ドラクエ2 〜ハーゴンの城〜


「なんだ…?」
カカオはそれきり絶句した。呆けたように口をひらいたまま立ち尽くす。
「これは…」
プリンもつぶやいて動きを止めた。
「あっれ〜。なんで…??」
クッキーが辺りをキョロキョロと見まわした。
優雅な造りの城。見覚えのある紋章が刻まれた甲冑があちこちに飾られ、まっすぐ絨毯をひかれた先には恐らく玉座の間へと続くであろう階段が見える。
右手には王宮への客人を迎えるための宿を構え、左手には城中を流れる水路。
「ここって、ローレシアのお城だよねぇ〜っ?!」
クッキーが叫んで、固まっているカカオの顔を見やった。
プリンもつられてカカオを見る。
「……」
カカオは開いていた口をようやく閉じ、ゆっくりうなずいた。
「……ああ…」
「なんで?!ぼく達、ロンダルキアにいるはずなのに…!」
「…夢、か…?」
カカオは困惑しきっている。
たった今ロンダルキアの雪原を抜け、ハーゴンの城にやってきたはずなのだ。

プリンが難しい表情でつぶやいた。
「…ヘンだわ…」

◆◇◆◇◆

ともかく3人は城の中を歩いてみることにした。おかしな事に人の気配がない。

…と。正面からこちらへ向かって歩いてくる人影が見えた。
「親父…っ?!」
年老いたカカオの父親・紛れもないローレシア王がにこにこと笑って近づいてくる。
「カカオ…よくぞもどった…」
「…お、おう…」
ローレシア王は3人の前までやってきて、ゆっくり3人を見まわした。
「もう、旅をする必要はない。ここでゆっくりとくつろぐがよい」
「…?!なんだよ、親父!何言ってんだっ?!」
「……」
ローレシア王は笑顔のまま答えない。
「んだよっ!先に行けって言ったのは親父の方だろーがっ!!」
カカオは怒って言った。

「待ってカカオ!」
プリンが叫んだ。
「ヘンよ…!」
プリンは眉間に皺を寄せ、ローレシア王を睨んだ。王はただ笑顔でそこに立っている。
「?」
カカオはいぶかしげに父王とプリンを見比べた。クッキーもおろおろと様子を覗っている。

プリンはゆっくりと杖を持ち上げた。
「王様、失礼しますわ……、バギッ!!」

――ギャウンッ!!

真空の刃がローレシア王に放たれた。
「ばっ…!何しやがるっ!!」
カカオは王を庇い、王もろとも床に倒れこんだ。
「おい親父、大丈夫か?!」
カカオが身体を起こし、倒れている王を見た。しかし王はやはりただ笑っているだけだった。
「…?親父?!」

「カカオ、離れて!やっぱりヘンよ!」
カカオはキッとプリンを睨んで振りかえった。
「おまえなぁっ」

…その時。プリンの首にかけられたペンダントが輝き始めた。埋められた赤い石が自ら光を放ち始めたのだ。
「?!」
3人が驚いて石を見つめる。
「え、そ、それって…!」
クッキーがペンダントを指差した。ペンダントはプリンの胸から浮き上がり輝きを増してゆく。
眩しさに目が開けていられなくなった頃、
――ザザアァッ…っと、まるで映りの悪いビデオのように、辺りの景色が歪んだ。
「っ??!」
3人が目を閉じ、再び目を開ける、…と。


「こ、ここは…」
カカオは辺りを見まわして愕然とした。ローレシア王の姿など何処にも見当たらない。
「…神殿…?」
クッキーも同じように辺りを見まわす。
床には大きな十字架が描かれ、壁には魔物の姿を映す禍々しいステンドグラス。
薄暗く、天井の高いそこは、ローレシア城とは似てもにつかない神殿だった。

ペンダントはまた元のように光を失い、静かにプリンの胸で揺れている。
「…ここが、ハーゴンの神殿なのね…!…ルビス様…ありがとうございます…」
プリンはペンダントを握り締めて祈りを捧げた。
「びっくりした…」
クッキーがつぶやき、カカオは悔しそうに床を蹴った。
「ちっきしょう!!だましやがったな!!」

