ドラクエ2 〜ルビスのまもり〜





かつん、かつん、かつーん・・・
薄暗い階段に3人の足音が鳴り響いている。
「なぁプリン…まだ降りるのかよ?」
カカオはうんざりした様子で先を降りているプリンの背中に問いかけた。
プリンはつんとすまして振りかえり、カカオを見上げる。
「あら。もう疲れたのかしら…?ここはモンスターもいないっていうのに…」
呆れ顔で言うと、カカオはむっとして言い返した。
「…っ、そんなんじゃねぇよっ…!!おかしくねぇかって言ってんだ!」
「?何が?」
「…長過ぎるだろ!?この階段!」
「…」

ここは、海の真ん中にぽつんと浮かぶ、小さな小さな小島のほこらだった。
この島には、ほこらの入り口以外、何も、無い。大きな波がくれば、すぐに飲み込まれてしまいそうな、それほど小さな島だった。
しかしこの島は沈む事も、波に飲み込まれる事もなく、海の真ん中に浮かびつづけている。
まるで、何かに守られているかのように・・・。

その、ほこらに入って数時間。3人はひたすら階段を降りつづけていた。…降りる階段以外、何も無いのだ。
「あのロンダルキアの洞窟みたいに、ぐるぐる同んなじとこ回ってんじゃねぇだろな…」
カカオは不審そうにその狭い階段を囲む壁を睨んだ。
「…そんなことないわよ。近づいてるわ」
プリンは何かを確信しているようだった。まだ先の見えない階段の下をじっと見つめている。
「ね、クッキー」
そう言ってプリンはまたぱっと上を振りかえった。
「え?」
カカオの後ろについて階段を降りていたクッキーは、突然話をふられて慌てた。
「え、う、うん〜」
なんともあいまいな返事を返す。
「……おまえ、わかってんだろうな?」
「う」
カカオにぎろっと睨まれたクッキーは、危うく階段を踏み外しかけた。

と、突然プリンが怒ったように叫んだ。
「ちょっとカカオ!クッキーに何するの?!」
プリンはカカオをきっと睨み、階段を数段あがった。
「……ああ?…何にもしてねぇだろっ?!」
カカオがプリンの方を振りかえって叫び返した。
「…もう!すぐに怒鳴ったりすごんだりしないでよ…っ!」
「…んだとぉっ?!」

一気に険悪なムードがただよった。
クッキーは冷や汗をかいて両手を振った。
「ちょ、ちょっと、ふたりとも…?」
いくらなんでも、こんな事でケンカになるとは思えなかった。
カカオとプリンは火花を散らして睨み合っている。

「ね、ねぇ…、ど、どうしたのさ…?」
「ああ?!知らねぇよっ!!こいつが突っかかって来たんだろっ?!」
カカオはプリンを指差し、怒りをあらわにしてクッキーに向かって怒鳴った。
「だから、そうやってクッキーを怒鳴らないで…っ」
プリンが眉を釣り上げる。
クッキーはオロオロと2人の顔色を覗った。…カカオはともかく、プリンは、この程度の事で怒ったりはしないはずだった。
「ね、ねぇプリン、ぼくなら、全然へいきだからさぁ〜」
クッキーは無理に笑顔をつくった。
「ケンカ、しないで。…ね?」
「………。」
するとプリンはふっとすまなそうに目を伏せた。
「…ごめんなさい…」
たった今まで怒っていたというのに、あまりにも急にしゅんとしてしまった。
クッキーはまた慌てた。
「え、いや、その…そんな、謝らなくっても…!」
カカオはまだ何か言いたそうにしていたが、ちっ…と舌打ちすると顔をそむけた。

再び階段を降り始めた2人の後を、クッキーは不安な足取りで追いかけた。
最近のプリンはどうも様子がおかしい。
自分が生き返って以来…プリンは、やけにカカオに冷たくあたっているような気がするのだ。
――もしかしたら。
クッキーはロンダルキアでの出来事を思い出していた。ロンダルキアで告げた、プリンへの気持ち。生き返ってから、プリンも自分もその事に触れてはいない。…でも。
――でも、もしかしたら。それがプリンの気持ちを乱している、原因かもしれない…。

