回して、敵の気配がないのを確認すると安堵のため息をついた。
そしてまたプリンに問いかける。
「プリン、……クッキーは?」
嫌な予感がした。

プリンは両手で顔を覆った。
そしてイヤイヤをするように首を振った。
「……っ、…ッキー…はっ…」
涙で掠れる声。
「んだよっ!!どうしたんだよっ!!」
カカオはプリンの肩をがくがくと揺すぶった。
「…っく…っ……ひっ……メ…ッ、メガンテで…っ…ああああーーっ」
プリンはそのまま雪の上に突っ伏した。

プリンの肩にかけられた、カカオの腕が、だらりと落ちた。

◆◇◆◇◆

プリンのすすり泣く声がいつまでも響いていた。
カカオはずっと黙りこくっている。

目の前には、あちこち焼け焦げた痕のある、冷たくなったクッキーの体が横たえられていた。
全ての生命力を使い果たしたその表情は、眠っているように穏やかだったが、しかしその顔色は、雪よりもまだ白かった。

しばらくして、不意に、カカオが口を開いた。
「泣くなよ…」
しかしプリンの嗚咽は止まらない。
「泣くな…っ」
そう言って、プリンの前髪をがっと掻きあげ、顔をあお向けさせた。
「…だ、だって…」
涙に声をつまらせながら、プリンは言いかけ、そしてハッとした。
カカオの目は真っ赤で、今にも泣き出しそうだった。
「戻ろうぜ、下に…」
「…え…」
「クッキーを生きかえらせる!」
カカオは力強く言った。
プリンが困惑して眉をひそめる。
「…だって…」
「『世界樹の葉』…。聞いた事ないか?」
プリンの目が大きく見開かれた。
それは、死人をも生き返らせるという幻のアイテム。
「取りに戻るぜ…」
言うと、カカオはすっくと立ちあがって、くるりとプリンに背を向けた。
カカオの目から、ぱらぱらと雫が落ちて、足元の雪にすっと溶けた。
カカオはぐいっと顔を拭う。
そして振りかえり、クッキーを見下ろして叫んだ。

「待ってろよクッキー!生きかえらせて、ぶんなぐってやる!!!」



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