プリンは2人を見つめ、杖をにぎり直した。
「…行きましょう!」

◆◇◆◇◆

3人は神殿を上を目指して進んで行った。特に複雑な造りではない。
しかし階ごとに凶悪なモンスターが待ち構え、行く手を阻んだ。

なんとかモンスターを倒し、最上階の祭壇へと上り詰める…。



そこには一心不乱に祈りを捧げる、悪趣味な法衣に身を包んだ、不気味な神官の姿があった。
3人は目配せをしてうなずき合い、神官に近づいた。
…と、くるりと神官が振りかえった。

「誰じゃ?私の祈りを邪魔するものは?愚か者め!私を大神官ハーゴンと知っての…」
「だああーっ!!」
薄気味悪い神官が言い終わらないうちにカカオは懐へ飛びこみ切りつけた!
―ザシュゥッ!!
「おごぉっ…!」
くぐもった悲鳴と魔族の青い血が飛んだ。
「先手必勝!!」
カカオはニヤリと笑って後ろの2人を振りかえった。

きっと赤い瞳を激しく燃やし、プリンがこくりとうなずいた。高だかと杖を振り上げる。
「イ・オ・ナ・ズ・ン!!!」
唱えると同時に激しい爆発が巻き起こり、ハーゴンの貧弱な肢体が空を舞った。
――ガガガガガアアッ
「ぐぎゃああぁぁ…っっ!!」

―だんっ
ハデな音を立て、焦げ付いたハーゴンの身体が床を打った。
「お、おのれぇ…!!」
ぶすぶすと黒煙を上げる長い爪が床の淵を掴み、ハーゴンはゆらりと立ちあがった。大したダメージを受けてはいない。
「許さん!」
黒目の無い白い眼球が油を含んだようにぬらりと光った。
と、同時にクッキーが足を一歩踏み出し両手をかざした。
「マホトーン!」
「イオナズン!!」
ほぼ同じ瞬間に繰り出された二つの呪文。ハーゴンはにやり、と笑った。
笑ったままその表情が苦々しげに歪んでゆく。クッキーの呪文封じが僅かに早かったのだ。
「ぅぬぅ…っ」
クッキーはほっとして両手を下ろし今度は剣に手をかけた。
ハーゴンはカッと耳まで裂けた口を開き、血走った目をクッキーに走らせた。

――その時。
「俺達の!!」
ハーゴンの上空で声が響いた。
「勝ちだ!!!」
カカオの渾身の一撃がハーゴンの脳天に打ち下ろされた!

――ザンッ!!!!

「ギャアァァーーーッッ!!」
ハーゴンの頭から青い血飛沫が吹きあがる。
カカオが着地して、剣についた血を払うように振った。クッキーとプリンが駆け寄ってくる。
ハーゴンは床に倒れ、ぴくぴくと痙攣した。
「…やったぜ…!」
カカオは2人を振りかえりにやりと笑った。
「…うん!」
クッキーが嬉しそうに笑顔を向けた。
プリンがはっとして立ち止まった。
「待って!」

カカオがギクっとして振り向くと、ぱっくりと頭の割れたハーゴンが音も無くゆらりと立ちあがった。
「きぃひひひひひひ…っ!ま、さ、か・おまえらごときにやられるとはなぁ……っ!」
ぞくりと悪寒が走るざらざらとした声。
「しかしもう世界を救う事は出来ん!!我が破壊の神シドーよ!今ここに生け贄を捧ぐ!」

ハーゴンは頭が割れたまま、真っ青に充血した目を剥いて両手を上に突き出した。
瞬間。
激しい稲光が上空から真っ直ぐハーゴンめがけ走った!

――ガカァァァンッ!!!

瞬時に消し炭となったハーゴン。まだ煙っているその場から、押しつぶされそうな威圧感が漂う…!!

プリンは無意識にがくがくと震え出し、両手で身体を抱きしめた。
「…っ」
クッキーも不安げに剣を抜き、煙が晴れるのを見守る。

カカオは剣を握り直し、再度身構えた。
「何だってんだ…?!」

徐々に薄くなる煙の向こうに、大きなウロコが見えた。ウロコが壁のように高く積みあがりうねっている。
鋭い爪を持つ6本の腕。直視するのがはばかられるほどに禍々しく禍々しいその姿。

「うう…っ」
クッキーが1歩あとずさった。
プリンは絶句したまま動かない。

カカオはふっと唇の端を上げた。
「…破壊の神…」
ごくりと音をたててつばを飲み込む。そして駆け出した。
「上等だぁっ!!!」


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