◆◇◆◇◆

そんな風にして、長い長い階段をようやく降りきった3人は、小さなフロアに辿りついた。
フロアの真ん中に小さな祭壇が見える。祭壇には、美しい女性の小さな像が飾られていた。
そしてその前には、何かをはめるための台座が見える。
「着いたわ…」
プリンが、ほらね、と言うように笑顔で2人を振りかえった。
「…」
カカオは小さなフロアをぐるりと眺めた。
「…ふーん。それで?」
興味なさげな様子である。
「もう…」
プリンはため息をつき、くるりと向きを変え台座に向かった。
道具袋から紋章を取り出す。今までさんざん苦労して集めてきた4つの紋章。
それを使うときが来たのだ。
プリンは台座の窪みに1つ1つ紋章をはめて行った。
「……」
…と、プリンの表情が曇った。
「どうした?」
カカオがプリンの脇にやって来て台座を覗きこんだ。
「…足りないわ」
紋章をはめるための窪みは5つ。『星』『水』『月』『太陽』…あと、ひとつ足りないのだ。
「…せっかくここまで来たのに…」
プリンはくやしそうに唇をかんだ。
「…まぁ、気にすんな!大体、そんなもん集めたってどうなるってもんでもねぇだろ?!」
カカオはハナから紋章の事など気に止めていなかったので、気楽なものである。
…と、クッキーがプリンの隣へやってきて、おずおずとプリンに何か差し出した。
「これ…」
ハート型をした小さな石。それは『命の紋章』だった。
「…これっ…クッキー…?!」
プリンが驚いて石を手に取り、クッキーを見つめる。
「…どうしたの…?!」
「じ、実は…」
クッキーは言いずらそうにそこで言葉をつまらせ、ちらちらとカカオの様子を覗った。
「なんだよ?!」
カカオがずいっとクッキーに一歩つめよる。
「え〜と、あのね…実はね…。ロンダルキアの洞窟で見つけたんだよ〜」
クッキーは一歩後ずさりながらいった。
「ご、ごめんよ、カカオ〜。ぼく、あの時…『稲妻の剣』だけじゃなくって、これも見つけてたんだ…!」
「あの時って…」
それはカカオが洞窟で出会った『キラーマシーン』と死闘を繰り広げていた最中の事。
戦闘中にプリンが放った『イオナズン』の爆風で、フロアの隅まで吹っ飛ばされたクッキーは、そこで宝箱を2つ見つけた。
ひとつは、『稲妻の剣』。…そしてもうひとつが、この『命の紋章』だったのだ。
「それで、どうしてカカオに謝るの…?」
プリンは不思議そうに首をかしげた。
「…だって、だって、カカオ、”俺が戦ってるときに宝箱開けてたのかよ”って怒ってたから〜」
カカオは呆れ顔でクッキーを睨んだ。
「おまえなぁ…っ!」
「とにかく!」
怒鳴り出そうとするカカオをプリンがさえぎった。
「これで全部揃ったわ…!」
プリンは嬉しそうに微笑んだ。

そうして、最後の紋章が、台座にはめられた。

◆◇◆◇◆

どこからともなく、美しい声が聞こえる…。

(……私を呼ぶのは誰…?)

カカオはとっさに剣に手をかけた。
「なんだっ?!」
いくら美しい女性の声とはいえ、まったく気配を感じなかったため驚いたのだ。
「ちょっと、何するのよ、ルビス様よ…!」
プリンは慌てて剣を持つカカオの手を押さえた。
「るびす…?」
カカオは眉間にしわを寄せて首をひねる。
「あ、ぼく、聞いたことあるよ…」

声は続けた。

(そう、私は大地の精霊ルビスです。……お前達は…。……あら?!ロトの子孫達ですね?)

