ドラクエ2 〜揺れる想い〜





『ベラヌール』の街から遥か東。
この辺りには、小さな島がたくさんある。そのうちの一つに、ひときわ大きな古い木があった。
カカオとプリンは巨木のある島に上陸した。

木は、それ一本で島全体を覆い尽くしそうに巨大で、生い茂る葉で、島はまるで森の中のように暗かった。
カカオとプリンは深い皺が刻まれた木の幹に近づいた。
そして上を見上げる。
「これが世界樹か…」
カカオが目を細めた。
「…これで…」
プリンがつぶやく。

「よし、さっそく葉っぱ取ってくる!おまえはここで待ってろ!」
カカオはそう言うと両手につばを吐きかけ、木の幹によじ登った。
「気をつけてね…」
「まかせろっ」
プリンは不安げにカカオを見上げた。

カカオは、葉に届く位置まで来ると、手を伸ばして一枚むしった。
プチッと小気味良い音をたてて葉はあっさり取れた。
「これが…?」
カカオはうさん臭げに手の中の葉を見つめた。どう見ても普通の葉っぱにしか見えない。
こんなもので本当に死人が生き返るのだろうか。
「ま、いいか」
カカオは木を下りようとして、ふと思いついてまた手を伸ばした。
(せっかくだからいっぱい持っていってやろう)
ぐいっと葉を引っ張る。
「…?!」
今度は取れなかった。
また他の葉に手を伸ばす。しかし結果は同じ。いくら引っ張っても取れないのだ。
「なんだ…っ?」
カカオは舌打ちした。
「よーしっ…そんなら…!」
カカオは枝を掴み、思いっきり力をこめた。なんと枝をへし折ろうとしているのだった。

枝ががさがさ音をたてて揺れている。
下にいたプリンが心配そうに眉をひそめた。
「カカオーッ…何してるの…?」
そう、声をかけたとき。

――ガサガサガサッ
「わあああああああっ」
――ドスンッ

カカオが降ってきた。

「…何してるの…?」
地面に打ちつけられ、のたうつカカオに、プリンは冷静に問いかけた。

◆◇◆◇◆

結局『世界樹の葉』を1枚だけ手に入れたカカオとプリンは、再び船に乗りこみ、ベラヌールを目指した。

そのうちに、夜になった。
プリンは甲板に膝を抱えてうずくまり、星を眺めていた。
―眠れないのだ。
目を閉じると、どうしてもあの時の光景がまざまざと蘇ってしまう。
穏やかな、クッキーの微笑み。

プリンはぶんぶんと大きく首を振った。
「…っ」
浮かんだ涙で星空が滲んだ。

「―プリン」
背後から、カカオの声が聞こえた。
プリンは振り返らなかった。
カカオは不機嫌そうな顔になり、つかつかとプリンの正面までやってきて、そこで腰を降ろした。
「プリン」
正面から見つめられては、知らんぷりする事も出来ず、プリンは顔を上げて答えた。
「…何…」
上の空の返事である。

カカオは口を尖らせる。しかしまた直ぐに口を開いた。
「…元気出せよ」
「…元気なんて」
プリンは目をそらし俯いた。
「なぁ、世界樹の葉は手に入れたんだ!クッキーは生きかえるんだぜ?!」
カカオはにっと笑い、プリンの肩をぽんと叩いた。
「…」
しかしプリンは俯いたまま、身動き一つしない。
カカオはため息をついた。
それから、しばらく沈黙が続いた。

唐突に、カカオが口を開いた。
「なぁ…、おまえさぁ…」
そこで一旦言葉を途切れさせる。カカオは言いずらそうに頭をかいた。
「…?」
プリンが顔を上げた。
「おまえ…」
「何?」

「…クッキーが、好きだったのか…?」

プリンは大きく何度も瞳をまたたかせた。
―この人は、何を言ってるんだろう。
「あああ悪りぃ、なんでもねぇよっ」
カカオはすっと立ち上がった。

―わたしが。わたしが好きなのは…
目の前に立っているその人を見上げる。カカオはこちらに背を向けていたが、横顔が、気まずそうに次の言葉を探していた。
プリンはこの時、初めてはっきりと、自覚した。
―わたしが好きなのは。

「どうして…?」
プリンは膝に顔をうずめた。涙がぼろぼろと溢れ出す。

カカオはぎょっとして再びプリンの側にしゃがみこんだ。
「んだよっ!な、泣くなよ…っ」
慌ててプリンの肩に手を置いた。…と。
「触らないでっ!!」
突然、プリンは叫んで、カカオの手を振り払った。
「…っ!?」
あっけにとられるカカオ。

プリンはすっと立ち上がった。そして、驚いて固まっているカカオを見下ろし、
「…ごめんなさいっ」
涙声でそう言って、パタパタと船室に駆けていった。

「…なんなんだよ…」
取り残されたカカオは、訳が分からない、という顔で呆然とプリンの去った方向を見つめていた…。

◆◇◆◇◆

プリンは船室のベッドに突っ伏して泣いた。
(…どうして?どうしてわたしは…)
脳裏に浮かぶのは、クッキーの、最期の微笑み。

―ぼく、プリンが好きだから…




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