精霊ルビスの美しい声が、ふっと嬉しそうに弾んだ。
カカオはますます怪訝そうな顔をしてきょろきょろと辺りを見まわしている。

(ふふふっ…勇者ロトとの約束を果たす時が来たのですね…。……私の守りをお前達に与えます。)

ルビスの声がそう言うと、プリンの目の前の空間に、突然、ふわりと、銀の鎖のペンダントが現れた。
小さな赤い宝石のついたそのペンダントが、ふわりふわりと揺れながら、プリンの首にゆっくりとかけられる。
「これは…!?」
プリンが呆然とつぶやき、問いかけるように祭壇の像に視線をさまよわせた。

…しかし、それきり声は答えなかった。

◆◇◆◇◆

長い階段は下りよりも登りの方がきつかった。へとへとになりながらも、なんとか階段を登り切る。
最初に外へ出たカカオが2人を振りかえった。
「ふぅ…、これでもう、こっちで行くところはねぇよなっ!!」
こっち、というのは、ロンダルキアと比べて下の世界の事である。
プリンはこくりとうなずき、瞳に力をこめた。
「これで…今度こそロンダルキアへ…ハーゴンの城へ行くのね…!」
「うん!」
3人は互いに顔を見合わせ、決意をあらたにうなずきあった。

「ぼく、『ルーラ』するよ!ロンダルキアだよね?」
クッキーがにっこり笑って言った。
「おっ!出来んのか?!」
カカオが嬉しそうに言い、プリンも顔を輝かせた。あのロンダルキアの洞窟をまた抜けるのは、大変な苦労だ。
「まかせて〜!」
クッキーは胸をはり、2人に両手を差し出した。2人がその手を取ると、クッキーは意識を集中し始める。

「いくよ〜……ルーラッ!!」

◆◇◆◇◆

晴れた空の合間に、光の玉が浮かび上がった。
徐々に光は薄れ、輪郭を形成して行く。カカオ、クッキー、プリンの3人の姿が空に浮かびあがった。
やがて光が消滅すると、3人は重力に従って落下した。

―どさどさどさっ

3人は地面に叩きつけられた。
「…ってぇ…」
カカオが首を振りながら起きあがり、辺りを見まわした。
後の2人も身を起こす。…と。
「クッキー、てめぇ…っ!!」
カカオがわなわなと唇を震わせた。
辺りには水路が張り巡らされた、美しい町並みが見える。雪などは何処にも見あたらない。

「…ベラヌールじゃねぇかよっ!!!」
カカオの怒声が美しい街に響き渡った。
クッキーは冷や汗をかいてきょろきょろと辺りを見まわした。
「ほ、ほんとだぁ〜っ!!なな、なんで…??」
プリンもきょとんとして辺りを見まわす。
カカオはイライラして叫んだ。
「あのなっ!しっかりしろよっ?!」
…と、プリンがクッキーをかばうようにして口をはさんだ。
「…でも!!…これで随分ロンダルキアへ近づいたわよ…っ?」
「…あ?!あの洞窟を抜けるかどうかが問題なんだろっ!?」
カカオがバカにしたように言う。プリンはきっとカカオを睨んだ。
「…しょうがないでしょう?呪文は必ず上手くいくとは限らないのよ…っ!……あなたには、わからないでしょうけど。」
そしてふいっと顔をそむける。
「んだとぉっ?!」

―まただ。クッキーは半泣きになってうめいた。
「ねぇ、止めてよ〜っ!ぼくが悪かったから〜」
プリンがはっとしてクッキーに向き直った。
「…あ。ご、ごめ…」

その時、1人の人影が3人に近づいてきた。
「ちょっと、いいですかぁ…」
「なんだぁ?」
不機嫌絶頂のカカオが振り返る。と、そこには神父の格好をした妙な男が立っていた。
男はにやにやと薄笑いを浮かべて、こう言った。
「アナタはカミを、信じますかァ?」

次の、瞬間。
カカオの苛立ち全てが込められた叫びが、その男に向けて放たれた。
「ぅうるせえぇぇえええっっ!!!」


結局。
3人はそのままベラヌールで休息をとり、再びロンダルキアの洞窟を目指す事になったのだった・・・。


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